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プロローグ

 お前らにも経験ないか?

 道に歩く時にスマホで気になるサイトとか掲示板とか見ながら歩く行為。

 あれはやめた方がいいぞ。

 俺は、そのせいで大変な事になったんだからな。

 大変なこと?

 とりあえず俺は冗談ではなく異世界に飛ばされた。

 せめて詳しい説明があればよかったのにそれもなく。



 発端はそう、それは俺が大学の試験やレポートの提出が全て終わって、清々しい気持ちで買い物に行った時の事だ。

 長い夏休みもやることがない。

 彼女のいない夏休みなんてむなしいもんだよな。

 かといってバイトをするということもなく、親の仕送りの範囲でダラダラと過ごすつもりだったんだ。

 自炊はしなくても調味料は要る。

 カップラーメンに胡椒をぶち込むのが俺の好みだった。

 その胡椒が減っていたから、買いに行ったんだ。

 レジで待つ間も、胡椒を探してスーパーの中をウロウロする時も常にスマホ片手だった。

 そして、その帰り道も。

 胡椒の他にはペットボトルの水も買い、手に確かな重さを感じながら、空いた手でスマホを見ながら歩いていた。

 その時に何かにつまずいて体勢を崩した。

 前につんのめり二、三歩前に足が進んでバランスを元に戻した時には既にこの真っ暗な中だった。



 スマホの灯りでは闇の中は照らせず、わけもわからずジッとスマホを見下ろすと変な事に気がついた。

 こういう時のお約束では携帯電話の類は圏外になるんだが、何故か俺のスマホにはアンテナが全て立っていた。


「えっ? 使えんの?」


 電話が通じたところで、この状況が何とかなるとは思えない。考えてもみろよ。ここがどこなのかわかんないのに電話して、誰が助けに来るって言うんだよ。

 その時だ。スマホが着信のメロディを軽やかに奏でた。マナーモードにしていたのに何で鳴るんだろう?

 誰からの電話か見ると、通知不可能という表示が。少し迷ったが俺は電話に出ることにした。


「も、もしもし?」


 かなり間抜けな声で電話に出てしまった。これで知り合いだったら泣きたくなるぞ。



『おうおう、上手く繋がったようじゃな』

「はい?」


 スマホを耳に押し当てた俺が聞いたのは見知らぬジジイの声だった。


「お前誰だよ?」


 なんて言ったところで、答えが返ってくるとは思えなかった。


『ワシか? ワシはお前たちの概念に合わせると神様というやつで』


 いやいや、ないから。例えば俺が何も知らない幼稚園児か、自分が普通じゃないことに憧れる中学時代ならともかく、もう大学生なんだ。

 神様と言って信じると思ってるのか?

 そんな感じの事を通話相手に言ったが、勝手に話が続けられた。


『お前は選ばれた勇者なんじゃ』


「ふざけんのやめてくれよ。もうそういうの信じる歳じゃないんだよ!」


『信じる信じないはお前の勝手じゃ。お前が嫌でもこちらの都合で世界を救ってもらうからな』


「なんだよ、それ」


 ジジイの勝手な話に俺はムカムカしてきた。何でジジイの都合で俺の都合は無視されるんだ。


『詳しい説明をしたいところじゃが、あいにく時間がなくてな。お前たちの流儀に合わせてお前の持っておる【すまほ】とやらにワシのおおいなる祝福を与えてやった。後はよろしく頼む』


 勝手なことをジジイはほざいて、通話は切れた。この時の俺の気持ちがわかるだろうか。

 スマホをぶん投げてしまいたくなったんだ。でも、それをやるとスマホを二度と拾えなくなるような気がしてできなかった。この判断は結果的に正しかった。


「うわっ!?」


 突然足元から地面が消えた。落ちていく感覚は絶叫マシーンに乗る時よりも俺の内臓を押し上げる。

 だけど、その気持ち悪さは一瞬だ。俺は地面に叩きつけられたと思ったんだが、それより柔らかな何かの上に倒れこんでいたんだ。その時俺は反射的に目をつぶっていた。


「にゃにゃ!?」


 甲高い悲鳴が俺の耳の近くで響いていた。片手の買い物袋も、もう片手のスマホもどこかに飛んでしまった。

 俺は悲鳴に構う余裕もなく跳ね起きて、まず転がっているスマホを確保する。その時にようやく俺はここがもう闇の中ではないことに気付いたっていうわけなんだ。

 必死になれば目的以外見えなくなるもんだな、と思って俺は周りを見渡したんだが今いる場所がわからない。

 建物の中のようなんだけど、床は石を敷き詰めていて壁や天井も同じ。ここは通路か何かのようで、すぐそこで折れ曲がっている。俺の知る限りこんなのはゲームのダンジョン以外で見たことがない。


「なんだここ……」


 無意識にスマホを見下ろすと相変わらずアンテナは立っている。ブラウザを立ち上げて検索を掛けたくなる気持ちを俺は抑えた。多分検索しても何かわかるわけではないと思った。


「なんだって言いたいのはこっちよ! あんた、私のクエストの邪魔をしたいって言うの?」


 甲高い声に俺は振り向いたんだ。そこには誰がいたと思う? 猫耳娘だ。それ以外に説明できない女の子がそこにいたんだ。


「クエスト?」


 何か猫耳娘の言葉が馴染みのあるゲームの用語みたいなんだけど。状況はまるっきりわからない。


「あんたねぇ、私の上に落ちてきたと思ったら謝罪もなしにきょろきょろしてるし本当になんなの?」


 さっきの柔らかい感触は彼女の身体の上に落ちたかららしい。スマホを探すためにとはいえさっさと起きてしまったのが惜しいくらいだ。

 明るい茶髪に同じような茶色の瞳はほんのちょっぴり吊り上って、きつい感じなんだが怒る様子が手を振り回す子どものようで、可愛い。服もやたらぴっちりした服の上にジャケットを引っ掛けた格好だ。

 猫耳娘にどう説明しよう。神様って名乗る奴が云々って言って通じるんだろうか。


「もしかして、クエストの重複依頼じゃないわよね!」


 ぐいっと迫ってくる猫耳娘をどうなだめるべきか考えていると、スマホがまた軽やかなメロディを鳴らした。アプリからの通知音だ。

 素早くスマホを確認すると知らないアプリが起動していた。


【モンスターが接近しています】


「モンスター?」


「モンスター!? 嘘! この遺跡にはいないはずなのに!」


 猫耳娘の叫びと同時に、通路の曲がり角の奥から何か唸り声がした。そして床を蹴るような音。

 出てきたのは犬に似た生き物だった。

 犬にしては大きく、牙を剥いて唸る姿は間違ってもお友達になれるような感じじゃない。


「ヘルハウンド!? もう終わりだわ……」


 猫耳娘はがっくりとうなだれた。現れたモンスターはじりじりと俺たちに近づいている。

 クエストにモンスター。ますますゲームみたいだ。

 とはいえ、この獣の匂いは現実なんだ。次に音を立てたスマホに表示されたメッセージに、俺は理不尽な想いに駆られた。


【魔法を起動してモンスターをやっつけよう】


 これが現実だと思ったとたんにゲームのチュートリアルかよ!

  まず思ったのがそれだった。

 ご丁寧なことにその知らないアプリの画面で、杖のアイコンが光っている。

 タップすると新たな画面が開いた。

 画面は二つ。ファイアやらサンダーやらゲームでおなじみの呪文の一覧に、もう一つはモンスターの名前が出ている。

 どうやら呪文をモンスター名に動かせば魔法が発動するらしい。

 嘘くさいと思いながら俺はファイアの呪文をモンスター名へと動かした。


【ファイア!】


 俺の足元に分かりやすい魔法陣が浮かぶ。敵モンスターの頭上にもだ。

 魔法陣から降り注ぐ炎はモンスターに断末魔を上げさせた。

 炎が消えた後、モンスターは倒れて消えた。その代わりに何かキラキラしたものが落ちている。どういう原理で消えてるんだろう。っていう疑問は浮かんだが、まあゲームでもよくあるよな、と思った。

 問題はこれがゲームだったらどんなに楽かと俺が思っていることだな。

 未だにここがどこなのか、俺は全く分かっていない。少なくとも俺の知る世界じゃないのは確実なんだが。


「ヘルハウンドをやっつけた……あんた、すごいのね!」


 猫耳娘が目を輝かせて俺を見ていた。モンスターが出るまでは敵意丸出しで怒っていたのが嘘のようだ。

 これが俺、神野竜司かみのりゅうじと猫耳娘ミケイラとの出会いだった。

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