第六話
領主の屋敷は、基本的には領主一家の住居なのだが、区長会議など人が集まることを想定した会議室のような部屋もいくつかある。
その中の一室に、各区の長が集まっていた。小さな町ではあるが、区割りは細かく分かれており、区長全員が集まるとその人数は九名となる。
全員が席につき、区長たちの前に領主が座る。その横に、若先生とウェルチが控えた。そして、まずはじめに口を開いたのは領主だ。都である病が流行っていること、この町でもその病気が流行る可能性が高いこと、その病気対策のためにこの説明会を行っていることを話す。
そして、病気に関しての説明を若先生が、予防法に関しての説明をウェルチが行う。
病気に対しての不安の声は、もちろん上がった。若先生とウェルチは、予防をきちんとしていれば罹患の可能性は格段に低くなること、そしてもし罹患しても適切な治療が行えれば大丈夫だということを、丁寧に根気よく説明していく。
その様子を、立会人の役割を申し出たレティシアは部屋の後ろに用意された席について見守っていた。
同い年にしてはやや童顔のウェルチだが、こうして皆の前に立って堂々と説明をしているところを見ていると、とても自分と同年代とは思えない立ち居振る舞いをしていると感じる。
たぶんそれは、自立して自分の力で生きているウェルチと、そうでない自分との差なのだろう。天涯孤独の身だというウェルチの境遇を考えれば、それも当然のことのように思えた。ウェルチは弱いままでは生きていけなかった。強くならざるを得なかったのだ。
対して自分は、望めばなんでも手に入るし、周りの人が何でもしてくれる環境の中にいる。町娘と比べても恵まれているのだと、そう思う。
けれど、自分の仕事に誇りを持ち、精一杯自分に出来ることをしようと奔走しているウェルチの姿が、レティシアにはとても輝いて見えることも事実だ。
ないものねだりなのだと、分かっている。けれど、ウェルチを羨ましいと思ってしまうのは、自分にそんな風に一生懸命に打ち込めるものがないせいか。それとも、ウェルチを見ていたらティオがウェルチに惹かれる理由が何となく分かってしまった気がしているからだろうか。
「……それでは、これから順次各区の人達に説明に向います。みなさん、手配をお願いします」
若先生の声にレティシアははっと我に返った。質疑応答も終わり、説明会はこれで閉会たしい。区長たちが立ち上がり、部屋から退出していく。その場が一気に騒がしくなった。
「それでは、ティオ様。私達はこれで失礼します」
若先生とウェルチはそう言ってレティシアと、レティシアと同じく立会人だったティオに頭を下げ、慌ただしく出ていく。
区長への説明会が終了してしまえば、ティオが今出来ることは一通り終わってしまう。町民の説明会にまでティオが同行してしまうと、町民たちに不要な不安を抱かせてしまうから、あとは屋敷で待機するしかない。
ふと、レティシアは隣に立ったままのティオを見た。ティオの銅褐色の瞳は、ウェルチの背をまっすぐに見つめていた。
だが、すぐにレティシアの視線に気付いて、ティオは穏やかな微笑を浮かべてレティシアに顔を向ける。
「何だか慌ただしくなってしまって、申し訳ありません。……せっかく、この町に滞在されているのに、満足におもてなしも出来なくて、大変心苦しいのですが……」
「いいえ。今はこの町にとって大事な時ですもの、仕方がありませんわ。……まさか、こんな大ごとになるとは思ってもみませんでしたけど……」
そう言うと、ティオもそうですねと苦笑した。
都で病が流行っていると聞いた時は、ティオは念のためにウェルチと院長先生に話しておいた方がいいかもしれないと判断したにすぎなかった。それが、こんな大きな動きになるとは思ってもみなかった。
「……ウェルチは、すごいですね」
恋敵を褒めるような言動をするなんて、自分でもおかしいと思う。けれど、あまりに早く動く状況に圧倒されて、その中心で精力的に活動するウェルチにただただ感嘆して、思わずそう零していた。
「でしょう! 薬師としては腕利きですし、努力家ですし、頑張り屋で、僕も本当にすごいと思ってるんです」
まるで自分が褒められたかのように表情を輝かせるティオに、レティシアは嫉妬心を感じる前に苦笑してしまった。
自分から話をふっておいてなんだが、現段階でも、レティシアはティオの婚約者候補ではあるはずだ。だから、他の女性をこんなにも褒めるティオに怒りを覚えてもいいはずなのだが、ティオの反応があまりにも純粋に嬉しそうなせいか、怒る気分にはなれなかった。
だが、喜びに輝いていたティオの表情は、すぐに一転する。
「……でも、心配です」
そう言って表情を曇らせたティオに、レティシアは小さく首を傾げた。
「心配……? ……ウェルチのことが、ですか?」
「はい。ウェルチは、今回の件もちゃんと自分の役目を果たして頑張ってくれるでしょう。……でも、あの子は自分のことは後回しにしがちというか、疎かにしがちというか……。今回は事態が事態だけに、無理をしないかどうか……。ジーナも気にかけてくれるとは思うんですけれど……」
その名前に、レティシアはふと微笑んだ。ウェルチを気にかけるジーナの様子が目に浮かぶようだ。
本当に少し話しただけだが、ジーナがまっすぐな気性で面倒見がいいことは、十分に伝わってきた。
「……ジーナが気にかけているのなら、大丈夫なのではありませんか?」
「……ただ、今回のような場合だと、ウェルチの働きが重要になってきますから、ジーナも強くは言えないと思うんです。……こういうことがあると、特に思うんです。僕も、もっとウェルチの力になれたらいいのにって……」
表情を曇らせたままそう呟くティオの言葉に、レティシアは目を伏せる。
「……力に?」
「はい。……今だけではなく、これから先ウェルチが薬師として生きていくための力になれたらと、そう思うんです」
レティシアに対して話しているはずなのに、どこか違う場所を見ているような声音。ティオの瞳は目の前のレティシアではなく、ただひたすらに人を助けるために自分に出来ることをしようと駆けまわる少女を見ている。
ティオの穏やかながらも強い意思を秘めた瞳と声音を前に、レティシアは目を伏せたまま淡い苦笑を浮かべたのだった。
各区ごとの町民への説明会と、その翌日にアロマオイルやハーブティーの配布会を終えたウェルチは、診療院の作業室を借りて薬の調合をしている。
病が流行るまでには、まだ時間があるはずだ。それまでに少しでも備えを万全にしておきたい。滋養強壮の薬を煎じたりとウェルチに出来ることは、まだまだあるはずだ。
そんな風に考え、ウェルチは薬づくりに没頭する。
忙しさに身を委ねていれば、不慣れな恋愛に頭を悩ませずにすむという、若干の逃げの気持ちもあったかもしれない。
そんな風にウェルチが診療院に寝泊まりするようになってから、六日目のことだった。
「――……先生! 娘が、すごい熱を……! 朝は何ともなかったのにっ……!」
慌てた様子で診療院に駆け込んできたのは、若い母親と幼い少女だった。母親に抱えられた少女は、真っ赤な顔でぐったりと母親に寄りかかっている。
「お母さん、落ち着いて~。……お嬢ちゃんをそこに寝かせてね~。診てみよう」
そんな様子を、診療院の薬草室で見ていたウェルチは、眉をしかめる。とうとう、この町にも流行り病は来たらしい。出来れば取り越し苦労で終わってくれるのが一番だったのだが、なかなかそう上手くはいかないようだ。
どれだけ予防に努めても、絶対に罹患しないとは限らない。抵抗力の低い老人や子どもならばなおさらだ。流行るとしたらこれからだろう。
短い期間とはいえ、出来ることはやった。あとは、予防によってどれだけ流行が抑えられるかだ。
ウェルチはベッドに横たわった少女に視線を向ける。幼い子どもが苦しそうにしている姿は、見ていて辛い。
少しでも力になりたい。強くそう思う。そして、ウェルチにはその思いを行動に移すための力がある。院長先生が振り返ってウェルチを見た。
いつもと変わらない穏やかな口調ながら、院長先生の顔つきは真剣そのもので、ウェルチも自然と気を引き締める。
「ウェルチちゃん。薬お願いね~」
「はい!」
ウェルチは力強く頷いて、作業室に向かう。これから、忙しくなりそうだ。




