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Valentia~Charla de las cuatro estaciones   作者: 藍原ソラ
Un capítulo de primavera(春の章)
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第三話

 ウェルチの提案を、ティオは緊張した面持ちながらもあっさりと了承した。それだけ、薬が欲しいということなのだろう。

 話がまとまったところで、ウェルチは早速準備をはじめた。

 今日は森の奥に行って薬草を採取しようと思っていたのだが、ティオを試すのにこれはうってつけだと思った。

 ウェルチの用事を果たしつつティオを試すことが出来るなんて、一石二鳥だ。人手があればそれだけ多くの薬草を運べるので、ウェルチとしても嬉しい。多少、ティオを利用しているような気もしなくはないが、試すことに変わりはなく、ティオを騙しているわけではない。

 お互いに利点があるのだから、問題はないはずだ。たぶん。

 森の奥に行くとなると、それなりの準備が必要だ。動きやすい服装であることはもちろん、この時期は防寒着と、それから身を守るための道具も必要になる。

 ここはウェルチの家なので、ウェルチの使う武器はもちろんある。だが、問題はティオだ。

 森の中にあるとはいえ、ウェルチの家までは道もきちんと整備されているため、道中にさほど危険はない。そのため、ティオは温かく動きやすい格好はしているものの、武器になるものどころか手ぶらの状態でウェルチの家を訪れていた。

 だが、まだ寒い時期で獣が出にくいとはいえ、森の奥に入れば何があるか分からない。そんな場所に何の備えもないティオを連れて行くのはあまりに無謀だ。

 そこで、ウェルチの家にある武器をティオに貸すこととなった。

 ウェルチは収納の戸を開けると、うーんと呟いて首を傾げた。

「えーと。ティオさんは護身用の武器、何がいいですか? ……弓は使えましたっけ?」

 そう尋ねると、ティオは眉を八の字にした。

「一応、習ってはいるけど……。……あまり、うまくないんだよね……」

 狩猟を趣味とする貴族も少なくない。付き合いで狩猟に出る場合もあるから、ティオも弓矢と乗馬は習っていると聞いた覚えがあった。だが、元々運動が得意でないティオは、弓もそんなにうまくは射れないようだ。

「うーん、そうですか……。……じゃあ、ナイフの方がいいかもしれませんね」

 ウェルチはひとつ頷くと、収納から弓矢とナイフを取り出し、ナイフをティオに渡した。

 ティオは受け取ったナイフを、戸惑うような表情で持て余すように握り直している。その動作はかなりぎこちないもので、持ち慣れていないのがよく分かる。

 ティオが試しにナイフを構えてみたりしているけれど、その姿はまったく様になっていなかった。そして優しいティオの雰囲気に無骨なナイフはまったく似合っていない。

 この人はよくよくこういった争いにかかわる道具が似合わない人だと思いながら、ウェルチも準備を進める。先程まで来ていたショールではなく、動きやすい外套をはおると、弓矢の矢筒を腰のベルトにつけ、弓を肩にかける。

 ふと視線を感じて顔を上げると、ティオがウェルチの弓矢を凝視していた。その視線を受けて、ウェルチは首を傾げる。ウェルチが持っているのは市販もされている何の変哲もない普通の弓矢だ。改めて見てみても、特段変わったところもない。

「……あ、もしかしてナイフよりこっちの方がいいですか? 交換しましょうか?」

 得意じゃないならナイフの方がいいかと思ったのだが、ナイフの方が使い慣れていないのかもしれない。それならばうまくないとはいっても、習っている弓矢の方がいいのだろう。

 そう思って提案してみたのだが、ティオはそうじゃなくてと首を横に振った。

「……あの、ウェルチって、弓、使えるの?」

「まあそれなりに。狩りで使いますから」

 事もなげにそう言うと、ティオは驚いたように目を丸くした。

「え、狩り? ……ウェルチって狩りするの?」

「ええ、まあ。こういう場所で生活していると、必要になる時はあるので」

 週一回、町で買い物をしているものの、あまり大きかったり重かったりするものだったりすると、荷物としてかさばるためにひとりでここまで運んでくるのが難しい。なので、自給自足できるものは買わずにすませることも多いのだ。特に、保存の効かない生肉は、狩りで調達することも多い。

 こういう場所で暮らしていると、狩猟はここでの生活になくてはならないものなのだ。

 ティオとの付き合いも長いが、そういえばこういったウェルチの生活に関する話をするのは初めてかもしれない。自分から話題にしないかぎり、狩りの話になどならないから、当然と言えば当然なのだが。

 ふとそんなことを思いつつそう言うと、ティオは納得したように頷いた。

「そうなんだね。でも、よく考えてみたら、ここで生活していくには狩りとかも必要だよね」

 そう言ってからティオはなんだか複雑そうな表情でナイフを見て、弓矢を見つめた。そしてぽつりと呟く。

「……僕、もっと色々頑張らなきゃいけないんだなぁ……」

「え? 何をですか?」

「ごめん、こっちの話」

 そう言って、ティオは苦笑する。その不思議な反応に、ウェルチは瞬いて首を傾げた。なんだか、今日のティオは様子が少し変だ。

 そう思ってティオを見つめていると、ティオはウェルチの視線から心配そうな気配を感じたらしく、穏やかに微笑んでみせる。

「ごめんね、心配かけて。大丈夫だよ。……緊張は、してるけれど」

 ウェルチに勇気の出る薬をもらいに来て、今試されようとしているその現状。そして、薬を手に入れたら、想い人に告白しようというのだ。確かに、緊張するような状況の連続である。

 それで、様子が少しおかしいのかもしれない。そう考えたら納得できたので、ウェルチは気を取り直すことにした。

 ティオの足元に置かれた肩掛けの鞄を、ウェルチは指差す。

「……ティオさん、その鞄を持って行ってもらってもいいですか?」

「あ、うん。分かった」

 ティオは素直に頷くと、鞄を肩に掛ける。

「さて、準備はいいですか?」

「うん」

 ティオを促して外に出ると、ウェルチは家の戸に鍵をかけた。

こんな森の奥にある家だが、ウェルチの家や作業場には貴重な本や希少価値の高い薬草、危険な薬品もあるのだ。そのため、戸締りはかかせない。

 戸に鍵がかかっていることを確認すると、ウェルチはティオを振り返った。ティオの顔は傍目にも分かるほど緊張している。そのティオに、ウェルチは柔らかく微笑んでみせる。

「では、行きましょう」

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