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八つ目は温泉に浸かりながら(3)

 山を登り続けて暫く、心配していた登山による疲れはそれ程でも無く、目的地にもそろそろ到着できると言った頃であった。

「もう少しで、ウルクさんが言っていた開拓地に着きますけど、一目見るだけで良いんですよね」

 アイムはウルクに確認する。目的地に近いと言う事は、ドラゴンの生息域に近いと言う事だ。見て、直ぐ立ち去って貰わなければ、心配で落ち着かない。

 体力面に関しては、すぐに下山できるくらいの余力はまだあるのだから、できればすぐに山から離れたい気分なのである。

「ああ、一目見るだけだ。もう齢だからのう。余計な事をしている余裕が無いのだよ」

 植物もさらに少なくなって行き、代わりに岩場が増えて行く山道により、ウルクは息を乱し始めている。足場がゴツゴツとして、体の負担が大きくなっているのだろう。

「目的地に着いたら、一休みと言う訳には行きませんの?」

 ウルクの様子を心配してか、セイリスは休憩を提案してくる。

「そりゃあ出来るんならそうしたいけどさ」

 心配なのは、やはりドラゴンだ。その縄張りを迂闊に荒らして、敵意を持たれてしまえば、あまり予想したくない結果になるだろう。

「ドラゴンがそんなに不安か? あやつらは、わし自身に危害を加えた事は無いが」

 ウルクは何度もこの山に来ている。と言う事は、確かにドラゴンは危険では無いのかもしれない。

「うーんでも、あまり出会いたく無いんだよなあ」

 そもそも、火山に棲むドラゴンと聞いただけで、なんだか凶暴な姿を想像してしまう。

「では、とりあえず、ここで休みを取ると言うのはどうでしょう? ドラゴンの縄張りが目的地辺りならば、今、この場所は大丈夫ですわよね」

 セイリスの話は良い提案に思えた。ウルクの様子を見れば、休み自体は必要なのだろう。しかし、わざわざ、ドラゴンが居るかもしれない辺りで休みを取る必要は無いのだから。

「そうだね、ちょっと足場は堅いけど、ここで休もう」

 そう言って、アイムは山道の端に寄り、休憩場所とする。地面に占める岩の部分が多くなっているので、直接地面に座るのは止した方が良いだろう。

 こういった時のために、登山道具には休憩用の敷物も用意してある。それを敷き、とりあえず腰を降ろした。

「ふう、やはり、これが最後の見納めになりそうだ」

 ウルクも一息吐いて敷物の上に座る。彼自身にとっても、その体力の消耗は予想外だったのだろう。自分の限界を感じているらしい。

「齢はだれでも取りますもの。仕方ありませんわ」

 相変わらず、老人に対して優しいセイリス。彼女の人の好さは、リュンが見れば、非合理的だと言うのだろうが、アイムもアイムで感情的な部分があるので、文句は無い。

「そう言えば、ウルクさんはドラゴンの姿を直接見たんですよね。どんな姿だったんですか」

 休む間、何もせずに過ごすと言うのもなんなので、話を振るアイム。その内容は、アイムにとって興味のある話だ。

「ドラゴンの姿かね? 君たちの話を聞いていると、何度かであった事がある様に思えるが」

 不思議そうにこちらを見るウルク。

「ああ、それは違いますわ。わたくし達が見たドラゴンは、火山に棲むドラゴン以外のドラゴンですの」

 確かに、アイム達の話を傍から聞いて居れば、ドラゴンに何度か出会って、随分と酷い目に遭ってきた様に聞こえるだろう。

 それは正真正銘そうであるのだが、どれも違うドラゴンの話である。

「火山に棲むドラゴンは岩っぽいんだっけ? もしかして、この岩場のどこかに……」

 それはそれでぞっとする。今座っている岩場に、ドラゴンが化けているのかもしれないのだ。

「いや、見る限りドラゴンはおらんよ。しかし岩っぽいか……。間違ってはおらんが、その言葉で想像してしまうのは、岩に擬態する生物だろうに」

 なんだか、こちらの持つドラゴンの情報に不満があるらしいウルク。アイム達が想像するドラゴンと、ウルクが見たドラゴンは、何か違いがあると言う事か。

「では、いったい火山のドラゴンはどの様な姿をしていらっしゃいますの?」

「ああ、君たちが聞いたのは、岩みたいな。などと言う噂だが……。みたいなと言う表現がまずい。あれはまさしく……」

 ウルクが続きを話そうとした時、山の上から、カラカラと音がした。小石が落ちてきたのだ。落ちたのは、先程までアイム達が歩いていた山道の少し下あたり。落石だと危険なので、落ちてきた方向を注意して見る。

 良かった。大きい岩が落ちてくる訳では無い。

「なんだか話が中断しちゃいましたね。ウルクさん、ドラゴンの姿はまさしく何なんですか?」

 状況が落ち着けば、気になるのは話の続きである。視線をウルクに戻し、話の続きを聞こうとするアイム。

 しかし、ウルクは話を続けようとはせず、ある一点を見つめていた。落ちてきた小石である。

「そんな……。居るのはもっと上だったはずだが……」

 ウルクは頬に汗を流しながら小石をじっと見ている。アイムも釣られて小石を見る。何の変哲も無い石だ。他の石より黒い色が気になるが、それでも石は石である。

 いったいこの小石がなんなのだろう。アイムはウルクから聞き出そうとした時、

「あれ、石が……」

 石が再び転がった。今度は坂の下から上へと。

「え? 石が、なんで坂を登って……」

 小石はコロコロと坂を登りながらアイム達へと近づいて来ている。

「あれだ……。あれが火山のドラゴンだ」

 ウルクは小石を見ながら話す。その、どう見たって小石っぽい姿の、いや、小石にしか見えないそれを、ドラゴンだと老人は話す。

「あの小石がドラゴンだと仰いますの?」

 セイリスの驚きは、アイムと同じ物である。どう考えたって、あの小石がドラゴンに、そもそも生物にすら見えない。しかし、確かに小石は、ただの小石では有り得ない動きで、こちらに近づいてくる。

「皆、じっとしておれ。まだ大きさを見るに、赤ん坊も同然だ。わしらに興味を持っているだけかもしれん」

 小石が赤ん坊とは、随分と安直な表現だが、確かに小石に意思があるのであるば、その小ささから、石の中では子供に見えるだろう。

「火山に棲むドラゴンは、石と言う事ですの?」

 石がドラゴン。考えもしなかった事だ。これまで出会ったドラゴンは、どれも驚愕できる姿であったが、どれもこれも生物である事に疑いは無かった。だがあの石が、ドラゴンであると言うのは、動いている姿を見ても、信じられない。

「石がドラゴン。その通りだ。この火山にはの、山頂に近づく程、黒い岩が多く見られる。そしてその岩が、火山に棲むドラゴンと呼ばれておる」

 ウルクは、ドラゴンによって農地を踏み荒らされたと言った。それはつまり、その黒い岩に農地を占領されたと言う事なのだろう。確かにそうなれば、農地を再生させる事は難しい。文字通り、岩だらけの土地にされるのだから。

「あの、あれがドラゴンだとしてですね……」

「む、何かな」

 嫌な予感がしてくる。こう言った場所での嫌の予感は、嫌でも当たる。アイムの経験がそう言っている。

「体が小さいから赤ん坊って言うのは安直ですが、そう言う事にした場合ですよ? 赤ん坊の近くには、普通、親が居ませんか?」

 ガラガラと音がする。先程、黒い小石が落ちてきた音と似ている。しかしその質量は、もっと大きいだろう。

 音の正体は直ぐに分かった。小石が落ちてきた場所に、今度は成人男性くらいの大きさがある岩が落ちてきたからだ。

「……あれに近づかれると、危険かもしれませんね」

 小石が近づいても、別に脅威は無い。だが、岩が近づけば、踏み潰される可能性があった。

「皆、走れるか?」

 ウルクが立ち上がる。黒い岩が、坂を登って来たからだ。

「ちょっとは休めましたから、何とか……」

 アイムも立ち上がる。黒い岩は、明らかにアイム達を目指しているから。

「敷物は、ここに置いて行く事になりそうですわね」

 セイリスは、置いたままの敷物を荷物に直さないまま立ち上がる。岩が近づく速度は、少しずつ早くなって来ているのだ。

「行こう!」

 アイムは叫ぶと、山道を走る。下へと逃げたかったが、その下側に黒い岩が存在している。だから逃げるのは上になる。

「何で、こうもドラゴンに出会っちゃうんだろう」

 そんな泣き言を口に出しながら、アイムは山を山頂方面へと走り始めた。


 山を登る際、いくら急いでいると言っても、走るというのは、やってはいけない行為の一つであろう。山は足場が悪いし、つまずけば大惨事の可能性もある。そして何より、非常に疲れてしまう。

「あ、結構、辛いや……」

 遂には、走るのを止めて歩きに代わる。黒い岩から距離を開けただろうが、それでも追い付かれれば命に関わる可能性があった。

 アイムは精神を擦り減らしながらも、足を前へ動かし続ける。

「後ろには、もう黒い岩は見えていませんわ」

 セイリスの顔を見れば、彼女も体力を大分消耗しているのが分かる。それでも、振り返って危険に注意を払う余裕はまだあった。

「…は、……ハァ、フゥ」

 問題はウルクである。歩いての登山でも、厳しそうな顔をしていたのに、あまり休む事も無く、今度は走って山を登ったのだから、まだ動ける事の方が奇跡だ。

「お爺さん、頑張って。目的地まであと少しのはずですわ」

 目的地である火山の中腹に着いたところで、ドラゴンから逃げ切れる保証は無いのだが、それ以上、山を登る事は不可能な以上、そう話すしかない

「あ、ああ……。あそこを……登りきれば、そこが………目的地だ」

 ウルクは息も絶え絶えに坂の頂点を指差す。その頂点からはなだらかな道が続いている様子だ。

「じゃあ、本当にあと少しですね」

 限界に近い精神でも、ゴールが近いと思えば保つ事が出来る。今にも休もうとする足を、無理矢理動かして、アイムは歩き続けた。

 そうして山の中腹が見える。火山の一部であるが、大きな平地となっている部分であり、休むには申し分無い場所だ。斜面で無いせいか、植物も場所より多い。ウルクがここに農地を作ろうとした理由が良く分かる景色なのだ。

 しかしその景色は、アイムを絶望させた。アイムの視界に広がる平地。そのあちらこちらに、先程見た黒い岩。つまり火山に棲むドラゴンが、至る所に存在したからだ。

「な、なんで……」

 逃げた先にはより多くのドラゴンが居た。その事実は、必死に足を動かし続けたその心をいとも容易く折る結果となり、アイムの膝を地面へと着けさせた。

「一巻の終わりと言う事でしょうか……」

 まだ立ったままのセイリスであるが、その目には、アイムと同じく絶望の色が映る。

「いや……、恐らくは…大丈夫だ」

 一番疲れているはずのウルクだけが、絶望せずに、この山の風景を見ていた。彼の落ち着きは、他の二人に平常心を戻させた。

「あの岩は動いて無い。もしかして、ただの岩?」

 視界に映る岩は、坂を登る様な動きを見せたドラゴンとは違い、岩らしくその場を動かない。

「いや……、正真正銘………ドラゴンだよ……。だが、あそこまで…………積極的に…動く事は…無い」

 つまりこの場所に居るドラゴンは、とりあえずの危険は無いと言う事か。

「とは仰られても、黒い岩すべてがドラゴンだと思うと、落ち着きませんわね」

 そのドラゴンから必死になって逃げた身からしてみれば尚更だ。

「ここに……ハァ、農地を作ろうとしたフゥ……頃のわしも…同じ気分だったが………、今では…慣れてしまったよ」

 ウルクは直も苦しそうであるが、動くのを止めたおかげか、息の乱れが治まってきている。

「とりあえず、ここでもう一度休憩しましょう。もう、みんな限界でしょうし」

 危険が無いと分かっても、地に着いた膝を離さないアイム。心の折れは治ったものの、立ち上がる体力が無いのだ。


「それで、ここが農地跡ですか」

 休憩の後、アイム達は再び歩き出し、平地の別の場所に見える、草地の多い場所へとやってきた。

 目に見える黒岩には落ち着かないが、ウルクの言う通り、あまり動く姿を見せてないので、とりあえず無視して置く。

「なあんにも残っとらんのう……」

 そこは元農地とは思えない姿で存在している。要するに人工物の気配がまったくしないのだ。

「どうですかね、そりゃあ、農具やらなんやらは無いですけど、ここは他より植物が多いじゃないですか。ウルクさんが、植物に適した土地を作ったって言う証拠ですよ」

「ううむ。そう言われれば、少し面影がある様な……」

 だがそれも、さらなる時間を経れば、他の場所との区別は無くなるだろう。自然とは、その場所に適した姿へと土地を変えて行く物だ。人の手が加わらなければ、この場所も例外では無い。

 面影が残って居る内に、もう一度見る事が出来て幸運だったのである。

「お爺さんの農地は、ドラゴンに荒らされたそうですけれど、言われる程のドラゴンはあまり居ませんわね」

 他の場所と同じ様な数で、黒岩は存在しているが、農地だけを特別に荒らしている様子は無かった。

「そう言えばそうだのう。あの時は、もっとこう、農地中に黒い岩がゴロゴロとしとんたんだが」

 ウルクも不思議そうである。縄張りを荒らされたので、仕返しに農地を荒らした可能性もあるが、現状、黒い岩に近づいているアイム達に、岩は何も反応を返してこない以上、農地だけを襲うのは変である。

「農地を襲う事に、いったい何の意味があったのでしょう?」

 ドラゴンの行動に、興味を持ち始めたらしいセイリスは、首を傾げながらも考え続けている。

「農地と言えば、水源はどうしてるんですか? わざわざ水をここまで持ってきてたとか」

 アイムの興味の対象は相変わらず、山でどうやって農地を作ったかと言う点である。平地が広がり、農地を作りやすいのは分かるが、それとは別に、安定した水源を用意しなければ農業はできない。

「おお、実はこの近くに湧水があっての。見れば驚くぞ?」

 ウルクはまた別の場所へと歩き出す。今度も、広がる平地の別部分である。そこには確かに湧水で出来た池があった。さらにその池は、湯気を出していた。

「これって、もしかして温泉ですか?」

 平地に湧いた池は、手で触れれば温かい。浸かるには少々熱いくらいの温度だ。

「その通り、火山の近くにあるのだから、当然と言えば当然だがのう」

 農地の近くには温泉まである訳か。これでドラゴンが居なければ、案外良い場所になったのかもしれない。

「山に染みこんだ水が、この平地で一旦溜まって地面から出てくる訳か。なるほどなるほど」

 その水源のでき方は、アイムの興味を誘う。農家にとって水源の存在は死活問題なのだ。

「ところで、この池にもドラゴンが多く居ますのね」

 池には黒岩がゴロゴロと転がっている。平地に比べて、同じ範囲での数は多いくらいである。

「ああ、何故かドラゴンはこの池が好きらしい。ほれ時々、あの様に動く奴も居る」

 池の中に居るドラゴンの一部は、岩らしくない動きで、池の中を転がっている。

「この池がドラゴンは好き……。他の場所ではあまり動かない……」

 何故かは知らないが、池の存在はセイリスの思考をより一層に刺激した様であった。

「お爺さん、山の上に棲むドラゴンは見たことがありますか?」

 何やら思いついたのか、顔を上げて、ウルクに質問をするセイリス。

「いや、山頂の火口に近づけば近づく程、活発になるので、上の方に行った事はあまりないのだよ」

「そうですか……、やはり……」

 ウルクの答えは想定済みだったらしく、再び考え事を始めるセイリス。

「ドラゴンの事で、何か気になる事でもあったの?」

 アイムはセイリスに聞く。一人で考えられても、いったい何を思っているのか分からない。周りにしてみれば、急に無口になった様で気になるのだ。

「ええ、その、下で遭遇したドラゴンは、どうしてわたくし達を襲ってきたのかと……」

 ああ、そうか。確かにそれは気になる。あの道にまだ居るかもしれない以上、どうして襲ってきたのかを知らなければ、もう一度襲われる可能性がある。

「生き物が別の生き物を襲うのは、餌にするためが殆どだけど、岩だからなあ」

 口だって無いのだ。アイム達を食べるために襲ったとは考え難い。

「餌……。そうですわ。やはりドラゴンは、わたくし達を餌にしようと襲ってきたと考えるのが自然ですの!」

 アイムの発言により、漸くドラゴンに行動に合点が行った様子のセイリス。

「ちょ、ちょっと待ってよ。いきなりそんな事言われても、あの黒い岩が、僕らをムシャムシャと食べるなんて考えられないんだけど」

「そうだのう。長く見ておるが、ドラゴンが生き物を食べた瞬間は見たことが無い」

 そんな反論も、セイリスは気にしない様子で、次の言葉を続ける。

「お口で直接、と言う形では無いだけかもしれませんわ。例えば、体を熱する事で餌とするとか」

「体を熱する? そんなのでお腹は膨れるかなあ」

 アイムは宿場町で温泉に入ったが、その後は当然、食事を取った。温泉では腹が膨れなかったからだ。

「動物が食べ物を食べるのは、熱を得るためと言う研究本を読んだことがありますの」

 彼女は純血教と言う宗教と教徒であり、その本部には多くの蔵書が存在している。そう言った本を読む機会は幾らでもあるのだろう。

「ですが、当然、食べ物を食べる理由は他にもありますから、いくら人が体を熱しても、お腹は空くわけですわね」

 良く分からないがそうなのだろう。温かければ、お腹がいっぱいになると言うのであれば便利なのだが。

「でも、恐らくこの山のドラゴンは、熱だけで生きて行ける体なのでしょう。だから、温かい池の中では頻繁に動いていますし、火口に近づく程、活発になる」

 なるほど、そして逆に熱が無くなれば、すぐにお腹が減ってしまって、あまり動かなくなる。

「あれ? でも、下であったドラゴンは、熱が無いのに凄い勢いで僕らに近づいて来たけど」

 あれはどうしてなのか。あの近くには熱源なんて無かった訳で、活発に動く場所では無いはずだ。

「熱が無いから、わたくし達を襲ったのですわ。例えばアイムさん、とてもお腹が空いている状態で、目の前に食べ物が置かれれば、あなたはどうしますか?」

「そりゃあ、喜んで飛び付くけど。あそこに食べ物なんて無かったよね」

 ドラゴンにとっての餌は熱である。そんな物、あそこには何も無かった。

「ありましたわ。わたくし達と言う熱が」

 ああ、そうか。人は熱を持っている。地面に触れれば冷たいと感じるのは、人が地面よりも熱を持っているからだ。

 当然、熱を餌にするドラゴンにとっては、他の場所よりも温かい餌に見える事だろう。

「この場所では、恐らく地熱があるからでしょう。わざわざわたくし達の熱を餌とは見ない」

 それはそうだ。その地熱をアテにして、ウルクはこの場所を農地にしようとしたのだから。

 ドラゴンの生息範囲が山の中腹からと言うのも、この場所から、ドラゴンが生きるのに適した地熱が発生するからであろう。

「ですがここより下は、ドラゴンの餌が少ない場所ですから、それ以外の餌を求めて襲いかかってくる」

 なんてこった。要するに下のドラゴンは、アイム達が近づけば、かならず襲いかかってくると言う事では無いか。

「状況が厳しいのは変わりないみたいだね。きっと、まだあそこに居るだろうし……。どうしよう……」

「それについては、考えがありますの。アイムさん、キャンプ用の道具も持ってきていますわよね」

 セイリスはアイムの持つ荷物を気にする。

「一応、遭難とかした場合に備えて、一通りの道具は持ってきているけど……」

 いったい何に使うつもりなのか。

「なら一安心ですわ。なんとか、ドラゴンの気を逸らすことができます」

 アイムの返答にセイリスは喜ぶと、さっそく準備をしましょうと言いながら、アイムの荷物を預かろうとする。

「何をするつもりなのかは良くわからないけど、大丈夫そうなら良いか……」

 彼女がどの様な準備をするかで、彼女の意図も分かるだろう。

「ふうむ。それにしても、あのドラゴンは熱を餌にするのか。しかしそれが分かっても、何故わしの農地を襲ったのかは分からんままだなあ」

 最後にそれを知りたかったとばからに呟くウルク。

「それについても、恐らく分かりましたわ。そもそも、ドラゴンと熱の関係性について考えた切欠がその事でしたもの」

 セイリスは何でも知っているらしい。その頭の回転が自分にもあれば良いのにと思うアイム。

「それは一体、どういう事なのかな?」

 謎が解けたのなら教えて欲しいと言った様子のウルク。

「ウルクさんは、農地の水源をあの池で賄っていましたのでしょう?」

「ああ、そういう事か」

 ようやく、アイムにもドラゴンが農地を荒らした理由が分かった。

「ううむ。齢を取ったからか、さっぱりわからん」

 その行動をした本人が気付かず、話を聞いただけのこちらが先に気付くと言うのは可笑しな話であるが、隠す理由も無いので話す。

「だからさ、あの温かい水を、そのまま農地に撒いていたって事でしょう?」

 温かい水を撒いた地面は、当然温かくなる。熱を餌にするドラゴンには、農地がさぞかし美味しそうな御馳走に見えた事だろう。


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