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  作者: 鵜狩三善
1/3

1.

 それは実に大きな男だった。

 手足は太いというよりも、厚い。針金を叩き込んだようにみっしりと鍛えられた肉体であるのが、誰の目にも明らかに判った。そして彼の大きさとは鈍重さを意味しない。心得のある者ならば彼の些細な身ごなしからも、肉食の獣めいたしなやかな俊敏さを見て取ったろう。

 体に刻まれた幾つもの傷や佩刀に目を配るまでもなく、彼が戦いを生業とするものである事は知れた。幾多の戦場と同じ数の死線を潜り抜けた、それは戦士の風体だった。

 けれど不思議な事に、威圧感はなかった。ごろりと大きな自然石のように、周囲を圧するでも脅かすでもなくただそこに在る。泰然自若(たいぜんじじゃく)として動じない。そんな雰囲気を男は備えていた。

 彼が現在陣取っている一席は、宿と酒場とを兼ねた店にある。

 同じくように旅をし、死線を抜けて来た者たちはいる。討伐と探索とで口を糊する冒険者たちが幾人といる。しかし仮に難に遭った者がここに飛び込み、そして真っ先に助けを求めるとしたならば、それは彼へであろうと思われた。


 数皿目を半ば空にしたところで、男は食事の手を休めた。巨躯に釣り合うだけの健啖さでだった。

 ふと彼の頭を過ぎったのは、疑問だ。

 自分のの身を包むのは酒場の喧騒。かつてならばこの手の場所に席を取り、酒を頼まなぬ事はなかった。ではこうして酒を慎むようになったのは、一体いつの頃からだったか。

 物思うその口元が、ふっと(ほころ)びる。見れば思わず警戒を解いてしまうような、それはひとを安堵させる笑みだった。

 理由を、思い出した。閉じたまぶたの裏、情景が蘇る。


「師匠は、呑み過ぎるから駄目」


 酒盃を取り上げて、その娘はそう言ったのだ。ざくりと髪を短くした、強い瞳の娘だった。

 無論彼は抗議した。自分の酒量くらいは(わきま)えている。体に比して男の許容量は格別だったし、何より今までかつて、酒で己を失った事は一度たりともない。心得である。


「酔わなくても、あんなに呑んだら体を悪くするもん。だから駄目」


 生来ゆえか育ちゆえか、彼は口が上手くない。対して相手の言葉には一理あるように思える。

 加えて彼は、娘の目に弱かった。臆するわけででも(いと)うわけでもないが、ひたと真っ直ぐに視線を据えられると、どうも要求を(がえ)んじてしまう。言ってしまえば押しに弱い。

 けれど。

 けれど、男は予言を受けた身だった。


 ──この兄弟は、いずれ深淵に身を堕とすよ。

 ──血に塗れた三日月、積み重なる丘の主、怒れる蛇の(しもべ)となるが定めだよ。


 自分の体を案じてくれる、その気遣いはありがたい。

 しかし長く生きれば生きただけ、その成就に近付くやもしれぬ。己はここで腹を()(さば)いた方が、いっそ世の為かも知れぬ。


「ししょーには、長生きしてもらわないと困るんだから」


 半ば自虐めいて思う彼の耳に、呟きが届いた。


「何故困る」

「……っ、私にも色々予定があるの!」


 思わず問い返すと、娘は大きめの声で追究を打ち切ってそっぽを向いた。

 酒を悪い事のように思い始めたのは、以来だろう。押しに弱い割りに、男には律儀なところがあった。

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