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ばっどらっくぐっどらっく。  作者: おむざく
第一話 魔法使いの新田くん
4/6

さん。

「ふーん」

「ふーんて」


 なんでか驚愕している新田くんの言葉に大した反応も思い浮かばず、手にした棒アイスをぺろりと舐める。うむ、チョコもいいけどたまにはブドウ味も中々。


「いや、だからな? 俺は『魔法使い』だって言ってるんだけど」

「うん。さっきも聞いたし、見せてももらったし、ちゃんと分かってるよん」


 二人並んでベンチに腰かけてから早数分、こんな会話しかしていない。

 桜の開花からおおよそ二十分も経過しただろうか。私達は当初目指していた駅とは真逆の方向にひた走り、町の外れにあるそれなりに広い公園に訪れていた。


 最近地域開発が進んできたとはいえ、ここら辺はまだまだ田舎である。駅周辺はどんどんと賑わいを増やしてはいるが、ほんの少し離れただけでこの有り様。人っ子一人いやしない。どういう展望があってこんなところにこんな公園作ったのか知らないけど、周囲には田園の海と道路、地平線を歪ませる山の稜線しか広がっていない。見渡す限りの大自然……じゃないか、人の手も入ってるわけだし。


 町の中心にも広い公園がちゃんとあるので、お客さんはそっちを好んで利用する。ここの昼間の利用者たるや、一週間で二桁に届くかどうかギリギリといったところかなぁ。


 ……なんでそんなに詳しいのかと言うと、その数少ない利用者が私だったりするからだ。あー学校ヤだなーサボりたいなーとか考えてしまった場合、かなりの確率でここでぼーっとする羽目になる。

 と、まぁ文句なしの過疎公園だけど、今日は珍しく、私を含めて二人もの来客である。きっと建設者も喜びに浸っていることだろう。


「うーん、やっぱり暑い中で食べるアイスも美味しいけど、冷房が効いてる中で食べるアイスも美味しいよね。なんていうか贅沢三昧なカンジで」

「安っぽい贅沢だなオイ。……で、本当に、感想はそれだけなのか……?」

「んー?」


 庶民の生活なんてそんなもんですよぅ。と話を逸らしかけたが、なんだか涙目になってきている新田くんが可哀想に思えてきたのでちゃんと意見を考えることにする。


「感想、ねぇ」

「そうだ、魔法だぞ魔法。マジック!」

「マジックはなんか逆にインチキっぽくなる気がするんだけど。……うーん」


 今身を包んでいる心地良い空気や、さっきの見事な桜吹雪を思い起こす。うん。


「すっごい綺麗だった。あれはいいよ。素晴らしい」

「だ、だろ? 他にその、して欲しいことはないのか?」

「じゃ、アイスもう一本!」

「────え」

「えへへー、次はチョコがいいかなー」


 願いを言え、と古びたランプあたりから出てきそうなおっちゃんよろしく急かしてくる新田くんに、今一番欲しいモノをお願いしてみる。うーん、なんで自販機で買うアイスはこんなに美味しく感じるんだろう。


 新田くんはなにかを言いたそうな顔をするも、素直に公園の入り口脇に設置されたアイス自販機からチョコレートアイスを買って来てくれた。


「ありがとー。おぉう、やはしチョコもいいなぁ」

 ご満悦である。アイスうめぇ。


「いや、それはいいんだけど」

「うん? なんだいなんだいさっきから困った顔しちゃって。辛気くさいぞーぅ。ほら、アイス食べて元気をお出し」


 新田くんが奢ってくれたんだけどね。


「い、いや、いい。遠慮する」

「そう?」


 新田くんはぶんぶんと手を振って遠慮してみせた。むう、食べかけはやっぱりイヤかぁ。


「で、なんでさっきからそんな顔をしてるのよ」


 そろそろ話を進めないと空気が悪くなりそうなので聞いてみる。あんまり人のデリケートそうな部分に口を出すのは好きじゃないけど、聞いてほしそうだったので。


「……俺は、その、結構覚悟を決めて魔法を見せたつもりだったんだ。なのにその、あんまりにも反応が薄いもんだから、どうしたらいいのか分からなくて……」

「そう言われてもなぁ」


 こっちはただの一女子高生だからなぁ……気の利いたコメントなんてそんなに浮かばないですよ。


「お昼時のコメンテーターみたいな感じで言えば良かったのかしら。こう、『不思議の宝石箱やー!』みたいなノリで」

「そういうんじゃなくってだな……ぬう、本当になんにもないのか」

「うーん……そもそも新田くんの趣旨が見えないのよね」

「趣旨?」


「そう、趣旨。さっきから『覚悟を決めて魔法を使った』とか『なにか叶えて欲しい願い事はないか』とか、目的がよく分からないんだよ。新田くんは私になにかをしてやりたい、みたいに解釈できるんだけど、それってなにが目的なわけ? 元気を出して欲しいからっていうならさっきので充分だし、そもそもそれ以前にもう私の気は晴れちゃってるし」


 当初の彼の目的が“私を元気づけること”だったとしたら、そんなのはとっくに果たされているのだし。

 そうなると、こうして『もっと魔法で色々やってみせようか』という発想にはならないと思うんだけども。


「えっと、その……目的っていうか」

 新田くんはもごもごと口ごもりながら視線を逸らし、ついにそっぽを向いた後、


「…………それしか、会話の切り口を知らないんだ」

 などと口にした。


「えー、と」

 それってどういうことなんだろう。


 つまり、人の願望に応えることでしか会話を成立させられない、とか?


「その、すごく自分語りになるんだけど」

「うん、とりあえず話してくれないと話にならなそうだから話してちょうだい」


 新田くんはようやくこっちを向くと、心底恥ずかしそうに頬を赤らめながら、口を開いた。……なんていうかもう、キモチ悪いくらい可愛いなコイツ。


「俺が魔法使いっていうのは、分かってくれたんだよ、な」

「うん」


「俺は──俺の力は、見た通り、何でも可能にしてしまえる力なんだ。生まれた時から当たり前に使えるこの力は、この世界では在るだけで誰からも欲され、求められるとんでもないシロモノだった。

 だからこそ、誰一人にすら俺の存在は知られてはならない。『魔法使い』なんていうのは夢幻、ファンタジーでメルヘンなおとぎ話の中にだけあればいい。そういう決まりらしくって」


 らしい、ということは、そういうルールを彼に教えた人がいるってことなんだろうか。……そりゃいるか、いくら魔法使いったって人のカタチしてるってことは人の子のハズだし。たぶん。


「だから、俺はその……知り合いたいと思ったやつに声をかけることさえそう簡単には許されないんだ、ホントは。もしも俺が魔法使いであることがバレたら、利用しようとするのが人間だって教わってきた。

 ──だから、条件を一つ設けることになってて、それで……」


「つまり、テストってことか。なんとなく読めちゃったよ。ここで私が新田くんに“魔法を使った大きな自己利益”あたりを願うようなら知り合いや友達になるのは取り止め、ヘタしたら記憶消去ってとこ?」


「え……っ!? な、なんで分かるんだ!?」

「なんでって。ここまで聞いて想像がつかない人っていないんじゃないかなぁ?」


 テンプレじゃないこんなの。自分の魔法が使えなくなる系の罰ゲームよりヌルそうだけど。


「さらになんとなく想像がつくんだけど、もしかして、このテストに合格した人って相当少ないんじゃない?」

「な、なんでそんなことまでっ!?」


 目を白黒させて驚く新田くん。実に挙動不審である。


 てーか分からいでか。最初の一回だけ使うかどうか聞いて判断すればいいのに、何度も何度も必死な顔して『ホントに使わないでいいの!?』なんて繰り返し訊ねたら、そりゃあもう一回や二回お願いしなきゃいけない気分になると思うのだわ。


 で、結局そのお願いが自分にとっての本願だったり幸運っぽいモノだったらアウトっていう基準からして、かなりの確率で不合格者を出してきたハズである。


「……わざとやってんじゃないでしょうね?」

「? なにを?」


 UMAでも見るような目で私を見、首をかしげる新田くん。


 ……これだもんなー。

 今までの説明から察するに、新田くんは“自分が興味を持った相手”にしか自分のことを教えられないっていうルールがあるくさい。


 つまり、自分が話してみたいなーとか友達になりたいなーとか思った相手を軒並み、自分から逃していたという経緯が会話から透いて見える。天然っぽいし、間違いないんじゃないかなぁ。


「ま、いーか」


 そんなことはどうでもよろしいのだわ。


 彼の今までの経緯や過去が私に危害を与えるわけでもあるまいし。そもそもこんなのはただの推測であってホントのところじゃないだろうし。


「で、どうなの?」

「へ? ど、どうって……」

「だから、テストだったんでしょ、ここまでの会話とか。そんで、私は新田くんルールに則ったところ、どうなのかしらん?」


「あ、ああ。──ご、合格、かな」

「へへー、やりぃ」


 それさえ分かれば充分なのである。

 新田くんがどういう人間なのかまだまだ全然分からないし、魔法使いっていうのがどういうモノなのか、これっぽっちも分からないけど。


 でも、まぁ。


 実際のとこ、そんなことさえどうでもよくって。


「それじゃ、今日から私達は友達ってことでおーけーかな?」

「と、と、友達っ!? え、ええ、と……いやそれは困──いや、うん、はい……」


 このやたらと赤面症な男の子を、ちょっとだけ気に入り始めている私を自覚する。だってそもそも新田くんは──あ。


「ね、そういえばさ」

「な、なんだ?」


 嬉しそうな、でもなんだか悔しそうな顔を浮かべる赤面少年の目に目を合わせ、さっきから──そう、思えば最初の最初から抱いていた疑問に辿り着く。


「なんで、私なの?」

「え?」


「だからさ。知り合いになりたいとか、友達になりたいとか思ってくれたから私に話しかけてくれたんでしょ、新田くんは。なんでかなって思って。

 いくら私が元気がないっていったって、そんなのはただのキッカケでしょ? 二年に上がった時の初日以降まるで話なんかしてないんだから、面識のない私にそんなふうに声をかけるのって、なんかおかしくない? あ、ていうかなんでそんなふうに話してみたいって思ったの?」


 人の考えは分からないものだ。

 どんな理由でもって私なんかと知り合ってみたいと思ったのか、聞いてみたかった。


「なんで──って、あーと……うー、と、……」


 新田くんの顔が赤みを増して、ついに耳まで赤く染まっていく。……え、やだ。なにこの反応。い、いやいやまさか。そんな少女マンガじゃあるまいし、ね、ねぇ?


「え、っと、その……実はあの、今日、言いたいことが、あって、その……」

「う、うん……?」


 新田くんの口ごもりが酷くなる。彼の額に汗の玉が浮かび、それを誤魔化すためか、それとも顔を見せたくないのか、ガバッと勢いよく下を向き、


「お、俺はその、霧島の、霧島のことが、すっ、すす……す──!」


 あ、ヤバい。地雷踏んだくさい。それも特大の。

 ……え、ちょ、ま、待って待って待って! いくらなんでも唐突すぎるっ! こ、心の準備が……!



「霧島ぁ!」

「は、はいィッ!」



 叫び、猛然と顔を上げる新田くん。その真剣な視線に瞳を射抜かれ────


「俺は! おまえのことが! 好」

『うぅわぁぁぁッハッハッハッハ!! 見つけたぞ小僧っこ共ォォォ!!』


 ──瞬間。

 公園中に響き渡るやたら低い哄笑に色んなモノが吹っ飛ばされた。


「「……あ?」」


 二人して、さっきまでのやたら甘酸っぱい時間はなんだったんだというぐらい冷め切った声を上げ、声の聞こえた方向──私達しか居ないはずの公園の中心を見やる。そこには、


「……なにあれ」

「……移送……法陣」


 と呼ばれるらしい、キラキラと輝く紋様が地面に刻まれていく。

 凄くファンタジー。とんでもなくメルヘンなその光景。だっていうのに、この虚脱感はいったいなんなんだろーか……。


「ふぅわっはっはっは! 待たせたな違反術師達! 貴様らのよーに魔術をこれでもかと大っぴらに好き勝手使っちゃうよーな愚か者共には死とか絶望とかその辺の語感良さげな感覚がお似合いなのであぁぁある!」


 地面に描かれた光の陣。

 その中に、蜃気楼のように現れる黒衣のオッサン。


「……ねぇ、新田くん」

「ちょっと待ってろ」


 ツーカーとはきっとこういうのを言うんだろう。

 新田くんはベンチからゆらりと立ち上がると、


「────フッ」


 流れるようなスムーズさで、新田くんは両手を振りかぶる。ああ、この動作は見覚えがある。あれだ、野球のピッチャーと同じ動きだ。

 片足を上げ、踏み込む。その勢いに乗って鞭のようにしなる全身。重心と筋肉の華麗なる連動。弓から放たれる矢のような速度で投じられた一球はしかし────


「いいかいいか叛徒共! 永久の闇に堕するその時までとくと聞きとくと見よ! 我ら魔術学会の最高! 我ら魔術学会の最大! 魔術の叡智を結集して創造された我! つまるところ最強最大な我の美しくも麗しい術を魂に焼き刻みながらえーとえーと死と絶望はさっき言ったからえーと」


「吹っ飛べボキャ貧ヤロォォオオオ!」


 まるで──太陽のような輝きを放つ、炎の結晶だった。


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