第三話
ウェルチとジーナがよく利用するカフェは、噴水広場に面した位置にあるため、窓際の席からは広場全体を見渡すことが出来る。テラス席もあるこのカフェは、この町ではそこそこに広さのある人気の店だ。
今日は天気がいいので少し暑いけれど、ほどよく風もあるし、テラス席の部分にもきちんと屋根はあるので、直接日差しを浴びることもない。こんな気候の日は、店内よりもテラス席の方が心地いいだろう。
ウェルチとジーナは迷わずテラス席に向かった。そしてふたりが席につくと、顔なじみの店員が出てきて二人分の注文を取っていく。ウェルチはホットティーを、ジーナはアイスコーヒーを注文した。
ほどなくして、ふたりの前に飲み物が運ばれてくる。
「……もうだいぶ暑いのに、よくホットなんて飲めるわよね」
ウェルチの前に置かれたカップから出てくる湯気を眺めながら、ジーナは感心したような呆れたような口調で呟いた。
「うん。ホットが好きだもの」
祖母が生前お茶を淹れてくれた時は、温かいことが多かった。そのせいかウェルチはどちらかというとホットの方が好きだ。よっぽど喉が乾いていなければ、アイスよりもホットを選ぶ。
今日は気持ちを落ちつかせたいから、なおさら温かい飲み物を口にしたい気分だ。
そんなことを思いながら、ウェルチはホットティーにミルクをいれて、ティースプーンでゆっくりとかき混ぜ、カップを持ち上げる。
「それで、ジーナ。さっき言ってた、聞きたいことってなぁに?」
首を傾げつつホットティーに口をつけるウェルチを、ジーナは紺碧の瞳でまっすぐ見つめて、真剣な声音で言った。
「あんた……ティオに告白されたでしょ!」
「っ!?」
質問ではなく断言したジーナの言葉に、ウェルチは思わずお茶を噴きそうになったが、何とか堪えて飲み込む。しかしそのせいで、どこか変なところに入ったらしい。鼻の奥がつんと痛くなり思わず咳込んだ。
「……おお~。動揺してる、動揺してる。……大丈夫?」
ジーナの問いかけに、ウェルチは涙目になりながらも何とか頷いた。
「けほっ……! だ、だいじょ、ぶ……」
「……で、今の言葉でそんだけ動揺してるってことは……やっぱりそうなのね! ティオってば、ついに自分の気持ちを言えたのねっ! これで、ようやくティオもヘタレ返上出来るってもんだわ! やるじゃないのっ!」
興奮気味にそう言って顔を輝かせるジーナに、ウェルチは頬を赤く染める。
「な、何で……」
「何で……? ああ、何でティオが告白したか分かったのって聞きたいのね?」
付き合いが長いせいか、ジーナはウェルチの表情を見ただけで、何が言いたいのかを言い当てる。まったくその通りなので、ウェルチはこくこくと頷いた。
「……なんか、随分と前からウェルチがティオのこと避けてるような気がしてたのよね。前は少なくとも月二回くらいはここで顔会わせてたのに、ここのところそれもまったくなかったし」
そう言って、ジーナは名探偵よろしく人差し指をぴっと立てる。
「でも、ティオだって一応領主の三男坊でしょ? あの人も成人して、最近なかなか忙しいみたいだし、ここのところあんまり町を出歩けてないみたいだし、あたしの気のせいかなぁと思ってたのよ。単に顔を合わせる機会がなかっただけかなって。……でもね」
そこでジーナの瞳がきらりと輝いた、ような気がした。
「この前あんたが町に来たとき、偶然ティオと会ったでしょ?」
言われて、ウェルチはゆっくりと頷いた。
ジーナの言ったとおりだ。先週、町に来た時、ティオと会った。お互い何をしゃべっていいのか分からなくって、妙に気まずい思いをし、かなりぎくしゃくとした雰囲気になってしまったのだ。そして、お互いになにも言わないまま、別れた。
「様子がかなり変だったじゃない。……だから、もしかして告白されたんじゃないかなぁって」
そう言うジーナに、ウェルチは紺色の瞳をぱちぱちと瞬かせた。何だかいきなり話がおかしな方向に飛んでいるのではないだろうか。
「え、ちょ、ちょっと待って……? それで、何で、告白されたって結論になっちゃうの……?」
確かに、ウェルチとティオの様子はこの間、おかしかった。それはジーナの言う通りで、違和感を覚えるのは、いつものふたりを知っているならば当然だと思う。
けれど、なぜその理由を告白と断定しているのか。喧嘩とか、それ以外にも関係が気まずくなるようなことは色々とあるだろうに。
そう思っての発言だったのに、なぜかジーナは小さく苦笑した。
「……ウェルチって、本当にまったく気づいてなかったのね」
「え? 何を?」
なんのことを言っているのかが分からず首を傾げるウェルチに、ジーナは苦笑を深めた。
「ティオって、小さい頃からずぅ~っとあんたのこと、好きだったのよ」
その言葉は、ウェルチにとってとても衝撃的な言葉だった。理解が追い付かず、ぴたりと動きを止めたウェルチをよそに、ジーナは事もなげに言葉を続ける。
「しかも、ティオ自身は自分の気持ちをちゃんと隠してるつもりだったみたいだけど。……町でティオが誰を好きか知らない人はいないんじゃないかってくらい、バレバレだったのにね」
そう言ってから、ジーナはウェルチをちらりと見て、目を細める。
「……まあ、想い人にはまったくバレてなかったんだから、いいのかしら」
首を傾げるジーナの言葉を、瞬きを繰り返しながらぼんやりと反芻したウェルチは、その意味をようやく飲み込むと、かっと目を見開いた。顔は未だほてったままで、その熱は当分の間はひきそうにない。
「ええええええっ!?」
びしりと硬直したウェルチを、ジーナは面白そうに眺めている。ジーナの注文したアイスコーヒーの氷がたてたからんという音に、ウェルチははっと我に返った。ぎしりと音を立てそうなほどぎこちない動作で、ウェルチはジーナを見る。
「ずずずずず、ずっと?」
「そう、ずーっと」
「え? バ、バレバレ……? み、みんなに……?」
「そうよ~。気づいてなかったのは当人達のみってやつ? それもそれですごいわよね」
「えええええー……」
呆然とするウェルチに、ジーナはずいっと身を乗り出す。
「で? いつ、告白されたの? 教えなさいよっ」
「お、教えなさいって……えっと……」
「どーせ、ウェルチのことだから、一人で抱え込んだってぐじぐじするだけでしょ? あんた、その手の経験値低そうだし」
ジーナの言葉にそんなことないと言えたらいいのだが、事実その通りなので、ウェルチにはなんの反論も出来なかった。反論してもあっさりと論破されるに違いない。それなら、黙っているしかないではないか。
「だったら、ここで全部話して心の整理しなさいよって言ってんの。……面白そうだし」
「お、面白そうって……」
ジーナの物言いに、ウェルチは思わず苦笑した。
確かに面白がっているというのはあるだろう。けれど、面倒見がいいジーナが、親友であるウェルチのことを心配してくれているのだということは、ジーナの声で分かる。
ジーナとは長い付き合いだけれど、ウェルチがジーナに恋愛相談するのは、はじめてだ。そう気づいて、何だかどきどきとしながらウェルチは口を開く。
「えっと、ね……あの……。春、に……」
切り出したウェルチの言葉に、ジーナは青色の瞳をまんまるに見開いた。
「はぁっ!? 春ぅっ!? 今、いつだと思ってるの!? 夏よ!? 告白されたの、そんなに前なのっ!?」
「う、うん……。ごめんね、黙ってて……」
肩を落としてそう言うと、ジーナは小さく眉をしかめた。
「別に、言われなかったからって怒ってないわよ。……まさか、そんな前だなんて思ってなかっただけ。そんなことで、あたしが怒るって思ってるなら、そっちの方が失礼だわ」
ジーナの言葉にウェルチは小さく笑う。
とてもまっすぐな気性の持ち主であるジーナらしい言葉だ。
「そういう意味じゃないの。……どう相談したらいいのか分からなくて、言えなくて……」
「まあ、ウェルチならそうだろうと思ってたわよ。何年の付き合いだと思ってるの? さ、遠慮なく話しなさいな」
ずばずばとものを言うジーナの声は、まっすぐにウェルチの心に響く。聞いていてどこか心地いい。
うん、と小さく頷いて。ウェルチはぽつぽつと語りだした。
春の気配が日に日に強くなっていくのを感じていた、あの日。ウェルチとティオの関係が根本から変化してしまった出来事の、事の顛末を。




