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九つ目の要塞は不穏な空気(2)

 道具の価値には色々有るが、求められている物は概ね二種類である。一つは出来ない事を出来る様にする事。人は手足は自然に対して非力であり、そこから利益を得ようとするのであれば何らかの工夫が必要なのだ。その工夫の結果に生まれる物を道具と呼ぶ。

 農具についても同様で、どうやって堅い地面を作物を育てる事に適した土地とするか、水を広範囲に効率良く撒くには何が必要か。収穫の際、より大量の作物を得るには。そう言った、人の身では不可能な事を可能にする事を農具は求められている。

 また、これらの不可能を可能にしようとする意思には、道具に求められるもう一つの意義が見え隠れている。要するに、いかに楽をするかと言う事だ。


「労力が減れば他にその減った分の力を使う事が出来ますから、農業の場合はより多くの収穫を得るための道具が農具だって思われてます。けれど、実際は農家がいかに楽をして作物を育てるかって視点から生み出された物の方が多いんですよ」

 塞がれた道を切り開こうとする気高い意思よりも、楽して近道を進もうとする物臭な精神の方が、最終的にゴールが近かったりするのである。

「怠け者の心で道具は選べって事は良くわかったが、そもそも選ぶ道具がどう言う物かがわからんからなあ」

 頭を掻いて、店に並べられた商品を見るのはリュンである。要塞で仕事を請け負った後、一日を経て、現在アイム達はトアト国内で輸入品を扱う店に来ていた。

 農具を揃えて欲しいと言う依頼の元、最初は手作りから始めてみようとしたアイムなのだが、どうにもトアト国には農具を作成するのに適した場所や纏まった材料を売る店も無いため、他国からの物を買い取る形にした方が早いと言う結論に達したのである。

「まあ、結局は最終的に僕が選ぶ事にはなるんですけどね。それより、手作りが無理って言うのは痛いなあ。経費が高くなる」

 そうなれば依頼の評価も下がり、次に依頼に繋げる事が難しくなる。

「手作りで農具を作ると仰りますけれど、そう簡単に作れる物ですの?」

 アイムの愚痴を聞き、その意味を問うセイリス。

「農具なんて、農家が材料だけ買い取って、後は個人で修理しながら使う物が殆どだよ。この国には農具の材料自体が無いから困るけど」

 原材料と言う意味では木材も金属もあるのだろうが、そこから加工して最終的に農具とする手間と時間を考えれば、やはり多少高く付いても購入した方がまだマシであった。

「でしたら、その修理方法や、材料となる物はどんな物か必要かと言った情報を伝えれば、高評価に繋がるのでは無いでしょうか」

 それも一つの案である。集める道具に付加価値が無ければ、別部分で価値を付けて売り込まなければならない。

「とりあえずは道具を選んでくれないか? 俺にはこれがどうやら鋤なのかもしれないとしか分からん以上、お前だけが頼りなんだが」

 リュンは木の棒の先に、細長い鉄の歯が四本付いた農具を指差す。

「それは鋤じゃ無くてフォークですね。用途も全然違う」

「フォーク? パスタを食べる時に使うあれか?」

「そっちじゃ無くて、農具のフォーク。知らないんですか? 柔らかい葉や作物を纏めて持ち上げるのに使うんですよ?」

 説明しても、ピンと来た様子が無いリュン。頭で想像しようとはしているが、難しいらしい。

「これは本格的に僕だけの仕事になりそうですね……。ここに農具が売っていて本当に良かった」

 道具を売る店すらなければ、それこそアイム一人で農具を作る事から始めなければならない所である。

「農具を売っているお店と言うのは少ない物ですの? そう言えばあまり見当たりませんけれど」

「貸し屋の方が多いかな? 一定期間借り賃を支払って、返却かそのまま借り続けるかを選ぶ感じ」

 最初から農具を一通り集めるのは値が張るので、そう言った貸し屋から借りている農家が殆どである。長期間借りて居れば、そのまま所有物にしても良いと言う店もあるので、より一層、そちらの需要が多くなる。

 そうして貸し屋である以上、店売りの様に商品が見える様に並べられているのでは無く、農家を始める家に出向く形の商人が多く、結局、農具を売る店が少なく見えるのだろう。

「農具をそのまま売る店って言うのは確かに少ないね。ましてや輸入品目の中にあるなんて……」

 農具を輸出すると言うのは珍しい国もあった物だ。農業は国の生命線にも成り得る物で、他国から輸入せずとも、自国で調達できる国の方が多い。トアト国は出来ない方の国だから、確かに輸出する価値はあるのかもしれないが。

「そりゃあお前、隣国に農業立国があるからな」

 初耳である。農業立国と言う事は、農業産業で成り立っている国と言う事で、アイムは非常に興味を持った。

「なんですかその国。もの凄く行ってみたいんですけど」

 一農家として、国家が農業を振興していると言う状況を見てみたくなる。

「行ってみたいって、農業知識を売り歩く商人が、農業を良く知っている国に行ってどうなるんだ……。と言うか、本当に知らないのか? 大陸で唯一のランドファーマーが建国した国だぞ?」

 農業立国でランドファーマーの国。その単語で、アイムは思いつく物があった。

「もしかしてホウゼ国ですか? あの国がこの近くに?」

 他国の事をあまり知らないアイムも、ランドファーマーの国であるホウゼ国の事なら知っていた。アイムの両親の内、母方の祖母はホウゼ国出身であると、子供の頃に聞かされていた。

「ああ、さすがに国自体は知っていたか。そうだよ、大陸の北東、その端にホウゼ国はあるんだ」

 大陸の北東にあると言うのはここ、トアト国も同じだ。ホウゼ国はトアト国よりも少し北側に位置しており、隣国同士と言う訳である。

「大陸に流通する農業作物の内、四分の一程がホウゼ国産だと聞いた事がありますの」

 それは凄い生産量である。大陸の食料庫と表現できるし、農業大国とも言っても良い。他国にそれ程輸出できると言う事は、自国内での自給率も高いだろう。ますますこの目で見たくなる。

「この国での仕事が一息吐いたら、一度行って見ませんか? そりゃあ仕事にならないのは分かりますけど、一農家としては足を運んでみたいですし、得る物がまったく無い事も無いでしょう?」

 行きたい理由は自分の興味からだが、実際に向かえば、仕事に役立つ知識を得る可能性は十分にある。

「うーん。まあ、それもそうだなあ。近くに来る事も、この機会を逃せばあまり無いだろうし……。わかった、次の目的地はホウゼ国だな」

 交渉成立だ。ホウゼ国には、実は昔からこの目で見たい物があるのだ。それを見る事が出来ると言うのなら、旅をする目的の一つを達成した様な物だ。

「そのためには、今回の仕事も、しっかり成功させたい所ですわね。アイムさん」

 気分良く次の国に向かうには、現在の国で仕事を後腐れなく行う事であるとの声援をセイリスから受け、アイムは気持ちを新たに仕事へと向かうのであった。


 農業を行うために必要な一通りの道具を集め、帰途につくアイム達。帰ると言っても宿では無く、要塞の方である。今回の仕事で終わりでは無く、次の仕事に繋げようとしているのがリュンの目論見なので、仕事を早く終わらせる必要があった。

「数の方は集めなくて良かったのか?」

 農具を集めたと言ってもそれぞれ一種類ずつで、これから農業を始めようとする組織のために集めたにしては、数が少ない様に思える。

「良いんですよ別に。何セットも集めた所で、農業が出来る人が増える事も無いんですから」

 何かを始めようとするのなら、道具を集めるよりも先に知識を集めるべきなのだ。使うために技術や知識が必要な道具なら尚更である。だから、今回集めた農具は教習用として使う事を勧めるつもりだ。

 個々の道具の使い方は説明して置き、実際に使って見せるのも良いだろう。しかし、そこからさらに発展させるのであれば、要塞自体が行うべきなのである。でなければ技術は身につかない。

「それはそうですけれど、向こうは納得して下さるでしょうか?」

 要塞側の依頼は、農具の調達と整理である。調達してきた農具が一種類に一つだけとなれば、文句が出るかもしれない。

「数を揃えれば、それを無駄なく使う事が出来るのかって聞けば、反論できないと思うけど」

「おいおい、それじゃあ反感を買うだけだろう。まずは農具の使い方から教えますとでも言って置けば、次の仕事が出来るのに」

 なるほど、そう言う発想もあるのか。確かに農業をあまり知らないであろう要塞側にとっては、こう言う発言をされては提案を請けざるを得ない。

「それにこの国自体、農具生産に向いている状況じゃあ無い様子だ。もし本格的に農業を始めるのなら、その準備が出来るまでの間は、他国からの輸入で賄うべきだってのが本来の理屈だろう? そうなれば、他国から農具を輸入するルートを探ってくれと言った仕事にも発展する」

 もしくは農具作りの方法を教える仕事になるか。どちらにせよ、こちらの仕事がより大きい物になるので、当初の目論見通りの展開となるだろう。

「今回の仕事に限っては、農具自体の調達と、整理自体は行っていますから、一応の仕事はした形になるのかしら。もっと成果が欲しいのであれば、もっと大きな仕事を依頼する必要があると」

 要するにそう言う事である。依頼内容が小さいのであれば、その成果もそれなりになろう。

「まあ、受けた仕事自体は向こうをある程度満足させる必要があるから、農具それぞれに、ちょっとした説明書を付けて置けば、それなりのサービスになるんじゃないか?」

「でも、その説明書って僕しか書けませんよね」

 それがどうかしたのかと聞くリュンに、面倒な仕事が増えたと考えるアイム。これも仕事だと思って我慢するが、実際に仕事をするのが自分だけと言う状況に、度々不安を感じてしまう今日この頃である。


 結局、集めた農具に説明書を付け終わる頃には、日も暮れかけていた。要塞側にも予定があるらしく、フラルカに会うには暫く時間が掛かったので、丁度良かったと言えば良かったのだが。

「ふーん。つまりあなた達は、農具をもっと欲しいのなら、要塞で農業を行える人員を増やすべきだし、独自の生産か流通ルートを作るべきだと言うのね」

 フラルカに説明した仕事の成果は、概ね要塞への帰途で話した内容そのままであり、フラルカも納得している風ではある。

「頂いた経費を使えば、もっと多くの農具を集める事はできたのでしょうが、それを無駄にしてしまうのであれば、そちらの本意では無いでしょう?」

 フラルカの仕事部屋で、今日もまた交渉を始めるリュン。今回の彼の役目は、請け負った仕事にこちらが出来うる限り対応したという事実を、相手に認めさせる事と、新たな仕事を相手から引き出す事である。

「使える人員が居ないものね。誰か教えてくれる人が居れば別なのだけれど」

 ならば今度は農業教習用に自分達を雇わないかとアイムは言いかけて、声を出さずに止める。ここで余計な事を言えば、リュンの交渉の邪魔になるかもしれないし、何よりフラルカが何を企んでいるかも分からない。

 彼女がその言葉を待ってましたとばかりに、こちらの仕事を一方的に決めかねないからだ。

「農業を本格的に始めるつもりならば、その様な準備もして置くべきでしょうね。長期間、要塞に留め置ける様な、農家を雇う事をお勧めしますよ」

 それはつまり、旅商人の自分達では不適格だと言っている。リュンの狙いはいったいなんなのだろうか?

「あら、てっきり自分達を雇えなんて要求をしてくると思ったわ。そうすれば、なんの抵抗も無く依頼できたのに」

 フラルカは最初からアイム達を、農業教習者として雇うつもりでいた様だ。ならば今までアイム達がしていた仕事は、農家として最低限の知識を持っているかどうかを試す、テストだったのかもしれない。

「数人程度ならそれも良いのですが、やはり一国に長居するのは旅商人としてはどうかと。短期間で出来うる限りの成果をと言うのがモットーでして」

 その様な心掛けは聞いた事が無いが、これも交渉の内なのだろう。ではいったい何のための交渉か。リュンの考えを伺うアイム。

 短期間で仕事を行いたいと言うのは本音だろう。農業教習の仕事となれば、その詳しい技術まで教え込まなければならず、どうしても長期間の滞在となるので、それは断るつもりであると考えられる。

 別の仕事を引き出すためには、向こうが提示する仕事を一度断らなければならない。そのための交渉なのだろう。

「だったら、今回の依頼はこれで終わりね。農具に説明書まで付けて頂いて大変助かったわ。依頼料はどれくらいで良いかしら」

 フラルカはにべも無く交渉を終わらせようとする。自分達の狙いを断る相手ならば、別の相手に仕事を頼むと言った態度で、アイムは冷や汗を掻いた。

 一方でリュンは冷静そのもので話を続ける。

「この仕事に対する依頼料なら、国に滞在した期間の旅費だけで結構ですよ。次の目的地も一応決めていますから」

 なんとリュンもリュンで交渉をここで辞めようとしだした。いったいどう言うつもりなのか。小さな仕事を餌に大きな仕事を釣り上げるつもりでは無かったのか。

「ちょ、ちょっと待って。本気で去るつもり? この国で小さな仕事を一つしただけで」

 意外な事に、その場を離れようとしたリュンを呼び止めたのは、依頼を終わらそうとしたフラルカだった。

 彼女にしてみれば、依頼を打ち切られそうになり、こちらが泣き付く事を想定していたのだろう。リュンはそれを見抜いていたのだろうか?

「長期間の仕事はどうやった所で無理だと言う事です。我々も仕事が有れば助かるのは確かですので、何か、短期間でこちらの能力を発揮できる仕事は無いでしょうか」

 リュンは大胆不敵に注文を付ける。それに頭を悩ますのはフラルカだ。

「短時間でねえ。正直なところ、わたしにそれ程の権限がある訳でも無し。あまり変わった事は出来ないのよ」

 探り合いは止める事にしたのか、自身の内情をフラルカは話しだす。

「権限が無いとはどういう事でしょうか? わたくしが見る限り、フラルカさんは一人でわたくし達を相手に交渉してきましたわ。それは農業関係の仕事を一手に取り仕切っていると言う事でしょう?」

 セイリスの言う通り、要塞内でアイム達に指示を出してきたのはフラルカくらいで、他の人物達からは特に接触などは無かった。

「それはその通り。窓口係みたいな物だけど、要塞内で農業に関する事は、わたしを通して話しが進む事になっているの。でもね、それはそれだけの話なのよ。隠さずに話すとね、要塞内全体が農業を始めようって雰囲気じゃあ無いの。わたしみたいな仕事をしているのは、ほんの一部だけ。そんな状況で大胆な動きを見せれば、反対者だって出てくるだろうし……」

 つまり彼女が言う限られた権限とは、要塞内は農業を本格的に始めようとする状態では無いと言う事だ。

 そしてそれはアイム達の仕事もあまり無いと言う事で、良い状況とは言えない。

「あれ、だったらなんで次の仕事があるみたいに振る舞ってきたんですか? 実際は、そんな大きな仕事は無いんでしょう?」

 まるで詐欺にあった様な心持ちになる。

「要するに最初から小さな仕事でこっちをその気にさせて、要塞内の人員に農業教習をさせたかったんだろう。教習自体はこの要塞の目的みたいな物だし、農業教習もその一環だと言えば、大した反発も無く通るだろう」

「まったく、商人ってみんなそんなに聡いのかしら。ええ、その通りよその通り。農業知識を持った人物を雇って、新人に農業を教えようと考えたのがこっちの狙い。教えた人数が多ければ多いほど、状況が良くなるのだし」

「教えた数だけ状況が良くなるとはどう言う意味なんですか?」

 大きな動きをすれば、反対する者が出ると先程話したばかりなのに。

 アイムが首を傾げていると、その説明をセイリスが話す。

「農業知識を教えた人物が、そのまま農業推進派に変わるのですわ。誰だって、教えられた知識は役立たせたい物でしょう? 役に立たない知識では無いですもの。そうやって数を増やせば、いつかは要塞全体が農業を推進して行く雰囲気になる」

 なるほど、足元から固めて行く作戦と言う訳だ。要塞が職業教育の側面がある以上、有効な方法ではあると思う。ただしアイム達にとっては問題があった。

「どうやった所で時間が掛かるだろう。アイム、実際に一端の農家になるまで教育するにはどれくらいの期間が掛かる物なんだ?」

「基本的な説明ならともかく、実際に働ける様になる前提で農業を教えるなら、最低でも一年は掛かりますよ」

 農業とは一年を一期として行う物が殆どである。季節をずらして別々の作物を育てる事もあるが、それも一年と言う期間の元で行う物だ。

 だから本格的に教えようと思えば、一年を通した教育となるのである。勿論、一年と言う期間も、相手の飲み込みが早いと言う前提での話しだ。

「なら無理だ。一年も同じ国に居られるなら、旅商人なんて呼ばれない」

 一所に安住すれば、安定した収入は得られるだろうが、リュンが求める物は一攫千金であった。リスクを負わなければ得られない物である以上、安定した道と言うのは選べない。

 アイムとセイリスも事情は違うが同意見である。何故なら、彼らの目的は旅その物なのだから。

「だとしても、わたしが頼める仕事なんてそれくらいよ。他は小さな仕事ばかりだし……」

 多少の苛つきを見せ始めるフラルカ。実は結構なストレスを溜めていたのだろうか。

「最初の依頼が、計画や調査ばかりなのを見ておかしいとは思ったが、だいたい事情は分かった。俺に良い案があるんだが、乗ってみないか?」

 リュンはいつのまにやら、あの嫌らしい笑みをその顔に浮かべていた。フラルカに対する話し方もタメ口になっている。状況に対する選択権がフラルカから自分に移ったからだろうか。

「良い案なんて、あれば苦労は無いでしょう?」

 まったくだ。要塞に勤めるフラルカが悩む状況に、旅商人のリュンが解決できる事など無いと思うのだが。

「要するに要塞が農業を認める状況を作り出せば良いんだろう? 足場固めも大事だが、それより先にする事があるんじゃ無いか?」

 リュンは笑う。まるで面白い玩具を見つけた様な笑い方だ。彼自身に悪意は無いのは分かっているのだが、その笑い方は駄目だと注意するべきだろうか。

「足場固めより先にする事ってなんなのよ」

 リュンの笑顔は人に嫌な印象を与える。フラルカもそうであったらしく、その苛つきをさらに増して、リュンを睨む。

「空気作りだ。農業を始めるのは悪い事じゃあ無い。始めようとする奴が居れば、応援でもしてやろうか。そんな空気を作りだす事が先だろう。本格的な足場固めはその後で良い」

 まあ農業に対する反発が無ければ、反対も起こり得ないだろう。

「そんな事が出来ればやっているわよ。空気作りなんてね、人の頭の中に訴えかけるって事よ? 一番難しい事じゃないの」

「そうか? 人の頭の中なんてすぐに変わる物だろうに。例えば流行物に飛びつく辺りな」

 リュンは流行と言う言葉に力を入れる。

「農業を流行らそうって事?」

 まさしくその通りだと頷くリュン。しかしアイムは流行廃りを自由に操る事などできるのだろうかと疑問に思ってしまう。

「この国では農業があまり知られていないと言うのが鍵だ。知識に対する耐性が無いからなあ。上手くやれば農業を受け入れる空気になるし、こっちも一儲けできるかもしれない。どうだ、乗ってみるか?」

 まるで悪魔の様な誘いであったが、そこには我知らず頷くフラルカが居た。


 リュンは農業を要塞に流行らそうとする。そしてそのためには仕事として始めるのは駄目であると言う

「流行は趣味や遊びや噂なんかの、どうしようもない非生産的な物事から始まるんだ。農業は生産行為だから、とりあえず遊びに見えるくらいに落とし込まなければならない」

 やはり会議となれば、用意された休憩室で行う事となる。フラルカはもう勝手にやってくれと交渉を終えたが、それを全面的な了解と解釈したリュンは、さっそく仕事の仕掛け作りを始めるつもりらしい。

「農業を遊びにするって言うのは、一農家として抵抗があります」

 端的に意見を述べるアイムだが、述べたところで何か方針に変更があると言う事も無い。

「後にはちゃんとした農業が出来上がる可能もあるのだし、そこらへんで折り合いを付けてくれ」

 とまあ、この様な感じでアイムの意見は置いておかれた。

「遊び……。ヒュウガ国で行った様に、園芸などと絡めて理解を広めて貰うなどでしょうか?」

 建設的な案を考えてられるのはリュンくらいらしく、セイリスもどの様にこれから仕事を進めて行くかを良く分かっていない。

「まだまだ堅苦しいな。流行と言うのは手軽に広がるもんだ。ベランダに飾る花程度の遊び心が必要だ」

 育てる際の手軽さを言いたいのだろう。

「だけど、花を育てるのはちょっと農業から離れてません? 今回の仕事は農業の一般化なんですから、やっぱり作物を育てる形にしないと」

 しかし作物を育てる姿は土汚れが付き物であり、手軽さとは正反対だ。

「見た目は置いておくとして、個人であまり手を掛けずに育てられる作物なんてのは無いのか?」

「そりゃあ、量や質を考えなければ無い事も無いですけど。やっぱり流行物になるとは思えませんよ」

 いくら手軽に育てられると言ってもそれだけであり、まさしく華が無い。

「育てる物や行為そのものは確かにそうだな。だが、畑で摂れた物はそのまま利用するのか?」

「そのまま洗って食べられる物もありますけど、殆どはなんらかの調理をして……ああ、もしかして流行らす物って」

「そう、料理だ。料理の方も、なるべく調理方法が単純かつ、手軽に食べられる物が良いな。こっちは上手い事やれば、そこそこ流行りそうだろ?」

 農業自体に華が無くても、摂れた作物が真に花咲くのはそれが調理された時だ。

「料理でしたら、確かに流行る物がありますわね。見た目だって工夫できますし」

 だが問題がある。

「僕らの中で、料理で商売が出来る様な人っています?」

 少なくとも流行物になる以上、人に売れるような物で無ければならない。料理を人に売るのは料理人であり、旅商人の仕事では無い。

「いやあ、料理が出来なくても作れる物じゃなければ、手軽さが無いだろう。だからそこまで料理の腕は無くても良い」

 酷く適当な事を言うが、実際、そう言う物でなければ作れそうに無いため仕方ないと言えば仕方ない。

「ですが、やはり調査はするべきですわ。この国ではいったい何が好まれて、何が欲しいとされているのか」

 それは自分達がやろうとリュンは言う。達とはセイリスとリュンの事であり、アイムは含まれていない。それはどう言う事かと言えば。

「と言う訳で、流行りそうな料理に使える手軽な作物。アイム。お前はそれを探してくれ」

 笑顔で話すリュンに、やはりかと言う思いで肩を落とすアイム。困難な仕事はまだまだ続きそうだ。


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