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Valentia~Charla de las cuatro estaciones   作者: 藍原ソラ
El capítulo del verano(夏の章)
12/30

第四話

「……なるほど、ね……」

 ウェルチの話を一通り聞き終えたジーナは、グラスを持ち上げてアイスコーヒーをストローでかきか回すと、口をつけた。ジーナの手の動きに合わせて、グラスの中の氷がからから規則的な音をたてる。

 長い話の間に、グラスはすっかりと汗をかいてしまっていた。

「……じゃあ、結局ティオはお酒の勢いであんたに告白したってことね?」

 そう言うことになる。ウェルチは微かに頬を染めつつ、黙ったままこくんと頷く。ジーナははぁぁと深いため息をついたあと、ふっと遠い目をした。

「……うーん。とうとうティオも根性出したかと思ったけど、やっぱりヘタレはヘタレだったかぁ。……まぁ、そう簡単にヘタレ返上は出来ないってことね」

 自分の町を治める領主の三男坊にひどい言いぐさである。他の町では考えられないだろう。逆を言えば、この町の人達にとって、領主一家はそれほど近しい存在で、慕われているのだとも言える。

 ジーナの口調だって呆れてはいるけれど、非難するような響きはまったくない。

「……んで? ティオが酔っぱらって倒れて、その後どうなったの?」

「え、ええっと……しばらくしたら、目を覚ましたんだけど……ティオさん、ものすごく慌てふためいて……」

 ウェルチは、その時のことを思い出す。

 ――……うわああああああ、病人のベッド取っちゃってごめんなさい! っていうか、なんか色々ごめんなさいぃぃぃっ!

 そんな風に叫ぶやいなや、ウェルチの家から飛び出して、ものすごい勢いで駆けて行ってしまったのだった。呼び止める時間もなく、まだ下がりきってなかった熱と突然の告白のせいでぼんやりとしていたウェルチは、見送るしかなかった。

「……うーわー。それって、かなりヘタレだわね。さすがティオだわ。……その光景、すごく簡単に想像できちゃったじゃない」

 ジーナは額を手で押さえて、そう呟く。そうして、ウェルチの話の先を促した。

「……で? それから?」

「……それから、ずっと顔会わせないようにしてた。……告白されてから会ったのは、この前の時が、はじめてなの……」

「……は? 何ですって?」

 訝しげな顔をするジーナに、ウェルチは顔を真っ赤にしながら俯く。

「だ、だってぇぇぇ……。どんな顔して、何を話せばいいの? ……分からなかったんだもの……」

 ウェルチの反応に、ジーナは再び深いため息をついた。

「それにしたって……ティオがヘタレなら、あんたも十分ヘタレね」

「ううっ……」

 ジーナに返す言葉もない。ウェルチは肩を縮こませる。

「大体、することなんて分かりきってるじゃないの。告白に対してイエスかノーの返事をする! ……それだけでしょ? 何が難しいのよ」

 さらりと言ったジーナに、ウェルチは困って眉を寄せた。

「そう、かもしれないけど……。でも、分からないんだもの……」

 ジーナがどういうこと? というように首を傾げる。少し落ち着きを取り戻したウェルチはお茶に口を付けて、小さく息を吐いた。

「わたし……ティオさんをどう思ってるんだろうって考えたら……。……自分の気持ちが、分からないの……」

 自分自身の気持ちのことなのに、自分でも情けないと思う。

 けれど、酔っていたとはいっても彼の気持ちが真剣だったことは、十分に伝わってきた。その気持ちに返せるだけの確固たる想いが、ウェルチの中にない。

 眉を八の字にしてそう語るウェルチを、ジーナは目を細めて見つめていた。そして、ゆっくりと口を開く。

「……ウェルチ。あんたさ、ティオに告白されてどう思った?」

 静かなジーナの問いかけを、ウェルチは口の中で繰り返した。

 ティオに告白をされて、どうしよう、早く返事をしなきゃと焦るばかりで、告白に対してどう感じたかなんて今まで考えたことがなかった。ジーナの言葉に、改めてそのことに気付く。

 ウェルチは目を半分伏せると、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「びっくりしたよ、すごく。びっくり、したけど……。でも……う、嬉しかった、かな?」

「……そう」

 柔らかい声音のジーナの相槌に、ウェルチは素直にこくんと頷く。

「うん。……ティオさんのこと、好きだよ。それは間違いないって分かってる。……けれどね、この好きがどんな好きなのか、いくら考えても分からないの」

 考えながらゆっくりと話すウェルチの言葉を、ジーナは黙って聞いている。

「……今、ティオさんのことを意識はしてるとは思うんだ。……でも、これって恋愛の好きなのかなって思うと違う気がして……。わたし、告白なんて初めてされたし、それでティオさんのこと考えるとどきどきするのかなって……」

 そう言って肩を落とすウェルチの様子にため息をついたジーナは、テーブルに左手をついて身を乗り出すとウェルチの額を右手の人差し指で弾いた。

「ふぎゃっ!? ジ、ジーナッ!? 痛いよ!?」

「バカねぇ。出てるじゃないの、答え。告白は嬉しいけれど、今は友人として好きなのか、恋していて好きなのか分からないって。……今、どれだけ考えたってそれ以上の答えなんてでないわよ。だってウェルチだもの」

「ウェ、ウェルチだものって……」

 一応そう抗議はしてみるものの、だってそうでしょとあっさり返されれば、何の反論も出来ない。

「ティオだって、ウェルチがそういう子だってちゃーんと知ってるわよ。だって、ティオはあんたのことをずっと見てきたんだもの」

 そう言うと、ウェルチが意外なことを聞いたというような表情で瞬いた。それを見たジーナはふわりと笑う。

 それは、本当にきれいな笑顔で、同性のウェルチでさえ一瞬見惚れてしまうものだった。

「そういう子だって知ったうえで、ティオはお酒に酔った勢いとはいえ一応、告白してきたんでしょう? どんなに考えてもウェルチからそれ以上の結論が出ないんなら、今の精一杯を返すのが誠意ってものじゃないの?」

 その言葉にウェルチがはっと顔を上げる。ジーナの言葉は正しいと、そう思った。

「……うん。そう、だね」

 はっきりと目が覚めたような表情で頷くウェルチに、ジーナはにっこりといたずらを思いついたような笑みを浮かべた。

「さーて。……じゃあ、ウェルチ?」

「え?」

 どうしてそんな笑みを浮かべるんだろうと思いながらも首を傾げるウェルチに、ジーナは噴水広場の方を指さして言った。

「あそこにいるティオと、お話しましょうか!」

「……え?」

 にこにこと笑顔でジーナが指し示す方向に、ウェルチは視線を向ける。その指の先には偶然通りかかったのか、大きな荷物を抱えて歩くティオの姿があった。

 じっと見つめるウェルチとジーナの視線に気づいたのか、ティオの顔がふっとこちらを向き――……その動きがびしりと硬直した。

 そんなティオの反応を見たウェルチも、動きを止めてしまう。お互いにぴたりと停止したまま動けないでいると、それを見守っていたジーナが今日何度目か分からない深いため息をついた。

「あー、あんた達は、もぉ~……」

 まだるっこしいなぁと呟きつつ、ジーナはかたりと席を立ち、ウェルチの背後に回る。ぎくしゃくと、ウェルチが首だけ振り返ってくる。

「……ジ、ジーナ?」

「いいから。はい、立って~」

 そう言いつつ、ジーナは硬直したウェルチが握りしめたままだったカップを強制的にテーブルに置かせると、ウェルチの腕を掴み半ば引っ張り上げるような形で、席から立たせる。

「え? え?」

 完全に混乱しきったウェルチはジーナになされるがままだ。戸惑いの表情を浮かべるウェルチには構わず、ジーナはウェルチの背中を力一杯両手で押した。

「うわわっ!?」

 押された勢いで、ウェルチは前へと踏み出した。足がテラスの外へと飛びだし、その勢いのまま広場を数歩進んで止まる。その分だけ、ウェルチとティオの距離が縮まった。

 それを見たティオの肩がびくっと跳ね、止まっていた時が動き出したかのように、片足を半歩だけ後ろにさげる。そして。

「ああーっ!?」

 ジーナが声をあげる。ティオはウェルチ達に背を向けると、その場から走り出してしまったのだ。

「逃げたわねっ!? あんのヘタレ! ウェルチ!!」

「はいっ!!」

 やたらと覇気のこもったジーナの声に、ウェルチは思わずぴしっと姿勢を正していた。

「追いなさいっ!!」

「了解ですっ!!」

 あなたたち二人は軍人なのかとでも突っ込まれそうなやりとりとともに、ウェルチはティオの背を追って駆けだしていた。ジーナの気迫に押されて反射的に駆けだしたけれど、このままではいけないのだと、自分でも思った。

 ここで動かなければ、きっといつまでも変われない。ティオとの関係はこの先も気まずいままだ。そんなのは嫌だと、そう思うから。ウェルチは全力で ティオを追いかけるのだった。

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