表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i-アイ-  作者: 深町 諒子
1/1

第1章 初恋

プロローグ


あなたに全てを捧げましょう

私にできる全てを

あなたに


ちっぽけな、この命

残りの全て

あなたに、


あなたは私の全て

私はあなたのモノだから


ここに誓いましょう

一生、あなたを

愛し続ける事を


第1章


春1番が吹き荒れ、海辺の木々もザワザワ騒ぎ、春の訪れを知らせている。


湘南の海岸沿いを走る、緑色の小さな古びた電車はのんびりのんびり、ガタガタ走る。


もう1か月もすれば、3年間着慣れた制服を卒業し、新たらしい制服で毎日この電車に揺られ、高校生活を過ごすことになる。


小高い坂を上ると、真っ白な校舎。

 海風に胸を張り、澄み渡った青空に映えるその姿は、頼もしくみえる。

「三年間、よろしくお願いします。」

 私は一礼し、4月から通う校舎を後にした。


「お姉ちゃんの通う高校、やっぱりいいな。」

妹の聡子(さとこ)が、目をキラキラさせて言った。

「じゃあ、もっと勉強しなきゃね。」

私は少し笑って言う。

「うーん。私勉強きらいだからなぁ…。」

聡子は唸りながら考える。

「聡子はやればできるのに、勉強しないから成績が上がらないんだよ。中学入ったら定期テストだってあるし、嫌でも勉強しないと…。」

聡子は私の三つ下の妹だ。今度の4月から、私の卒業と入れ替わりに中学に入る。

「でも、勉強できなくても、たぶん楽しいことあると思うんだ。中学に入ったらバスケ部入ってね、そっち一生懸命やるつもり。友達とワイワイして、恋したり、遊んだり。いい仲間に恵まれるといいな。」

私とは正反対の性格の聡子。友達に恵まれ、笑顔もかわいい。活発で天真爛漫。素直な私の妹。

「お姉ちゃんも、恋とかすればいいのに。いつも机に向かてないでさ。友達と遊んだり楽しくないの?」

「…。」

私は、何も言い返さず聡子に笑った。

聡子も

「しょうがないな…。」

って顔でこちらを向いた。


 海に浮かぶ小さな江の島

 海岸の横の小さな駅。

 ザワザワ音を立てる木々。

 

3年間どうか無事、何事もなく過ごせますように。

私は、白い校舎にお祈りした。


 私が高校生活を不安に思うのには、理由があった。

 それは、中学生活が耐え難い苦痛でしかなかったからだ。

簡単に言うと、クラスメイトとなじめなかった。私も最初は努力したんだ。いつも笑おうとか、自分から話かけたりしたんだ。でも、なぜか孤立した。

 元々の私の陰気な性格のせいなのか。華がなかったからなのかわからない。

 ただ、本当に自然と独りだった。

イジメとは、違う。でも、笑い声のあふれる教室の片隅で息をひそめる毎日は、苦痛だった。


 高校では、何事もなくひっそりと過ごしたい。

 そんな願いで、学区外のこの高校を受験した。


恋愛もしなくていい。

友達もいなくていい。

 

ただ、何事もなく過ごせたら…。

それだけで、いいから。


「おねぇちゃん。大丈夫だよ。おねぇちゃん優しいし、きっとおねぇちゃんを見つけてくれる人いると思うよ。私も祈るよ。おねぇちゃんが、高校生活満喫できますように!」

聡子は、私の手を握った。

私も、聡子の手を、握り返した。


聡子、ありがとうね。

聡子が私の一番の理解者。

聡子の期待に応えられるように、がんばるよ。


4月

 真新しい制服のブレザーに袖を通して、校門の前で一呼吸した。

校門の横には「平成○○年度 入学式」の文字。

期待に胸を膨らませる新入生の笑い声。

優しく迎え入れる先輩の声。


「…。」

校門に入るのが怖い。


あんなに綺麗な校舎なのに、やっぱり怖い。


言い知れぬ不安感。

周りの希望に満ちた声が余計に私の不安を倍増させる。


どうしよう…。足が重い…。


「あんた、大丈夫??」


??

男の人の声


「新入生??」

どうしよう…。何か応えなきゃ。


でも、声が出ない。

声の方向にも向けない。


「具合悪いの??」


私が固まっていると、男の人は心配そうに言った。


「岬―!!何しているんだよ?先行くぞ!!」

遠くで違う男の子達の声。

「あー、悪い。先行ってて」


あぁ、どうしよう。

私の事なんて、ほっといて欲しいのに。

私になんか、かまわないで…。

「ごめんなさい!大丈夫だから、ほっといてください。」

やっと、出た言葉が、自分の胸を突いた。


せっかく、心配してくれたのに…。

きっとこの人を嫌な気持ちにさせた。


後悔と懺悔。

いつも。私はこうだ。


人の好意を、簡単に蹴飛ばしてしまう。


「ごめん。」

男の人が言った。


しまった!!

さらに自己嫌悪になる。

なにか、言わなきゃ…。

謝らなきゃ…。


でも、

言葉が出てこない。

きっと行ってしまう。


「桜、もう散っちゃったね?」

…??

「今年は早咲きだったから、残念だったね?」


さくら??


校門の前には桜の木。

もう満開を過ぎて、花びらはすかすかで少し寂しい。


桜の木があるなんて、全然、気が付かなかった。

「あっ、やっと前向いた!!」

男の人がこっちを見ていた。


私と同じ真新しい制服を着て、ニコニコした笑顔。

春の日差しに透ける薄茶の髪の毛がサラサラ風に揺れていた。


「あの、ごめんなさい。心配してくれたのに。」

私はやっと、謝った。

「うん。俺よくおせっかいって言われるし、慣れてるから大丈夫。」

男の子は笑った。

「俺、岬夏生 (みさきなつき)。新入生。F中から来たんだ。あんたも新入生??」

「私は、富永愛子(とみながあいこ)。Y市の中学から来ました。」

「学区外じゃん。頭いいんだ!」


「いっぱい勉強したの。この高校に来たくて…。」

「この景色、最高だもんな?」

私は、うなずいた。


「もう、体調は大丈夫?」

「はい。」

「じゃぁ、いこっか?」


私は、岬くんとやっと校門をくぐった。

重たかった足が嘘のように軽くなる。


大丈夫だ。


きっと、大丈夫。


そう自分に言い聞かせて、岬くんの後を追った。



「あっ、富永さんと同じクラスだね。」

クラス表が張り出されている掲示板の前には、人だかり。

同じ中学から来た子同士で、一喜一憂している。

私は、同じ中学からこの学校に来た人はいない。

だから、どのクラスになっても変わらない。

「岬、B組、結構F中の奴、多いぜ。」

「やった。」

さっき、岬君に声をかけていた男の子だ。

同じ中学からの友達の邪魔はしちゃいけないから、私はそっと岬君から離れた。


岬くんの周りに、自然に人が集まる。

男の子も女の子も。

中学でリーダー格だったのが容易に想像できる。

親切で人当りもいいし。

だから、心配してくれたのか…。


なんだか少し置いてけぼりになった気分。

「あっ、富永さん待って!」

人をかき分けて、岬君が私のところに来た。

「みんなに、紹介する。F中の奴らいい奴ばっかだから、きっと友達になれるよ。」

そういって、岬君は私の手を引いた。


!!


私は思いっきり、岬君の手を振り払ってしまった。


あぁ、またやってしまった。

私がまた固まっていると、

「ごめん、コイツ考えなしで中坊のままだから…。」

さっき岬君と話していた人が、言った。

「岬、ナンパ失敗??」

「ナンパじゃない!!」

岬くんが顔を赤らめて否定した。

その顔を見て、みんな笑う。

「ここらへんの奴、みんなF中出身なんだ。君は?」

「わたし学区外で…。」

「富永愛子さん!Y市から来ているんだって!!」

私がドギマギしていると岬君がかわりに言ってくれた。


その後のことは、あまり覚えていない。

なにせ、人に囲まれるのも、人と話すのも久しぶりだったからだ。

無我夢中で自己紹介をし、流されるまま岬くんの友達になった。



新しいクラスでも、岬君は目立った。

私は、岬君のおかげで友達もできた。


入学の前の不安は5月には、なくなっていた。

新しい学校は、ものすごく居心地がよかった。


私を馬鹿にする人もいない。

私を罵るひともいない。


私は学校が楽しかった。

こんなに笑ったのも、明日が来るのが、楽しみなのも初めての経験だった。


高校最初の中間テストが終わって、しばらくした頃。

突然、岬君が学校に来なくなった。


「岬は今日も休みか…。」

クラスメイトの話にチョクチョクこんなセリフを聞くようになった。


岬君が学校に来なくなって、2週間がたった。

もちろん、私やほかの友達も岬君にメールもしたし、電話もした。

けれど、岬君からの返信はなく、電話も繋がることはなかった。


一度、担任の先生に岬くんが休んでいる理由を聞いたが、

「家庭の事情」

との返事が返ってきた。そしてそれ以上、岬くんのことは教えてもらえなかった。


「家庭の事情ったって、メールぐらい返せるだろ。」

クラスメイトの心配は日ごと膨らみ、私も

『心配しています。何か私たちにできることがあるなら言ってください。岬君が学校に来るのをみんな待ってます。』

と、メールを打った。


しかし、そのメールにも、2日たっても、4日たっても返事はなかった。


季節は梅雨に入り、ジメジメした海風が学校に吹き付ける季節になった。

「岬、単位ヤバいんじゃないか?」

次第に岬君が学校に来ていない事に、クラスが慣れてきた。


同じ中学出身の何人かで、岬くんの家にも行った。

けれど、岬くんの家は誰もいなかったらしい。


何かがおかしい。


そう思っても、担任は口を割らず、岬くんとの連絡は途絶えたままだった。


そして、夏の初め。

期末テストの最終日の帰りのHRで、

担任の口から、岬君について事実を告げられた。


「5月から休んでいる、岬についてだが、残念な知らせがある。」

 渋い顔で担任から発せられた言葉に、クラスがざわめいた。


担任の方から、岬くんについて触れるのは初めての事だった。


「岬は先週の火曜日。H総合病院で癌のため亡くなった。クラスのみんなにはテストで動揺しない様との配慮で今まで伏せていた。申し訳ない。」


クラスの雰囲気が張り詰める。


「なお、葬儀、告別式は親族のみですでに行われた。気持ちを切り替えて夏休みを過ごすように。以上。」


 担任が教室のドアを閉める。


誰も、何も言わない。


ピンっと張り詰めた雰囲気を、女子の鼻をすする音が溶かしていく。


じわじわと広がる、悲しい音。

男子はやり切れぬ思いに苛立てる。


教室の誰もが、その場を動けなかった。


岬君が死んだ。


思い浮かぶのは、入学式のあの笑顔。

春のお日様に透ける、綺麗な髪。


孤独と不安から、私を救ってくれた岬くん。


すすり泣く音が、教室中に響き

悲しみが充満する。


なんで、なんで…


「岬、俺らの事、頼ってくれなかったのか。」


男子がぽつりと言った言葉に、女子が関を切ったように声を出して泣いた。


岬君が死んだなんて、信じられない。

でも、岬君はもうこの教室にはいない。

2か月間、主が不在の机があるだけだ。


私は、学園ドラマの様なその光景をただ眺めるしかできなかった。



テスト休みが明けて、岬君のロッカーも机も下駄箱の上履きも姿を消した。

岬君は最初から、いなかったようになった。


テスト休み中、クラスメイトの何人かで岬君の家に伺ったが、

もうそこには、だれも住んでいなかった。


岬君がいない。

どこにもいない。


この学校に居た岬君はなんだったのだろう。

夏休み中、考えた。

そして、出た結論が、

どうしても、もう一度、会いたい。

会って、孤独から救ってくれた岬君に、お礼が言いたい。


その結論が出たとき、初めて私は涙を出して泣いた。

もう会えないと、もうお礼が言えないと、心の奥底で理解したからだ。


これが、私の初恋だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ