はじめてのクエスト
僕の前には串刺しになった女性の姿があった。
「助けてください!」
そんな彼女は自分のことではなく家族のために助けを求め僕の手を必死で握り締める。
「私の弟が!」
そんな優しい心をもった女性に対してさらに串刺しにする悪魔とひたすら人間の急所という急所に拳を叩きこむ小悪魔がいる。
この世界は間違ってる……。
ーーー。
ニアデル湖唯一の小屋。
前にも言ったかもしれないがここはβ版ストーリースタート地点だったらしい。
現在のゲームでもあるかはわからない。
ただ間違いない情報なのは、その小屋は敵の入れない安全なエリアで、二階は休憩できるベッドルームがあるということだ。
HPの大方を最愛の人に吹き飛ばされ息も絶え絶えな僕は二人の女性に右手と左手をひっぱられる形でここまできた。
子犬化してなければ僕の右手は切り飛ばされてるかもしれない。
怪我していなければ僕の左手は折れて使いものにならなくなっていたかもしれない。
そんな危険人物二人に挟まれて歩くのは、身はもっていても心はもちそうにないぐらい恐ろしい体験だった。
「ゆきと!ついたよ!」
「しゅら。中入ろう。」
レヴィが扉を蹴りあける。
ばたんっと勢いよく扉が開き、奥の様子が見て取れるようになる。
そこにいたのは庶民を絵に描いたような庶民な女の子だった。
赤ずきんちゃんを茶色にした茶ずきんちゃんとも言える、昔のヨーロッパにいたであろう小麦畑で働く女の子といった感じだ。
受ける雰囲気からは18をちょっと越えるぐらいの年齢だろうか。
その茶ずきんちゃんと僕の目が合った途端、茶ずきんちゃんの目に涙がたまっていく。
「お客様!たす…。」
「「うるさい!黙れ!」」
「ひぅ!」
見事に合った息をみせた二人の言葉にその女の子の言葉はとまり、動きも固まった。
「2階借りるわよ!」
有無も言わせず、二人は僕の両手がちぎれるくらいの勢いで引っ張り奥にある階段へ進んで行く。
どうやら酒場か何かのような場所なのだろう。
カウンターがあってその奥にキッチンのような場所がある。
「はっはいぃぃ。」
そこを取り仕切っているであろうキャラクターがもう自分の役を忘れちゃってるんじゃないかという茶ずきんちゃんなのかな。
可愛そうだ……。
明日の朝には少し話を聞いてあげよう。
ーーー。
どういう風にベッドを使うかで一騒動ふたたびあったわけだけど、僕はそこの話をカットしたいと思う。
なんでそんな女を好きになってしまったのだとみんなに心配されそうだから。
なんでそんな女を巻き込んでしまったのだとみんなにがっかりされそうだから。
ーーー。
「おはよー。」
一睡もしなくてもこの言葉は出てくるものだ。
僕は両腕を引きちぎりそうな勢いで握る二人の間で眠ることをまったくもって許されていなかった。
どうしてこんなことになってしまったのか。
この言葉を今思う僕はずれきっている。
僕が最初にその言葉を使うべきところはこのゲームがデスゲームになったころだったはず。
でも、僕にとってはそんなことは些細なことで、綾香といるところなんてどこでもよかった。
要するに、僕はこの世界から出ることを強く望んでいない。
しがらみの無い分、逆に良いのかもしれない。
そんな思考の手遊びをしているのは朝から二人が口喧嘩をはじめているからで、なんていうかもう見慣れてしまった。
だから、話の内容なんて聞いてない、
とりあえず終わるのまだかなという感じだ。
「じゃあしゅらは私のものっていうことで!」
僕の知らないところで僕の所有者が決まろうとしている。
「馬鹿言うんじゃないわよ!ずっと前から私のものなんだから!」
僕が口を挟む権利はないらしい。
口を開くとすぐにレヴィの手が飛んでくる。
レヴィは自分の不利を知っている。
僕は必ず綾香を選ぶ。
それが言葉になればレヴィは何もできない。
だからしゃべらせない。
そう言うわけで僕は昨日思ったことを実行するべく一人、二階から一階に降りてきた。
昨日の茶ずきんちゃんは不安げな表情で僕の顔を見ている。
リアルなNDCだと思う。
この人の思考回路は機械が制御している。
僕は機械の難しいことがわかる人間じゃないけど、こんな自然な対応ができるようにするのは凄い技術だろう。
「お客様……。」
周りを確認し凶悪な二人がいないことを確認している。
「大丈夫だよ。どうしたの?」
なるべく優しい声で話しかける。
それで茶ずきんちゃんは最初にするはずだった勢いを取り戻し話始めた。
「お客様!」
茶ずきんちゃんが僕の両手を握り締める。
「助けてガスッください!」
解説するとガスッとは綾香のなげたナイフが頭に刺さった音です。
「私の弟がドスッ!」
解説するとドスッとはレヴィの拳が腹に叩きこまれた音です。
それでも茶ずきんちゃんはしゃべるのをやめようとしない。
「巨大なガスッ翼竜にドスッ連れガスッさられドスッたんでガスッす。」
その茶ずきんちゃんの瞳には、最初のクエストを担うキャラクターとしての意地の炎がみえた。
「離せこんにゃろー!そいつの右手は私のだ!」
「離しなさいって言ってんの!ゆきとの左手は私のって決まってるの。」
言ってはいない……。
どうみても警告と行動の順番が逆だった。
「二人共少しやめて。話きいてるところなんだから。」
ギロっと睨んでくる二人の瞳。
ここで僕はなるべくかっこよく見えるように笑顔を顔に貼りつけた。
「ね?お願い。」
「しっ……仕方ないなぁ!」
「えっ……濡れる……。」
彼女がこぼした言葉は無視だ無視!
こうしてやっと茶ずきんちゃんの話が聞けた。
要約すると……。
竜にさらわれた弟を助けて!竜は近くの山に住んでるの!
ということだ。
必死で頼みこむ茶ずきんちゃんの姿を見て僕が断れるはずもない。
ーーー。
僕らはこうしてストーリークエストに手を出すことになる。
この時、断っていたらどうなっていたのか。
僕は今でもその無かった事に思考の何割かをさいてしまう。
この記録は後悔の記録だから。