彼のコール
ー遠距離武器ー
いろんなゲームで出てくる鉄板系だと思う。
銃や弓、手裏剣にブーメラン。
男の子なら一度は憧れるものだと思う。
でも、自身の手の上にある銃をみて思うことはそんな肯定的なイメージではなかった。
取り残される自分。
戦場から離れダメージ源以外を期待されない存在。
もし・・・。
もし綾香に何かが起きようとしても戦場にいない僕の手は何もできない。
万能な彼女に対する小さい自分。
何もできない自分。
それが自分の持つ銃から受ける自分のイメージだった。
ただ一つ誇れることは。
少なくともこの銃は綾香が僕のために選んでくれたものであるということ。
「な~に?銃は嫌だったの?」
わかりやすい顔をしてしまっていたらしい僕を心配そうに見つめてくる彼女の顔は心配しているように見えて怒っているようにも見える。
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだよ。いつものやつさ。」
そう、いつものやつ。
僕はどうしても対等な気持ちになれない。
彼女に見合う彼氏ではないという思いがいつもどこかにくすぶってる。
「そ。」
それだけ言って少しの心配していた顔もなくなりつまらなさそうにまたバザーをみに行く。
こんなとき彼女は優しくない。
だからこそ今も一緒にいられるんだと思う。
ややこしくなるので説明は省くけど、きっと慰められたら辛いだけ。
「まって。」
僕は離れてしまった距離を取り戻そうと走り出す。
いつもこのときだけ綾香は何も言わずに待っていてくれる。
今日もこっちを見て微笑んでいる。
でも、今回は追いつけなかった。
僕らが近づけなかった現象は暗転といわれるものだった。
目の前が歪み真っ暗になる。
そして、次の瞬間には石畳ではあるけれどさっきの場所とは明らかに違う広場に来ていた。
何が起きたのかはわからない。
しいて言うなら飛ばされたという感覚だ。
「おっ。もしかして噂のセレモニーっていうやつか?!」
広場に次々と人が飛び出てくる。
そのうちの誰かがそう言った。
綾香は近くにいない。
人ゴミという言葉で収まらない人が広場に集まってきているけど僕の見えるところに綾香はいない。
「おい!あっちみろよ!教会みたいな建物!」
誰かがそう叫んだ。
「でけぇ~!」
そんな声が続く。
僕もつられてそっちを見る。
そこには巨大な金色のベルがあった。
そう認識した途端にベルは気持ちのいい清んだ音を響かせた。
「よく来てくれた!ダイバー諸君!」
揺れるベルの死角から細身で長身の男がでてきた。
このゲームにダイブした人なら一度はみたことがある人物。
ー井形尋仁ー
「僕は君たちを迎えるにあたり最大限の努力をしました。この世界は必ずあなたたちに驚きと楽しみと恐怖・・・生きる実感を与えてくれることを保障します。」
凄まじい歓声が起こる。
ここに集う全ての人々があげる喜びの声。
僕は右手にも左手にも綾香の体温がないことに不安を感じていたけれど、周りは喜びの声で埋め尽くされている。
「ただし!」
そんな莫大な盛り上がりを制すことができる発言権をただ一人の男はもっていた。
「この世界だけがあなたたちの世界になります。」
一挙に広がる意味を理解できないでいる雰囲気。
「どういう意味だ?」
そんな声がそこらじゅうから聞こえてくる。
僕は強くなっていく不安にひたすら綾香の手を捜し求めた。
「ダイブアウトできない…そして、死したものは死ぬ。当然の理を当然のように要求するあなたがただけのための世界。」
その気取ったようなセリフに対して人々は現実感を感じられなかった。
「あぁ。そういうストーリーなのか。」
少し緊張した雰囲気が、誰が言ったのかわからない言葉で一気に緩む。
認識しがたい現実を受け入れられないように。
それでも、再び誰が言ったのかわからない言葉で雰囲気は一変した。
「ダイブアウトが…メニューから…消えてる。」
その言葉を聞いた者から順に自分たちの目の前の何もない空間に手を滑らす。
彼らにはきっと自分たちのメニューが見えていることだろう。
ただし、誰一人としてダイブアウトという言葉は見えていない。
「飽きることのない世界を皆さんには用意しました。それでも、帰りたいというのなら私は止めません。」
再び響く声。
虚ろな目で広場の人々が見つめる先。
「ユグドラシルの木の上で待つボスを倒すことです。それだけが唯一のこの世界の終わりです。」
それを言い終えると教会の上に立つ男はベルの死角へと消えた。
僕は冷静に考えた。
この後に起こるのは怒りによる暴動か悲しみの沈黙か。
どっちでもかまわない。
一秒でも早く綾香の手をつかまないと僕の世界は崩壊する。
僕は走り出した。
僕の自我を守るために。
周りの認識する僕と本当の僕が乖離する前に、僕の存在を固定化してくれる綾香をさがしに。
泣き出す女の子を見た。
中学生ぐらいの子だろう。
僕はその子を見捨てた。
その子を慰める男の子を見た。
兄弟なのか女の子とよく似た子だった。
僕はその子を諦めた。
寂しそうな顔をした女の子を見た。
覚悟を決めた顔をした女の子だった。
僕はその子を無視した。
怒りの声をあげる女性を見た。
気高い雰囲気を持つ女性だった。
僕はその子を忘れた。
ーーー。
「いない!いない!いない!いない!」
そう叫び続けて走り続けた。
「誰がいないの?」
僕の右手を離さない誰かの左手があった。