ミケ猫と町へ行こう
家族以外の女と同じ部屋の中で眠る。
ゲームなら何かイベントでも起こりそうだが、俺にそんな度胸があるわけなく、あっさり朝になった。
「さーて。リュウ、町に行くよ!」
朝食を食って少し休憩してから俺らは村を出発した。
朝も昼も、もしかしたら今晩の飯や宿までミケの金。
早いところ冒険者になってその分返してやらなきゃただのヒモだ。
「おう、行くか」
俺がこんなにやる気出したことって今まであったっけ?
思えば何もかも流れに身を任せてやってきたような気がする。
今も流れに身を任してるっていったらそうだが。
目的があるだけマシってもんか。
「ところでミケ」
「なーにー?」
「胡椒ってこの世界で売れるのか?」
道中、俺は思いきって聞いてみた。
何それ、と言われてしまったらそれはそれでごまかすか。
「え、あんた胡椒持ってんの!?」
ミケ猫の目が獲物を見つけた猫のように光った気がした。
「ほんと? マジで? 東の方の商人がはるばる旅して持ってくるような貴重品よ!?」
やっぱりこっちでも胡椒は東の方から来るのか。
ミケは目をキラキラさせて俺にぐいぐい迫ってくる。
おい、やめてくれよ。
俺の襟の辺りを掴んで、ミケ猫に揺さぶられる。
「もう、リュウったらそんな資金源があるなら早く言ってよ。町についたら売りましょ。これでリュウの冒険者になるお金も稼げるんじゃない?」
それだけ冒険者になるのは高いのか。
俺はそこに興味を持って、昨夜ヘルプで見なかった冒険者の事について聞いてみた。
「冒険者になるのって結構掛かるのか?」
「まあね。今の私の手持ちのお金全部使えば。これであの村で食いつなぐ一か月分よ」
一か月分の生活費って、向こうの就職よりもハードル高いな。
「その代わり、冒険者のための道具とか安くなるし、登録しといたほうがお得なの」
「登録してない冒険者ってのもいるんだな」
「そう、登録してない人もギルドでクエスト自体はもらえるのよ。払うのが倍額になるってだけ。それで、リュウの冒険者登録なんだけど、どの技能で申請する?」
ミケ猫が言うには冒険者に登録するのに、主な技能を申請するそうだ。
武器を扱う前衛技能や後衛が扱う魔法技能と主に二つに分かれて、武器技能は武器ごとに細かくなるのだとか。
ミケ猫はショートソードを主な技能として登録して、残りは遺跡探索に必要な鍵開けや罠解除などの技能を登録しているらしい。
「で、この技能の組み合わせで冒険者としてのクラスが決まるのよ。私は鍵開けや罠解除とか技能持ってるからシーフクラスってわけ」
「ふーん……。じゃあ俺は魔法技能で登録すっかね」
癖でスマホを取り出して操作してしまう。
「これで神官位とかあったら賢者クラスなれるんだけど、勇者サマでもさすがに至高神の神官になるのは無理よねぇ」
「何だそれ。女じゃないと駄目とかそういうの?」
もし女しか駄目なら俺はあのジジイに反逆すっぞ。
「違うの。至高神の神殿に入っていいのって貴族とか特権階級の人だけなんだ。だから、神官になれる家とかも全部決まっちゃってるの」
特権階級か。面倒くさい話だな。
そんなことを考えながらスマホを見ていたせいで、変なところをタップしてしまい全画面にあのジジイの絵姿が表示されてしまった。
「あれ?」
「どうしたの、リュウ……ってこれ!」
ミケ猫がスマホを持つ俺の手を両手で包むように持った。
俺、今まで女の子と手をつないだこともそうそうないんでやめてくれ。恥ずかしい。
「リュウ、これ光る板じゃん」
「至高神が持ってるコレか。確かに似てるよな」
「違うわよ、光る板を見せたら神殿に入れるかもしれないってことよ!」
ミケ猫が興奮しすぎて何言ってるか俺にはさっぱりわからん。
なのでミケ猫をなだめて話を聞いてみると、神官にはそれぞれ聖印が授けられるのだそうだ。
どの神に仕えているか示すためのものだが、ジジイの神殿は光る板が聖印として授けられるのだとか。
なるほど。確かにそれなら入れるかも。
でも神官になったところで俺はあのジジイに仕えるつもりはないからな。
「じゃあ神殿があったら行ってみよう。俺にはどれかわからないから教えてくれよな」
「そうね。そうしましょ!」
ミケ猫には食事をおごってもらってる恩がある。
なるべくこの子の言うことは聞いておいた方がよさそうだ。
「でも遺跡調査しても、モンスター退治しても、私とリュウだけじゃバランス悪いよね」
「ミケは前衛技能登録してんだろ。戦えないのか?」
「それがねぇ、金欠で装備が良くないの。お使いみたいなクエストばっかりやってたからどの技能も実戦経験が……」
実戦経験か。それがないのは仕方ないな。
しっかりした戦士タイプの奴とパーティが組めればいいんだが、俺はこの世界の初心者だし、ミケ猫は経験のない新米シーフ。
仲間を組めたとしてもへっぽこ戦士がいいところじゃないか。
「俺の魔法も、俺自体がよくわかってないところがあるからな」
「そうなの?」
「俺の読みが正しければモンスターによって相性が悪い魔法もあるはずだし、俺はそれについてもさっぱりだ」
この知識はだいたいゲームでのことだが、この世界ではどうだか。
「あ、多分そういうのってあると思う」
「やっぱりあるか。勉強しねぇとな」
勉強。
大学の課題やるより、勉強しなかった時のダメージが大きそうだよな。
いや、もしかしたらあの変なアプリで解決するかもしれないけど。
俺は今までほとんど無意識に弄ってたスマホをしまって、歩くことに集中する。
空は快晴。風は爽やかで歩くのにはちょうどいい。
異世界でも空の色は同じなんだなぁと感じながら、俺はミケ猫と適当に会話をしながら町を目指した。
さて。町である。
太陽が傾いてだんだんと空の色が変わる頃に目的地ついたわけだ。
なるほど、朝出発した村とは違う。
道は石畳かな。むき出しの地面ではない。
でも、俺の住んでた世界と違って緑の方が少ないってことではないようだ。
家も立派なものは石でできている。
看板も綺麗に彫ってあるんだがやっぱり読めない。
「さーてと、まずあんたの持ってる胡椒を売りましょ」
と、いうことでミケ猫に連れられるままに、俺は胡椒を売りに行った。
俺はこの世界の金について全然わかっていないが、俺が冒険者になる分と装備をそろえるのと、滞在費には十分すぎる額らしい。
やけに目がキラキラしたミケ猫と宿を探す。
すれ違う人も装備が革の服だったり、剣をぶらさげていたりと冒険者らしい奴が多い。
そのせいか、宿も多いみたいであっちこっち覗いてみたが個室はないらしい。
これってまた同室か!
「ごめーん! リュウ。また同室でいいかな?」
ミケ猫は困ったように笑って俺に告げる。
そうやって笑うと八重歯が見えて可愛いな。
しかも大部屋ではなく、二人部屋らしい。
ミケ猫相手にナニかをしようっていう度胸はないけど、俺にはきつい。
でも他にないので仕方ない。ああ、仕方ない。
俺が頷くとミケ猫はホッとしたようで、宿の主人と何やら会話している。
これで、ようやく宿が決まるな。
腹は減ったが、それより一日歩いたので身体が疲れてる。
今晩はスマホを弄る気力もなく眠れそうだと俺は思った。