赤ずきん01
「じゃあ行ってくるわね、ママ」
「あぁ、私の可愛い可愛い娘。気をつけて行ってくるのよ」
そんな心温まるやりとりを木の陰で見ていたのは――僕、狼である。
別にこの家の人間を狙って潜んでいるわけではない。ただこんな陽気な一日を一人寂しく家で過ごすのはもったいないという考えだけで住処を飛び出し、森を散策していたところ親子の会話に出くわしてしまった。ただそれだけである。
なんの計画もなしに森を歩き、こんな仲の良さそうな親子の心温まる日常を垣間見えただけでも僕のこの目的のない外出は意味のあったものだと言えよう。
「おばあさんへのお土産はちゃんと持ったかしら」
「ええ。このバスケットの中に羊のお肉、羊のミルク、あとママの編んだマフラーを入れておいたわ」
僕は人間には興味がない。
人間の生体に興味がないのはもちろんのこと、人間を食べようなんて気もさらさらない。それはいうならば人間界でいうところの都市伝説、狼界のありそうでない事象なのだ。
好き好んで人間を食べようなんていうやつはまずいない。肉付きも悪くて全然美味しくないし、人間なんか食べてしまってしまった日にはその後何日もハンターに終われることになる。僕たちは例え腐った肉だろうが関係なしに食べるけれど人間とは後腐れない関係を望んでいる。
はっきりいって、人間を食べたところでいいところなんて一つもないのだ。
けれど……羊の肉となると話は別だ。しかも既に加工されているとなるとその価値は一気に跳ね上がる。人間界でいうところの冷凍じゃない本マグロってところか。
食べたい。
「あぁ、私の愛しい娘。これをかぶっていきなさい」
そういうとその母親は自分の娘に、真っ白な、何一つ汚れのない純白の頭巾を頭にかぶせた。
「うわぁ、真っ白で綺麗な頭巾。ありがとうママ。これでおばあさんにあっても恥ずかしくないわ」
「あなたのために夜なべをして作ったのよ。お洒落もしたことだし、いってらっしゃいな。寄り道してはだめよ」
「はい、わかったわママ。いってくるわね」
――やはり。
あの娘は一人で祖母の家へ向かうのか。
うーん。
正直あの小娘――ああ、小娘じゃあちょっと僕があの子をものすごく見下しているようだから今後は仮名白ずきんちゃんとさせてもらう。
正直、白ずきんちゃんから羊の肉を奪うのは軽く脅してしまえば簡単なのだけれど、白ずきんちゃんの将来を考えるとそれは少し身が引けるな。これがトラウマになって二度と人間以外の動物に近づけなくなってしまうかもしれない。いや、人間だって例外じゃないぞ。やつらは自分が生きるためではなく、機嫌云々で相手を脅したり暴力をふるったりするらしいし……。
無しだ。
暴力、脅しの類いは最終手段ですらなしだ。
それは人道に反する。
狼だけど。
うーん。武力行使は無しときめたものの……どうしようか。