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ばっどらっくぐっどらっく。  作者: おむざく
第一話 魔法使いの新田くん
3/6

に。

「さて、どうしたもんかしらん」


 結局放課後まで残ることになってしまって更に後。ほとんどの生徒が校舎から消えた頃合を見計らい、私はそっと校門付近までやってきた。当然、誰かに出会って運がぐらつくのを防ぐためである。部活の再開は明日からなので、いつもだったらグラウンドを血と汗と涙と青春で埋め尽くすやつらも残っていない。


「あっづ……」


 額から流れ出した汗を腕で拭く。たしか朝の天気予報では最高気温は三十四度くらいだったっけ。今は午後の三時だし、そろそろ熱気も下がり調子のはずなのだわ。

 テスト週間も終わり、じきに夏休み。本当だったらこの太陽さんの暑っ苦しい陽射しだって祝福の光みたいに感じられたはずなのだけど、どうも今日はそういう気分にもなれないでいる。


 一人は……独りは、ちょっと。


 何事も、楽しんだり喜んだりする時は誰かと一緒の方が盛り上がるものだとゆーのに。いつもだったらその役目を買って出てくれる親友たるみーちゃんは、白馬どころかそのうちヒコーキとか乗って世界で活躍してしまいそうな超一級の王子様にさらわれてしまった。


「うう……」


 ああイヤだイヤだ。何がイヤってそんな親友をちょっと、かなり、けっこう、そうとう羨ましいと思っちゃってる自分がイヤだ。

 ええい、ぼっち上等だとも。親友の幸福を素直に祝えないような人間になった覚えは手前さんにはありませんよ!


「……かえろ」


 小さく呟いて歩き出す。歩き慣れた並木道。これまた四角い学校の敷地を包囲するように敷き詰められたこの街路樹は、なんとも分かりやすく全部が全部桜の樹である。入学式とかそういった時期には惚れ惚れするほどの華々しさだけど、今は脳を揺さぶる金切り声を上げっぱなしのセミたちのアジトだ。陽射しに当たって緑葉が輝く様は綺麗だとも思うけど、今日ばっかりはそんな気分でもないのだった。


「くそう、元気いいなァ」


 つい、と見上げる。

 保護色になっているせいで見えないけど、きっとそこにはこの大合唱を我が世の春とばかりに楽しむセミ達が雁首そろえているのだろう。いいなぁ活き活きしちゃってもう。


「キミ達、そんなに元気がありあまってんならちょっと私のために世界中の元気を集めてきてくれたりしてもいいんじゃよ?」


  

「元気、ないのか?」

「ふえっ!?」


 

 ──と。

 唐突に背後からかかった声に心底びっくりして振り返る。え、ちょ、待って。今のバカっぽい独り言聞かれたとか恥ずかしすぎる──!


「その、大丈夫、か?」

「え、ええ、と。うん……」


 どう答えればいいんだか。

 真っ白になった頭でなんとか応答文句をツギハギしながら、


「も、もしかして今の、き、聞い、聞いて……」

「うん? ……ああ、うん」


 ようやく、私は素直に返事を返す男の子を見た。制服はうちのだ。学年ごとに色の違うネクタイをしめていないので先輩か後輩か同級生かは判断できない。が、雰囲気からなんとなく同級生っぽいとアタリを付ける。どうも二年にはぼんやりとしたヤツが多い気がするので。つまりまぁ、ぼんやりとしたヤツに見える。


「……おまえ今失礼なこと考えたろ」

「い、いやいやそんな」


 半眼で睨まれる。考えが顔にでも出てたらしい。

 ──っていうか、あの。


「じゃなくって。えっと、あんた……なに?」


 聞き方を間違った気がしないでもない。


「なにっておまえこら。新田だよ新田。同学年どころか霧島と同じクラスなんだけど」


 困ったように頬を指先でかく自称クラスメイトのニッタくん。


「……うーん?」


 ヤバい。正直な話、まったく見覚えがない。

 人の顔を憶えるのは得意な方だけど、さすがにまるっきり接点のない人を記憶するのは難しい。クラス全体をいつも意識しているようなイインチョーでもあるまいに。


「…………」

「…………」


 お互い黙り込む。ヒドく気まずいのでさっさと逃げ出したいとは思うものの、ヒドいのはどっちかっていうと私っぽい。このなれなれしさからして初対面というワケでもなさそーだし。


「えっと、なんかこう、行動を共にした事があったりなかったり?」

「……はぁ」


 新田君はあやふやに疑問を口にする私に愛想を尽かしたように溜め息を吐き出すと、片手でおでこを押さえながら口を開いた。


「いや、まぁ。確かにクラスが一緒になったのは初めてだし、話したのも学年上がった春休み明けの初日だけだよ」

「な、なーんだ、一回だけでしょ? ほら、そんなのいくらクラスメイトったって覚えてなくてもしょーがないっていうかー」

「……俺は一日たりとも忘れた事なんざなかったけどな」

「ぐっ」

「影が薄いのも自覚してっけどな……」

「ごっ……ごめんなさい」


 もう謝る以外どないせーというのか。さりげなくトドメをさしてしまったらしく、「どうせどうせ」と呟く彼の姿が実に哀れに見えてしまう。いや、悪いのは私なんだけども。


「もう、ゴメンってば。ちゃんと顔も声も覚えたから忘れないって。ね?」


 なんとなく子供をあやすような口調になってしまう。むう、このヒト苦手かも。


「……いや、悪い。こんな話をするつもりじゃなかったんだ」

「うん?」


 口調こそ控えめだけど、なんだか顔色は戻った様子。新田くんは気を取り直すように頭を二度三度振って、私を見た。


 ……およ。ちゃんと向かいあってみるとワリとイケメンじゃないか。髪型とかイジってないから平凡っぽく見えるけど、改造したらきっとイイ感じになるとみた。


「えっと、あのっ」


 直視されてるのが恥ずかしいらしく、顔を急激に赤く染めながら視線をそらしつつ。しかし言葉の勢いは止まらない。


「──あのっ!」

「は、ハイっ!」


 セミ達に負けないぐらいの絶叫に思わず背筋を正してしまう。うう、なんなんだろうさっきっから。やけに居心地が悪いぞー。


「あ、ああ、悪い、そうじゃなくって、ええ、と……その、霧島は、その、元気、……か?」

「…………はあ?」


 しどろもどろに繋げた後に、そんな質問が飛んできた。いったいどういう流れでこんな会話に────あ。


「あ、あー、そっか。それでフリダシに戻るのね。ああ、はいはいはい」

「う……口ベタで悪い」

「いーよいーよ。ああ、そっかそっか。新田くんは元気のない私を心配してくれてたってことでいいのね?」

「ああ、まぁ……そういうことだ」


 なんだ、イイヤツじゃないか。

 私の心の中であっさりと彼に対する苦手意識が氷解を始めた。そういえば話しかけてきたきっかけはそんなんだったけね。


「あー……と、うん。そうだなぁ」

「……?」


 色々と泡を食ったせいか、なんだか頭の中がスッキリしてしまっている。さっきまでは色々とモヤモヤが立ちこめていた気がするが、それも含めて全部どこかに消え去っていた。


「うん、大丈夫。元気になったよ。新田くんのおかげかな」

「え、……──えっ! あの、それって、その、お、俺の、え、待ってくれ。俺まだなんにもしてないのに」

「うん? 大丈夫だってばさ。驚かされたりとかで色々と頭回してるうちになんか、うん。……あは」


 焦りに焦る新田くんの顔を見てたら、なんだかいつもの調子が戻ってきた。


「そ、そうか。なら良かった」

「うん、ありがと」


 ほう、と胸を撫で下ろす新田くん。なんとなく人間関係に免疫なさそうなヤツだけど、きっと勇気があるのだろう。だってそうでなきゃ、ほとんど初対面の、それも同級生の異性に声なんてかけないだろうし。知り合いのチャラ男くんとかは別だけど。


「んー?」

「なんだ?」


 そういえば。

 もしも私の元気が無いままだったとして。


「新田くんは私を、どうやって元気づけてくれる気だったのかにゃー?」

「ん──あぁ」


 なんとなく、聞いてみる。完全に気まぐれなんだけど、少しばかりこのクラスメイトに興味が湧いてきた。あんまり関わったことのないタイプだ。


「遊びに誘ってくれたり、とか?」


 私だったらそのぐらいしか思い浮かばない。カラオケとかウインドウショッピングとか、ともかく賑やかな場所で賑やかなことをするのが一番紛らわしになるし。

 ……ん、でも新田くんのキャラじゃないかな。見た感じ、ほぼ初対面の女の子にそんなことを言い出せるような男の子にも見えないし。というかそれって、実質デートみたいなモンだしね。


「いや。俺にそんな勇気は、その……無い」

「だよねー」


 またしても恥ずかしそうに、頬を赤くしてうつむく新田くん。



「だから、その──霧島の願い事でも叶えてやろうと思って」



「……う、ん……?」


 なんかいきなり発想がぶっ飛んだ気がしたんだけど、私の気のせいなんだろーか。

 え、願い? 叶える?


「えーと、それは、どこそこに行きたいなら一緒に行ってあげようとか、なにか欲しいモノでも買ってくれちゃったりとか、そういう?」

「あー」

「そういうのでもアリだな」と新田くん。ということは、なにか別にやれることがあるとでも言うんだろうか。

「だとしたって、ほとんど面識のない新田くんに無茶振りなんかできないよぅ」

「ん……そう、か? ワリと、なんだっていいんだけど」

「ふーん……?」


 なんでだろう、随分と自信ありげに平然と言ってくれる。……なんか違和感があるなぁ。なんなんだろ。


「でも新田くん、そういうこと簡単に言っちゃダメなんだからね?」

「え?」

「今回は私だったからいいけど、もしもこんな調子で他の、それもワル~いヒトにそんなこと言ったら、どんなお願いされるか分かんないよ? お金だせとか、なにかとんでもなく高いモノ買ってこい、とか。そういうことを言い出すヒトだっているかもしれないし」

「む……そうか。それもそうだな、気をつける」


 こくりとうなずいてみせる新田くん。うむ、素直でタイヘンよろしい。というかこんなの当たり前のことだと思うのでちゃんと認識しててほしい。


「そいじゃそろそろ行こっか。こんなトコでずーっと話してたら茹で上がっちゃうわ~」


 そこでようやく私は彼から視線を切って、並木道に視界を戻す。通学路だけあって、校舎に沿うように作られた道路にはこんな時間にも関わらず車の一台も見受けられない。周囲は学校を包むように住宅街が広がっている。道路沿いを歩いていけば、ものの五分で目当てのバス停にたどり着く。


「新田くんは帰り道一緒? 私は途中でバスに乗って駅まで行っちゃうけど」

「え、あ……も、もう、帰るのか?」

「うん。もう学校に用事もないからね。たまには歩きで駅まで行ってもいいけど、今日はちょっと暑すぎるし……」


 カンカンとアスファルトやら私やらを焼き照らすお日さまを睨みつけようとしてやめた。ええい、早く秋になればいーのに。あ、でも夏休みは永遠に続いて欲し──



「────涼しければいいのか?」

「うん?」



 とめどないどうでもいい思考を切り捨てるように、


「俺の今の家は学校と駅の中間くらいだからその、良かったら、歩いて行かないか……?」


 そんな、やたら切羽詰った声音と同時に、────



 世界がそのカタチを変えた。



「あ、れ……?」


 驚いて、周囲を見回す。

 太陽は飽きることなく青春に燃えており、その熱に浮かされた道路はフワフワと陽炎を立ち上らせている。熱気に負けじと桜の樹は緑葉を輝かせ、セミ達のオーケストラステージを盛り上げている。

 何もかも変化はなく、聞こえるのは降るような蝉時雨だけ。私と新田くんしか存在しない孤立した空間で、一人、私だけが──私の周囲だけが変質した。


「え、ちょ。なに、これ」

「涼しくなったか? じゃあその、良かったら途中まで一緒に……」

「じゃなくって!」


 相も変わらずもじもじと話を続けようとする新田くんに思わず待ったをかけた。いやいやいや。おかしいおかしい。


「え、なにこれ。新田くん私になにかしたの?」


 じわりと背筋に汗が伝う。決して暑さからくるモノじゃないと確信できる。



 なにしろ────さっきまでの暑さがウソのように消え去ってるんだから。



「ん。暑いのがイヤなんだろ? 今お前の周囲だけ気温を下げたんだ。えっと、まだ暑かったりするか? 一応、冷房の設定温度を参考に二十四度くらいにしたんだけど。あ、寒すぎるならもうちょっと変えようか」

「あー、じゃあ私寒がりだから二十六度くらいで」

「おっけ」

「あ、そうそうこんくらいで丁度いいわー。

 ────じゃなくって!」


 ぱちん、と指を軽く鳴らす新田くん。ついで、瞬時に私の周囲の空気が切り替わる。実に快適なんだけれど、重要なのはそこじゃあないのだわ。


「なにこれなにこれ。え、どうなってんの?」


 非常に快適なんだけれども非常に気持ちが悪い。自分だけがヘンなふうにされてる感じがしてとてつもなくキショい。

 ぶんぶんと身振り手振りで不思議と違和感を表現する私を見て、新田くんがくすりと笑う。


「……おぉ」


 今現在身を襲う不思議が吹っ飛ぶくらい、なんだかその笑顔に見惚れた。思い返せば、さっきの登場からこっち、ずーっとコイツは仏頂面だったのだわね。うわー、なにこれ可愛く見える。ギャップ萌えとかなんとかゆうやつだろーか。


「えっと、説明……しようか?」

「なにを?」

「なにって、だから、今霧島にかけた『魔法』のことを────」

「あー」


 ホントに忘れきってどうするんだい私。言われてようやっと、自分の身の異変を思い出し、


「……『魔法』?」

「そ、魔法」


 新田くんの発したメガトンな単語に思わず聞き返す。おや? いつからこんなメルヘンてゆーかデンパな話題になったのかしら?


「その、本当は誰にも言っちゃいけないことなんだけど、霧島にならいいかなって。俺、いわゆる魔法使いってやつでさ。この力使って霧島を元気にできないかな、とかその──」


 はぁ。と生返事。


「…………」


 うーん、どうしたものか。

 いつもの私なら間違いなくバイバイセンキューと颯爽と逃げ去る展開に会話なんだけれども。


「ん~」


 腕を軽く振って、やっぱりまだ感じる気温が涼しいままなのを確認してから、一応問いかける。


「ねぇねぇ新田くん」

「ん?」


 ……ぬう。なんかすごく笑顔が華やいでいる。

 これはあれだろーか。自分の言いたいことがようやく伝えられたという喜びのせいと見て間違いないんだろうか。


「それじゃさ、これだけで魔法使いって認めるのもなんか地味だし。こう、景気良く一発、信じるしかないくらいにその……まほーとやらをかましてみてくれませんかね」


 ……くっ。魔法とかこう、漫画の話してる時ならいいけど、シラフな会話してる時に口に出すとヒドく恥ずかしい……っ!


「? いいけど……どんなのがいい?」

「えー、そのぐらい自分で決めてよ。魔法なんて手品とは比較にならない大言吐いたんだから、アッと言わせてくれると嬉しいかな」

「ふむ……よし」

「おっ」


 なにを見せてくれるのか決めたらしい。自信ありげにうなずくと、新田くんはくるりと私に背を向け、


「こんなんでどーだ」

「────うぅわ」


 ぱちん、と。

 腕を鞭みたいにしなやかに振るって──不覚にもときめいてしまうくらい格好良く、指を弾いてみせた。



 刹那、咲き誇る────奇跡。



「信じてくれたかな?」

「……降参するっきゃないでしょーよ」


 青々と輝いていた桜の樹も嫌いじゃないけれど。


「でもちょっと時期はずれじゃない?」

「だから証拠になるんだろーが」


 夏の炙るような陽射しに燃やされて、花火のように輝き散る桜吹雪には、ちょっとばっかり敵わない──!


「よし、そろそろ逃げるぞ霧島」

「は? なんで?」

「こんなの騒ぎにならねーわけないだろ。人目が集まる前に退避だ退避」

「あんなふうにできるってことは元に戻すことだってできるんでしょ? じゃあ──」

「えー? そんなのおまえ、」

「──ああ、やっぱり今のなし今のなし」

「ふふん、だろ?」


 にっかりと口元に、悪戯小僧みたいに無邪気な笑みを浮かべて新田くん。言いたいことが手に取るように分かり、ちょっと楽しくなってくる。


「あー、そうだね。ってこら、せめて早足くらいにしなさいよ、こんな暑い中走るなんて……ってちっとも暑くないんだった」

「だろ。ほら、ごーごー」


 嬉しそうに急かしてくる新田くん。……うん、さっきまでより、こっちのが似合っている。


 並んで、駆け出す。

 ま、たまには寄り道もいいかなぁ。

 こんな珍しい時間を放り出すのは、ちょっとばっかり────



 『もったいない』



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