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Valentia~Charla de las cuatro estaciones   作者: 藍原ソラ
El capítulo del otoño(秋の章)
16/30

第一話

 大陸の端にある、小さな国。その国の中でも辺境にあるこの町は、よくいえば自然豊かでのどかな町だが、悪くいえば広大な自然以外は何の特色もない、田舎の町だ。

 そんな小さな町の主な収入源は農産業。そして観光業である。

 特に秋という季節は、この町にとってはいわゆるかきいれ時となる。豊富な秋の実りや美しい紅葉を求めて、この国の人々は元より近隣諸国の人々もこの小さな町に集まってくるからだ。

 そして、この町は秋の観光の季節になると静かで穏やかないつもの雰囲気をがらりと変えることとなる。どこもかしこも人で賑わった町を見ることが出来るのは、この時期をおいて他にないくらいだ。

 そんな、この季節。秋特有の高く澄み渡った青い空の下、ウェルチは人で賑わう町の中でも特に人が集まっている噴水広場で、いつものように店を広げていた。

 ウェルチもまた、秋の観光シーズンの恩恵にあずかる者のうちのひとりだ。

「……ありがとうございましたー」

 何種類かのハーブティーを紙袋に詰め、若い女性の観光客に手渡したウェルチはぺこりと頭を下げる。

 女性の気配が遠ざかると頭を上げ、品物を並べた台を見下ろした。今の女性がたくさん買っていってくれたので、最初は台いっぱいに並べてあったハーブティーも、あと数個しか残っていない。愛用の肩掛け鞄の中は、既にからっぽだ。

 いつもは物々交換の品でいっぱいになる鞄だが、この時期は観光客が相手なので今の段階で鞄がぱんぱんに膨れるというようなことはない。このあと、色々と買い物をする予定なので、家に帰るころには結局鞄は膨れているのだろうけれど。

 そんなことを考えながら、台の上に僅かに残ったハーブティーを並べ直す。

 この地域はどうやら今週末に紅葉が見頃を迎えるらしい。そのおかげもあって、この町を訪れる観光客の数は今、最高潮を迎えているようだ。いつもならばありえないほどの人が噴水広場を行きかっているのを、ウェルチはぼんやりと眺めた。

 ふいに吹いた風の冷たさに、ウェルチは一瞬身を縮こまらせると、羽織っていたケープを胸元にかき寄せる。ほうっと息を吐けば、微かに息が煙った。

 ふと、視線を領主の屋敷の向こうに見える山脈の方に向ける。湖の向こうにある、この国でも稜線が美しいことで有名な山脈。赤や黄色に色づいた山々の頂はすでに白い綿帽子を被っている。秋ももうすぐ終わりなのだと実感させられる光景だ。

 そして、ここ数日は町中でも冬の気配が着々と近づいていることを感じさせられることがあった。

 少し前から朝夕はかなり冷え込むようになってきていたが、ここのところは日中も冷たい風が吹くようになってきたなぁと、ふと思う。冬はもう目前だ。この忙しい時期が終われば、いよいよ本格的に冬の準備をしなければならない。

 雪が降れば、森の奥の自宅とこの町との往復は困難になるからだ。

 冬の間ずっと森の奥の家に籠りきりというわけにもいかないし、出来るだけ町へも来ようと思ってはいる。しかし、雪が深くなればどんなに頑張っても今よりも訪問の頻度は減ってしまうし、重い荷物を持って町と家とを往復することも難しい。

 そのため、ある程度の保存の効く食料品の購入などは、往復のしやすい冬の前の時期にしておかなければならないのだ。

 冬支度のための資金や、勉強のための高い薬学書を買うためには、この秋のかき入れ時はとても重要だ。けれど、今日の残りの商品ではいささか心もとない。

 ちょうど客も途切れたことだし、中途半端にお店を出しているよりは、片付けてしまった方がよさそうだ。

 そう思いつつもさすがに疲れを感じて小さく息を吐くのと、馴染みある女性の声が背後からかけられたのはほぼ同時だった。

「……忙しそうね~」

 ウェルチは苦笑しながら振り返る。そこには思っていた通り、幼馴染で親友のジーナの姿があった。

「うん。この時期は一番の繁忙期だもの」

「そうよね~。ウェルチだって、この時期忙しくないと困っちゃうもんね」

 ジーナの言葉に、ウェルチは深々と頷く。まったくもって、そのとおりだ。この時期に稼げなければ、無事に冬が越せなくなるのだから、ウェルチとしても必死だ。

「……それにしても、毎年のことだけれど、この時期になるたび思うのよね。この町、違う町になっちゃったんじゃないか!? って。……いつものカフェだって人でいっぱいで、入れそうにもないのよ」

 その感覚はウェルチにもよく分かる。この町にこんなに人がいることはこの時期くらいだから、違和感を覚えるのだ。よく見知った町並みのはずなのに、全てがどこか違うように見える。

「そうだよねぇ。普段は静かな町だから、こうにぎやかだと、なんか変な感じがするよね」

「でしょ? やっぱりそう思うわよね~。別荘街に貴族も来てるから、なおさら変な感じがするわ。……そういえば、あんたって貴族のところにも行ってるのよね?」

 ジーナの問いに、ウェルチは頷いた。

 別荘街とはこの町の一部の区画の名称だ。その名のとおり、貴族の別荘ばかりが立ち並ぶ場所である。自然が多く、空気も食事もおいしいことで有名なこの町は、貴族の別荘地としても人気が高いのだ。

 その別荘街に滞在している貴族から依頼を受けて、ウェルチが貴族邸に訪問することは、そう珍しいことではない。

「うん。お茶とか薬の依頼を受けるから。……本当は、お屋敷にお伺いするのは、あんまり気乗りがしないんだけど……」

 そう言って顔を曇らせるウェルチに、ジーナは首を傾げて緑の瞳を瞬かせた。

「……何で?」

「だって、緊張するんだもの」

「緊張?」

 さらに首を傾げるジーナに、ウェルチはこくんと頷く。

「……ああ。もしかして、偉い人に会わなきゃいけないから?」

 貴族を相手にするのだから、失礼のないようにしないとと思えば、緊張もするだろう。そう思ってのジーナの言葉に、ウェルチは今度は首を横に振った。

「それもちょっとはあるけど……違うの。……貴族の方達ってね、お気に入りの調度品をわざわざ都から別荘まで持って来ていたりするんだよね。……何か、下手に変なところ触ると壊しちゃうんじゃないかって、行くたびに緊張するの。……滞在している間、ずっとどきどきしっぱなしで……。すごく、疲れる……」

 ウェルチの言葉にジーナは、分かったような分からないような曖昧な表情で頷いた。

「ああ、なるほどね。それは緊張しそうね。壊したら簡単に弁償できないもんね。……っていうか、せっかく遠くに遊びに来てるのに、何でわざわざ壊れ物持ってくるの? 何に使うのよ? 貴族サマが考えることってよく分からないわ」

 きっぱりと言い切ったジーナに、ウェルチは苦笑しつつ頷く。お気にいりの調度品を自慢したり、愛でたりしたいらしいが、その感覚はウェルチにもよく分からない。

 そもそも実用性重視で見せびらかすような調度品なんてひとつも持っていないので、根本的な感覚が異なるのだろう。

「そういえば、ちょっと前に貴族サマが町を散歩しているっぽいところを見かけたけど、領主様やティオ達と違ってキラッキラ輝いて見えたわよ」

 その言い方に、ウェルチは思わず噴き出していた。

 この町の領主一家は誰一人華美な格好を好まないらしく、他の貴族たちと比べると明らかに地味で目立たない格好をしている。

 華美ではないが質の良い衣類を着用しているようなので、質素ということはないはずだが、きらびやかな装飾を好まない彼らが、貴族としては珍しい部類に入ることは確かだ。

 領主夫人が元々は町娘であるためか、領主一家の誰もがかなりの頻度で町を気軽に歩く。そして町民に気さくに話しかける領主一家は、町民たちからは好意的に受け入れられているが、貴族内ではかなり異色な存在なのだろう。

「……それにしても、いつものカフェ人でいっぱいなんだよね? ……これからどうしようか?」

 残ったハーブティーを鞄にしまいつつ尋ねると、ジーナは困ったように眉をしかめた。

「そうねぇ……」

 いつも二人がお茶をしている噴水広場に面したカフェはふたりのお気に入りの場所だ。ウェルチが店仕舞いをしたらふたりでカフェに入り話をするのが常なのだが、いつものカフェに入れないとなると、少し困る。

 別のカフェに入ればいいのだけれど、いつもは何も考えずにカフェに入っているので、お店すら決めかねる事態になってしまっていた。

 うーんと唸る二人に、聞き覚えのある声が呼びかける。

「あ、ウェルチ! ジーナ!」

 明るい青年の声に、ウェルチはくるりと振り返った。

「ティオさん」

 この町の領主の三男坊が穏やかな笑顔を浮かべて、小走りでやって来る。その姿を見て、ウェルチはふわりと柔らかな笑みを浮かべた。

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