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Valentia~Charla de las cuatro estaciones   作者: 藍原ソラ
El capítulo del otoño(秋の章)
18/30

第三話

 心底困ったような表情でそうぽつりと呟いたきり俯いたままのウェルチを見ながら、ジーナは考え込む。

 ウェルチは恋という感情がどんなものなのか分からない、だから自分の気持ちもよく分からないのだという。けれど、本当にそうだろうか。恋する気持ちが分からないというよりは、ただ単に気付いていないだけのように見えるのだが。

 先程のティオと話している時のウェルチの様子は、穏やかでとても幸せそうで。

 そして、何よりもティオがやって来た時にウェルチが見せた笑顔と放つ雰囲気は、完全に恋する乙女のものだったように思う。少なくとも、ジーナの目にはそう映った。

 ウェルチってこんな顔も出来るんだ。なんだ、ちゃんと恋してるじゃない。そう思ったほどだ。

 傍目から見てもそう分かるのに、それでもウェルチ自身は自分の気持ちが分からないという。それは、ウェルチが感情で物事を判断するタイプではないからだろう。

 いずれウェルチをひとり残して逝くことが分かっていたウェルチの祖母。彼女はウェルチに、何も考えずに突っ走ってはいけないといつも言い聞かせていた。

 行動する前に、きちんと考えること。自分が納得出来たら行動すること。

穏やかな顔でそう言っていたのを、ウェルチの傍らで聞いていたジーナも覚えている。

 それは、ウェルチがひとりきりになっても、周りに流されず自分の力で生きていけるようにと願っての事だったのだと思う。

 そんな祖母の様々な教えを、ウェルチは幼い頃から実践していた。そのためか、幼い頃から見た目よりもしっかりとした少女だと評価を受けることが多かったように思う。

 その祖母の教えを、ウェルチは幼い頃からしっかりと守り、身につけた。そんなウェルチが感情に任せて行動するところを、ジーナは未だに見たことがない。

 けれど、今回はその教えがいい方向に働いてはいないのではないだろうか。

 きちんと考えて頭で理解しようとして、難しくしすぎてしまっている。だから、自分の気持ちに気付けないのだ。ティオとの付き合いが十年と長く、友情と恋情の境が曖昧なことも、この事態に拍車をかけているのだろう。

 それだから、他人から見れば明らかに恋をしているのに当事者にその自覚がない、というなんだかおかしなことになってしまっているのだと、ジーナは思う。

そして、こんな事態はウェルチの祖母にとっても想定外だったに違いない。

 ウェルチがこの感情は恋なんだと、頭で理解できるような何かが必要だ。それがない限り、ウェルチとティオはいつまでもこの曖昧な関係のままの気がする。

 かなりじれったいふたりの関係だが、これまでは、ジーナはそれでもいいんじゃないかと思っていた。

 実際、夏にウェルチの背中を押した時は、ふたりの関係が進展するのにかなりの時間がかかるだろうと思っていた。それでも当事者であるふたりがそれでいいと言っているのだから、構わないだろうと。

 そもそも、恋愛なんて他人に急かされてするものではないはずだ。

 だが、夏と今では事情が少し変わってきている。ここのところ毎日忙しいウェルチはたぶん知らないであろうことを、ジーナは知っていた。

 夏頃から忙しそうにしていたティオは、何度かこの町を留守にすることもあった。実はこの国の都に住む貴族にパーティーに招待されて、たびたび参加していたらしい。

 ティオがパーティーに招待された理由は、ティオがどういった青年か知るためだったという。幼い頃は身体が弱くなかなか社交的な場に出られなかったティオも、今は身体が人並みには丈夫になり、さらには伴侶がいてもおかしくない年齢になった。そんなティオの人となりを探る目的があったようなのだ。

 ティオの身辺調査のようなものが行われるということは、つまり。ティオは都の貴族の娘達の婿候補に挙がっているということになる。

 それは少し考えれば当然の事だと思う。

 幼い頃から付き合いがあり、ティオの家族も気さくな人達であるためうっかりと忘れがちだが、ティオは辺境とはいえひとつの町を治める貴族の三男坊なのだ。貴族の婿に迎える家柄としては、申し分ないものなのだろう。

 ティオがウェルチに想いを寄せていることは、彼の家族も知っているだろう。ティオは隠しているつもりだったようだが、想い人のウェルチ以外には明らかにバレバレだったので、知らないということはないだろう。

 そして、もしティオとウェルチが現段階で恋人同士なら。ティオの父である領主は、多少の無理をしてでも彼らの幸せを応援することだろう。自身が町娘に恋をして妻にしているのだから、身分違いなどと言いだすことも、恐らくはない。

 だが、現状はティオがウェルチに片思いをしているだけだ。それを理由にパーティーや見合いを断ることは出来ない。そんなことをすれば、貴族界からひんしゅくを買い、非常識だと非難されるだろう。下手をすれば、ティオの父の領主としての立場も危うくなる。

 そんな今の状態で、もしティオを気に入った貴族が出てきて婿に迎えたいと言われたら。

 領主としての立場や現在の状況を考えれば、その申し出を受けないわけにはいかないだろう。息子が町娘に惚れているからなどというのが、貴族同士の見合いで断る理由になるわけがない。そうすると、断る明確な理由がないのだから当然だ。

 ウェルチは鈍いが、ティオだって負けず劣らず十分鈍いのだ。先程のやりとりで、ウェルチの感情に気付いたとは思えない。となると、自分がウェルチのことを諦めればそれで万事解決する、と考えて申し出を受ける選択をするんじゃないだろうか。

 貴族の体面や大人の事情、色々と複雑なものが絡まっていることは、一般庶民のジーナにも分かる。もしもそうなってしまったら仕方がないと納得するしかないのだろう。

 けれど、幼い頃からウェルチの事もティオの事も知っているジーナとしては、二人に幸せになってもらいたのだ。

 幼い頃に両親を亡くし、祖母に連れられて見知らぬ土地に来て心細いだろうに、それでもまっすぐに前を見て歩いてきたウェルチの姿を、ずっと見てきた。

 今までたくさんの悲しみや苦労を抱え込んできたはずだ。辛いことだってたくさんあったに違いない。けれど、ウェルチはそれを悟らせない。いつだって穏やかな笑みを浮かべて逞しく生きるウェルチ。そして己の夢に向かって邁進するウェルチを、ジーナは尊敬していた。

 だから、ウェルチには幸せになってほしいと思っている。出来れば、ウェルチを大事にしてくれるだろう、ティオと。

 それはジーナの勝手な願いだ。だから、今の事態に当事者達よりも焦っている。

 急な来客は、自分達と同年代の娘を連れてくるという。それはまるで。

「……お見合いみたいじゃないの」

 いや、間違いなくそれに近い意図があるに違いない。

深く考えこんでいたジーナは、自分がぽつりとそんな言葉を零していたことに気付いていなかった。完全に無意識のひとり言だったのだ。

 いきなり黙り込んでしまったジーナを心配そうに覗き込んでいたウェルチは、首を傾げた。ウェルチとしては、ジーナのいきなりの呟きの意味が分からなかったに違いない。

「え? ジーナお見合いするの? お付き合いしている人がいるのに?」

「ちっがーう! 何でただの町娘のあたしがお見合いなんて大層なことするのよ!? ティオの話よっっ!!」

 反射的にそう切り返してから、ジーナはしまったと思った。今の思考は噂を元にしたもので、ジーナの想像の域を出ない。だから、ウェルチにはまだ言わないでおこうと、そう思っていたのに。

 ジーナはわりと感情の赴くままに動く。ウェルチとは正反対の気性だ。だから、こんな風に思い悩むことなどめったにない。それなのに、考え込むだなんて珍しいことをしたせいだろうか。

 うっかりぽろっと口走ってしまった。

「え……? ……ティオさん、が?」

 ウェルチの紺色の目が、これ以上ないくらい大きく見開かれた。

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