プロローグ
「御伽話――ご存知ですか?」
何の前触れもなく、唐突に、そんなことを聞かれた。
「そりゃ知っているけれど――御伽話にもいろいろあるだろ」
僕が今、面と向かって話している相手は燈篭院琴雛。彼女との出会いは彼女が狐に化かされたところまでさかのぼる。
まぁその話はさし当たって今話すべきことではないし今ぼくが琴雛と話している内容に直結するわけではないのでそれは省略する。しかし省略はするが簡易的に説明はしておく。
琴雛は狐に化かされたことで自分の考えや思いを差し替えられ、化かされていたのだがそれを救う術をたまたま僕が手に入れることが出来た。それにより琴雛は正常な認識を出来るようにはなったのだけれど差し替えられた認識や記憶が元に戻るわけではなく、こんな風に普通の人なら当然知っているような事を唐突に僕に聞いてきたりするのだ。
「色々……ですか。御伽話に色々な物語があるのは知っているつもりなのですけれど――浮世語さんが知っているからといって琴雛が知っているとは限らないのです」
「まぁそうだよな。自分が知っていて当然と思っている知識を相手に押し付けるのはどうかとは僕も思うよ」
それ以前に琴雛の知識はすべて間違いから来ているのだし。
「だから教えてください。御伽話について」
御伽話――か。
桃太郎、浦島太郎から海外発祥の子供向けの物語まで――そういう童話を総じて御伽話というのだろうか。突然御伽話について教えてくれといわれたところで何も教えればいいのだか全くわからない上、御伽話の定義すら正直わからない。あれ? 今までまるで完全に把握しているかのごとく御伽話という単語を、日常生活では使わないまでも脳の片隅には置いていたのだけれど御伽話って何だ?
「うーん。教えてあげたいのは山々なんだけれど……僕も御伽話について詳しいわけではないしなぁ。琴雛が御伽話のどういう部分に疑問を持っているのかとかでも分かれば、調べようもあるし、教えようもあるのだけれど――琴雛は御伽話の何を知りたいんだ?」
「その世界の全てを知りたいのです」
うわぁ。想像以上にスケールがでかいぞ。大人らしく、自分の分からない答えはぼかし、曖昧にして返事をしてみたもののこれは生半可な気持ちで回答すればこの天使琴雛に嫌悪感を抱かれる事にもなってしまいそうだ。
「残念だけれど僕は御伽話の全てを知っているわけではないからその質問に答えることはできないな」
「それなら逆に質問なのですけど――御伽話の何を知っているんですか?」
なんでだろう。別に僕が御伽話のあれこれを聞きたいわけではないのに、まるで僕が御伽話のことを何も理解していないのに、大仰に御伽話について語ったかのような――逆に攻められている感さえある。
「何を知っているって……僕が知っている事なんて物語のあらすじくらいなものだよ」
「裏筋?」
「いや、僕は華やかで純粋無垢であろう御伽話が伝える物語の中で、そんなダークな部分を伝えそうな筋は知らない。僕が知っているのは物語をある程度知っている粗いながらも一応は物語の流れを知っているという意味でのあらすじだ」
「べ、別に琴雛はあらすじという言葉を知らなかったわけではないのですよ。ただ浮世語さんは裏筋のほうが好きなのかと思って言ってみただけです」
琴雛の発言には他意はないのだろうが、現在十七歳、僕、浮世語命の観点からすれば裏筋という言葉が他の意味で重宝される事を知らないわけではないのだけれど――残念ながら僕はそれほど裏筋のよさを知らない。どちらかといえば僕は未だ純粋無垢側の道程を辿っているからだ。
それにしても本来ツンデレ設定ではない琴雛がツンデレになる事にこれほどの破壊力があろうとはにさすがの僕も予想が出来なかった。
「ではその御伽話のあらすじについて教えてください」
「あー、もう。わかったよ。じゃあ赤ずきんあたりでいいか?」
おそらく琴雛は僕が御伽話について何かしらのアクションを見せなければ引いてはくれない。可もなく不可もなく。あらゆる層に人気のありそうな赤ずきんの物語を挙げることにした。正直曖昧にしか覚えていないのだけれどかぐや姫や白雪姫のように名前だけが先行してしまい、話の内容をほとんど覚えていない物語よりはそれなりに話せるだろう。
「赤ずきん……琴雛は聞いたことがあります……!」
「待て。僕が今から話すから、琴雛の記憶から赤ずきんを掘り出すような事はしなくていい」
琴雛が以前に知った知識を掘り起こすとき――それは基本的に全て間違っており、摺りかえられているから。僕は琴雛の発言を遮った。
「そうですか……」
「そんな肩を落とすなよ。僕の話を聞いて、琴雛の記憶にある赤ずきんと照らし合わせてみればいいじゃないか。御伽話なんてそんなもんだよ。口頭で語り継がれてきて、人づてに語り継がれてきた曖昧で儚い物語だよ」
「そう……ですね! では教えてください。浮世語りさんの知る、赤ずきんの物語を」
「あぁ。ちなみに分かりやすく話したいから一人称でいいか?」
「はい。琴雛は物語を聞くとき、十人称以内であれば許容範囲内なのです」
十人称……元から登場人物の少ない赤ずきんという物語で十人しょうその場合赤ずきんはどれほどの視線から見張られていなければならないのだろう。
「じゃあ始めるぞ。むかしむかし、あるところに――」