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Valentia~Charla de las cuatro estaciones   作者: 藍原ソラ
El capítulo del invierno(冬の章)
27/30

第五話

「……よい、しょっと!」

 馬車の荷台に、今回の件で必要と思われる薬草や作り置きの薬、アロマオイルや道具などをすべて積み込んだウェルチは、荷物の積み込みを手伝ってくれた御者役の男に頭を下げる。

「手伝ってくださってありがとうございました。……おかげで早く終わりました」

 いいえ、と御者役の男は首を横に振る。

「ティオ様から、手伝うようにと言われておりましたから」

「ティオさんが……」

 はい、と御者が朗らかに笑う。自分の父も生きていれば、この御者くらいの年齢だろうか。こんな状況なのに、ウェルチはふとそんなことを思った。

「では、町に戻りましょう。……ところで、ウェルチさん、診療院に泊まると伺いましたが……着替えの荷物はいいんですか?」

「……あ!」

 自分のことはすっかり抜け落ちていた。ウェルチは慌てて家に戻ると、タンスから適当に着替えを引っ張り出して鞄の中に詰め込んだ。

 数日分さえあればいい。あとは向こうで洗濯して着回そう。

 そう思いつつ、ウェルチは家を出て戸に鍵をかける。

「す、すみません! お待たせして! 行きましょう!」

 ウェルチの様子に御者は小さく笑い、御者台にあがるとウェルチに右手を差し出した。この馬車は荷物運搬用の馬車なので人が座れるスペースは少ないのだが、荷台の唯一人が座れるスペースにも荷物が置かれているため、必然的にウェルチは御者の隣に座ることになる。

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ」

 ウェルチが自分の隣にしっかりと腰を下ろしたのを確認してから、御者は手綱を取る。

「では、行きますよ」

 その言葉とともに、馬車が動き出す。町からこの森の奥の家まで徒歩では三十分ほどかかる距離も、馬車ならあっという間だ。そのあまりの速さに、思わずウェルチは馬車欲しいなぁと思ってしまった。手に入れたところで、動かすことが出来ないから完全に宝の持ち腐れなのだが。

 そうして町に入ると、馬車はぐんと速度を緩めた。町中でスピードを出すわけにはいかないから、当然のことだ。そして噴水広場に差し掛かったあたりで、御者が何かに気付いて手綱を引いた。

「……あれは」

 ウェルチも気付く。広場に、大きく手を振るティオの姿がある。

「ウェルチ!」

 馬車が、ティオの前でゆっくりと止まった。

「今から、うちに来れる? 各区長への説明をこれから屋敷ですることになったんだ」

 ティオの言葉に、ウェルチは目を丸くした。

「え? 今から? 本当ですか? ……随分と早いですね」

 多少手間取ったとはいえ、自宅でそんなにのんびりとしていたつもりはない。思っていた以上の展開の速さに、ウェルチは数度瞬いた。

「うん、院長先生の手紙もあったしね。父が、緊急性が高いと判断したんだ」

「そうですか。なら、その説明会にわたしも同席した方がよさそうですね。……でも、荷物、どうしよう……」

 困ったように眉をしかめるウェルチに、御者が微笑んだ。

「診療院に運んでおけばいいんでしょう? 私一人で運んでおきます。……とはいっても、下手に触るわけにもいかないので、空いている部屋に荷物を置いておくしか出来ないですけれど」

「それで大丈夫です! すみません、よろしくお願いします」

 普段なら自分でやりますから大丈夫ですというところだけれど、事態が事態だ。遠慮なく御者の優しい言葉に甘えることにして、ウェルチは御者台から飛び降りた。

「頼んだよ」

 ティオの言葉に、御者は深く頷く。

「お任せ下さい」

 そして、ウェルチとティオは並んで領主の屋敷へと早足で向かう。

「……ジーナとレティシア様は?」

「レティシア嬢は屋敷にいるよ。ジーナは、診療院との連絡役をしてくれたんだけど、今はひと段落ついたからね。一度、家に戻るって言って帰っていったよ」

「そうなんですか。……ティオさんは、何故あそこに?」

 領主の三男坊ともあろう人が、ウェルチの迎えだけのためだけに広場にいたとは思えない。それだけならば、誰か使用人に頼めばいいはずだ。

「僕は商隊とかに協力依頼をしに行ってたんだ。ウェルチの家にあるハーブや薬だけじゃ、足りないでしょ? 確実に仕入れられる状態にしとかないとって思って」

 確かにそのとおりだ。いくら小さな町とはいえ、ウェルチの家にある薬やハーブの在庫だけでは、明らかに量が足りない。

 その辺りの仕入れもどうにかしなければと考えていたが、ティオが先んじて動いてくれたらしい。

「そうですね。そうしていただけると、助かります」

「うん。さっき、ウェルチが言っていたハーブやアロマオイルはひととおり発注しておいたよ。念のために、あとで確認してくれる? あと、足りないものがあったら指摘してくれると助かるな」

「はい。分かりました」

 そんな会話をしながら、ウェルチはちらりとティオを見た。

 いつもは穏やかな銅褐色の瞳も、今は真剣そのものだ。

 今のティオを見て、彼を情けないと言う人は誰もいないだろう。そう思うほど凛々しい顔つきをしている。

 実際、彼の動きは領主の息子としてふさわしいものだと思う。

 こんな事態ではあるけれど、それは喜ばしいことだと思う。けれど、何故だろう。今まで過ごしてきた時間が遠ざかってしまったような、寂しい気持ちになるのは。

 ティオが領主の息子として素晴らしい働きをすれば、それは貴族間での評価に繋がる。そうすれば、レティシアとの見合い話もなお一層現実味を帯びるだろう。

 この恋心を諦めると決めた。そのはずなのに、彼らを目の前にすると、こんなにも気持ちが揺らぐ。

 なんて自分勝手なのだろう。

 思わずため息をつきそうになったが、隣にいるティオに聞こえてしまってはまずい。7今ため息をついたら、きっとティオに心配をかけてしまうだろう。心の中で、何度も今はそれどころじゃないと言い聞かせて、何とかため息を呑みこんだ。

 そして、ウェルチは視線をまっすぐ前に向ける。屋敷はもうすぐそこだ。

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