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八つ目は温泉に浸かりながら(4)

 岩とは普通固い物である。無理矢理曲げようとすれば、欠けたり折れたりする。もし、岩の体を持ちながら、生物の様に動こうとすれば、普通はそれだけで体がバラバラになる。

「恐らく火山のドラゴンは、それも熱で解決しているのだと思いますわ。岩や貴金属と熱すると、それだけ柔くなるでしょう?」

 山の中腹で十分な休みを取った後、アイム達は山を降り始めていた。元々、イタ山で一夜を過ごす予定は無かったし、そもそもドラゴンが至る所に居る山に長居したくも無いと言うのが主な理由である。

「つまり、火山のドラゴン達にとって、熱は生きるに必要不可欠の物って事か」

 だからと言って、自分達を襲うのは勘弁して欲しい。腹が空けば見境が無くなるなんて、ああも生物離れした外見なのに、性格はまるっきり獣のそれである。

「あやつらの色が黒いのも、煤焼けかもしれんのう」

 セイリスの説明を聞くウルクは、長らく付き合ってきたドラゴンについて知る事に積極的であった。しかし、自分の熱のせいで黒くなるなんて、あの無機質な体の奥底に、熱い物を秘めているとでも言いたいのか。

「問題は、それくらい生きる上で必要な物が、最初にドラゴンと出会った場所では不足していると言う事ですわ。まだ、あの場所に居るかはわかりませんが、非常に飢えた状態である以上、出会えば、また襲われる事になるでしょう」

 今度はもっと飢えているだろうから、その勢いもさらに増しているかもしれない。残酷な様だが、飢死にしてくれていれば助かる。

「お嬢ちゃんは、なにやら襲われた時の準備をしておったが、対策は十分なのかね?」

 セイリスは山の中腹に居る間、アイムが持ってきた登山道具を使って、ドラゴン対策の道具を作っていた。

 それがなんであるかは薄々分かっているのだが、本当に効果があるかは不安だ。

「ドラゴンが飢えていると言うのであれば、恐らく効果があると思いますが、それ以上に見境が無い状態だと、正直不安ですの」

 だが、山を降りない訳にも行かない。一応、二、三日くらい逗留する装備はあるが、ドラゴンの脅威は、山に居る限り存在し続けるのだから。

「まあ、出来る事はもうしてるんだから、もう降りるしか無いか」

 実際、既に下山への足を進めている以上、それを止める事は出来ないのである。

 かくして、出会ったその日の内に再び同じ場所を通ると言う選択をしてしまったアイム達は、予想通り、前に遭遇したドラゴンと、再遭遇してしまう。


「嫌な予感はしてたんだよなあ。そもそも山を登る前からさあ」

 道の向こうに黒い岩が見えた瞬間、そんな愚痴を言うアイム。言った所で状況が変わる事も無いだろうが、それでも言いたくなるのだ。

 今度からは嫌な事をしっかり断ろうと心に決める。この場を上手く逃げ切れたらの話であるが。

「まだドラゴンはこちら気付いておらん様だの」

 そうは言っても怖い物は怖い。いつでも逃げる事が出来る様にと身構えるウルク。

 まだ距離があるからだろう。ドラゴンハこちらに気付いた様子は無い。あのドラゴンに目があるのかは疑問であるが、視力はそれ程良く無い様だ。

 しかしこちらの目に映っている以上、警戒しない訳には行かない。

「とりあえず、近づいてみましょう。もし何か反応がある様でしたら、すぐに準備をしていた対策を講じますわ。アイムさん、宜しいですか?」

 セイリスはアイムの持つ荷物を見やる。その視線に気が付いたアイムは、すぐにセイリスが用意した、対ドラゴン用の道具を取りだした。

「といっても、携帯燃料と火打石だけどね」

 携帯燃料は木油を固めた物で、火花程度の火力でもすぐに燃えてくれる代物だ。登山用道具としても結構役に立つ。セイリスはこの携帯燃料を幾つか紐で縛って、それをドラゴン対策の道具とした。

「それでは行きますわよ」

 アイムが道具を取り出したのを見計らって、足を進めるセイリス。一歩一歩慎重に、ドラゴンが動けば、それを直ぐ察知できる程敏感に。

「どうか動きませんように」

 神様にでも祈りたい気持ちになるアイムだが、彼自身が信仰している神は存在しない。

「む、気付いたか」

 黒岩がゆらゆらと揺れる。その近くにある黒い小石はもっと顕著な動き方をしていた。なんと地面から跳ねたのだ。

「まずい、逃げよう!」

 アイム達は歩くのを止めて走り出す。黒い小石は、跳ねてこちらに向かってくるし、なにより黒岩の動きが、揺れから転がりに変化したからだ。

 小石と岩の親子はその動きでこちらに迫ってくる。アイム達を発見し、さらに餌と判断したのだ。

「しかし、逃げるに逃げられんのう」

 ウルクの言う通りであった。今度、アイム達が逃げる方向は山を下る向きであり、そこは黒岩が居る場所でもある。逃げると言うよりは、黒岩に突っ込むと言った方が正しい。

「だけど、もう一度山を登る気分でも無いでしょう」

 下りだから走る速さは早い。しかし走れば走る程、黒岩に近づいていく訳で、このままのスピードでは、黒岩の脇を潜り抜ける前に、黒岩自身にぶつかってしまう。

 そんな予測が出来てしまうから、アイムはさっそく準備をしたドラゴン対策を行う事にしたのである。

「ほら! こっちに大好物があるぞ!」

 アイムは手に持った携帯燃料に、火打石で火を付けると、自分達からより遠い場所へと放り投げる。これがアイム達のドラゴン対策であった。

 ドラゴンが熱を食べ物にし、結果、アイム達を襲うと言うのであれば、自分達よりも美味しそうな物用意すれば、アイム達よりそちらを優先してくれるかもしれない。そんな考えの元、携帯燃料の火力が長持ちする様に幾つかまとめて火を付けたのである。

 火は勿論アイム達より熱を持っている。ドラゴンからすれば、人が持つ中途半端な熱よりも美味しそうに見えるはずだ。

「お前好きな物はあっちだ。僕達じゃあ無い」

 携帯燃料を放り投げた方を指差しながら、アイムは下りに向けて走る。できれば、ドラゴンが携帯燃料に気を取られている隙に、その横を通り過ぎたい。

 自分の声はドラゴンに伝わるだろうか。まあ伝わらなくても良い。自分の行動が成功すればそれだけで助かるのだから。

 ドラゴンがアイム達に近づく。アイム達もドラゴンへと近づく形で走る。両者の距離はどんどん短くなり、やがて二つの影は重なった。

「……!」

 重なり合った影は、再び離れ、その距離も遠くなって行く。アイム達は山を降りる方向へ、ドラゴンはアイムの放った携帯燃料にそれぞれ向かう事となった。

「良かったですわ。やはりドラゴンは熱を餌にする事で間違い様でした」

 ある程度ドラゴンとの距離を空け、恐らくは安全圏へと逃げる事が出来るまで走った後、セイリスはそんな事を言った。

「今更言うのも何だけどさ、もしかして、ドラゴンの餌については確証が無かった?」

 セイリスの言葉は、自分の考えに自信が無かったと言っている様だった。

「それはその通りですわ。ドラゴンが熱を食べる瞬間を見たことが無いのですから」

 山の中腹に居たドラゴン達も、そう言った様子は無かった。もしかしたら、体から直接熱を得ているのかもしれないが、それを見ただけで判断する事は出来ない。

「結局、ぶっつけ本番でしかドラゴンに対処できるかどうか分からなかったと言う事かの」

 走った際の疲れと、一か八かの状況であったと言う現実に、顔を青くするウルク。アイムも似た様な気分だったのだが、ウルクよりも反応は薄かった。

 こういう無茶な状況にも慣れてきたのかもしれない。

「何はともあれ、助かったよ。セイリス、ありがとう」

 今回、ドラゴンの対処法を考えたのはセイリスだ。賭けだったとは言え、成功したのだから感謝せねばなるまい。

「感謝だなんて、それ程の事ではありませんの」

 照れるセイリスだが、満更でも無さそうであった。


 温泉に浸かる。山が遠くに見える絶景の温泉だ。山は登るより見ている方が良いのだろう。ここから見れば、あの山がドラゴンの巣窟になっているなどと、誰が信じる事ができるのか。

「温泉は疲れた体との相性も良いだろ」

 アイムが『火の山』の湯に浸かる横で、リュンも同様に温泉を堪能している。確かに登山によってあちこちが筋肉痛になった体を、温泉は解してくれる様である。

 しかし、それを山に登らなかったリュンに言われるのは釈然としない。

「疲れていない体との相性はどうなんですかね」

 そりゃあ、別に行く事を強制された訳では無いが、必死になって町に帰ってきた時、出迎えをせず宿で寛いでいたリュンを見れば、嫌味の一つでも言いたくなると言う物だ。

「そりゃあ、お前らが山に登っている間、堪能し続けたからな、気分も良いさ」

 リュンには嫌味もあまり効果が無いらしい。彼の太い性格は良く知っているので、この返しは想定済みと言えばその通りである。

「それよりだ、あのランドファーマーの爺さんはどうしてるんだ? 宿には戻ってこなかったが」

 リュンの興味の対象は、どうにもウルクであるらしい。あの老人は、アイム達と山を降りた後、町へは戻って来たが、すぐに自分の国へと帰って行った。

「国で用事があるらしいですよ。宿に泊まる時間も惜しいくらいの用事が」

 ウルクはそう言って町を去った。アイム達が宿に戻ったのはその後である。

「聞いた話じゃあ、爺さんの体力は年齢並みなんだろう? 登山で疲れた体を休ませずに帰国するなんて、大変なんじゃあ無いのか?」

 リュンは心配している風に言うが、要するにウルクが何故帰ったのかを知りたいのだろう。

「だから、それくらい頑張らなきゃいけない程の用事なんでしょう」

 辛い行動の裏には、それなりの理由がある物だ。

「おいおい、俺が聞きたい事くらい分かっているだろうに。あの爺さんが急に帰るなんて言い出したのなら、お前らは理由を聞いているはずだよな。爺さんだって、その事を隠す理由は無い。だったら、お前は爺さんが帰った理由を知っているって事だ。違うか?」

 さてどうだろう。話しても良いが、あっさり話すのもなんだか気が引ける。リュンに対する嫌がらせは続行中なのである。

「あのお爺さんも、なかなかに太い性格をしていたって事ですよ。信じられないくらいにね」

 肝心の内容について話すべきか話さないべきか。どっちにしようか。

「ああもう、わかった。何だか知らんが、お前が怒っている事に関しては謝る。だから、爺さんが帰った理由を話してくれないか? 物語が途中で終わったみたいで気になって仕方ない」

 ようやくリュンが折れた。まあ、宿に戻った後、山に登った時の話はしていたが、その後の話はしていなかったのだから、その反応も当たり前か。

「別に隠す程の事でも無いんですけどね。ウルクさん、夢を諦めない事にしたみたいです」

 彼はもう一度、諦めずに夢を追いかけてみると言って、自国へと戻って行った。それが意味する物とは、

「あの爺さん、またイタ山で農業を始める気なのか!? 齢で体力ももう無いらしいじゃないか。無理だろ、絶対」

 確かにその通りだ。山に登って一度自分の農地を見ただけで、状況が変わると言う物では無い。

「まあ火山のドラゴンが、どうして農地を踏み荒らすのかが分かりましたから、対処の方法は幾らでもあるんでしょうけど、やっぱり無茶ですよねえ」

 実際、アイム達も老人のその行動を何度も止めたのだが、夢を思い出したウルクの道を塞ぐ事は出来なかったのである。

「無茶も無茶だ。無茶苦茶だ。はっきり言って、無理やりにでも引き留めておくべきだったと思うぞ。爺さんのためでもある」

 リュンの言う事はもっともだ。ランドファーマーらしく、自国の土地で一生を終えて置いた方がよっぽど幸せに生きられるかもしれない。

「けどね、やっぱり、夢って言うのは諦め切れない物なんですよ。例え無理かもしれなくても、出来るかもしれないって可能性があるなら、進んじゃうもんです。そこに、体力や年齢なんてあんまり関係ありませんって」

 若くて体も全盛期な若者が、平凡に生きる事を望む場合もあるし、その逆だってある。

「随分と爺さんの肩を持つじゃないか。やっぱり、同族として応援したいってのがあるのか?」

 そうかもしれない。きっとそうだろう。自分の同じ種族が、自分と同じ様に無謀な旅を続けている。応援したくもなるじゃないか。

「目と言うか、その無謀さが似てるなあって思っちゃったんですよね。ほら、リュンさんに旅に誘われた時の自分と」

 その結果、旅に出る前よりも人生が良くなった訳では無い。旅に出る事を断って、そのまま自分の農地で畑を耕していたとしても、きっと自分は満足していただろう。

「平凡に生きるのも良いですけど、一度夢を見て旅立っちゃったんですから、中途半端には終われないんです。ウルクさんだってきっとそんな気持ちだったんでしょう」

 最後に自分が作った農地を見て諦める? そんな事は無理に決まっている。普通、見れば燻っていた思いが燃え上がる物なのだ。

 ドラゴンの生態を知る事ができなくても、ウルクは同じ決断をしていただろうと予想できる。つまり、夢をもう一度目指したはず。

「そう言うもんかねえ。そうだな、その通りだ。夢なんて、幾つになっても見ちまうもんだものなあ」

 リュンもまた、夢を見ている者だ。だから、ウルクの気持ちを理解できぬはずも無い。

 アイムは温泉から火山を見続ける。今は何の変哲も無い山であるが、いつかは夢を諦めなかった誰かの成果で、一大農業地になっていかもしれない。大げさだが、夢を見るならそれくらいの物を見ても良いだろう。

 そんな事を考えて見る温泉からの風景は格別である。

「この宿に決めたのは正解でしたね」

 そう言葉を零し、再び温泉に浸かりながら火山を見る。良い心の洗濯になった。そう思う。ここからの風景は、明日から夢を追う活力になるのである。

 結局、風景を見終わった頃になると、アイムはすっかりのぼせてしまっていた。


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