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七つ目には故郷へ(5)

 楽しい日々とは早く過ぎる物で、依頼の期限は全力疾走がごとくアイムへと迫ってきた。

 依頼主のラッツは期限が来ると同時に、アイム達へ使いを寄越した。さっそく、出来上がった庭を見物したいとの事である。

 そこで依頼の合否を選別するつもりであるのだろう。待ち合わせの場所も、アイム達が作った庭であり、庭のある屋敷に拠点を置くアイム達は、ラッツよりも早く庭に着き、今後の相談をしていた。

 現状、庭の出来は満足とは程遠い。しかし期限を考えれば、出来る事はすべてやったと言える。そう言った出来栄えだ。

「本当は花がちゃんと咲くまで面倒を見たかったんですけどね……」

 その風景を見せれば、仕事は確実に成功するはずだ。それくらいの自信はある。しかし現実はそうは行かず、苗は成長したものの、つぼみがちらほらと見れるのみであり、当然仕事に対する自信も減少傾向であった。

「そうでしょうか。なんとか形になったと思うのですが」

 何もない殺風景な庭から、らしい物へと変わって行く姿を見たセイリスにとっては、仕事の成果はあったと感じるだろう。しかし依頼主のラッツは出来上がった庭だけを見るのだから、やはり見栄えが欲しかったところである。

「この庭の鍵は見た目だけじゃあ無いだろう。そこを上手くラッツに伝えられれば、恐らく大丈夫だと思うが」

 この庭が完成すれば彩り豊かな花々が咲き誇ると言うのは、売りの一つではあるのだが、リュンの言う通り、それはあくまで副産物でしか無く、この庭の真意は別にあった。

「そっち方面はちょっと疎いんですけどね。そりゃあ注文通りの花は選びましたけど、本当にそれが資産家にウケるかどうかはちょっとわかりません」

 リュンがアイムにどういった方向性で植物を庭に植えるかを示した時、アイムはそれがどれだけ価値のある物かを判断出来なかった。植物に関する知識がある以上、リュンの望む物を揃える事は苦では無かった、それでもこの庭を作るにあたり、真っ先に優先した内容については未だに半信半疑である。

 半信半疑だからこそ、アイムは独自に他の売りを作ろうともした。実は用意した花で庭を飾ると言うのは、アイムの意向が強く反映している。当初はあくまでこれらの花も、とある目的で集めた物でしかなかったのである。

「わたくしはアイムさんリュンさん、どちらの意見も有用な物だったと思いますの。それぞれがそう言う知恵を持ちあったのですから、きっと成功しますわ」

 セイリスはこの庭がどの様な評価をされ判断を下されるのかについて、薄々感づいていた。リュンとアイム、彼ら二人は良いコンビなのだ。互いに互いの長所を消しあう事は無い。だから二人が同じ仕事をすれば、個人でするよりもきっと良い成果を残せるのだ。

 その姿が少し羨ましいセイリス。願わくば、自身もそこに混ざる事が出来て居ます様に。


「ほう、なるほどなるほど、この花が咲く時期になればこちらの花が散るのか。一種の花時計という奴だね。一方で全体の風景が貧しくなら無い様に、それ以外の花ですべての部分を飾り付けている。良いね、なかなか好印象だよ」

 ラッツが庭へとやって来たのは日が頂点から傾きかけた頃だった。彼は庭に着くやいなや、それに対する採点を始めた。

「季節ごとに花が咲くのは花で飾った庭では定番ですから、さすがに冬に咲く花は見つけられませんでしたけど」

 庭がどの様な構造になっているのかを説明するのはアイムである。そもそもリュンとセイリスは、庭がどの様に飾り付けられているか未だに理解していない。

「まあそこは仕方ないとしようか。その分、他の季節で美しい姿を見せてくれるのだろう?」

 意外とラッツの評価は厳しく無い様だ。仕方ないとは言え、欠点をきっちりと批判してくると思っただけに拍子抜けである。

「当然、ちゃんと見ていて飽きない庭に仕上げたつもりですよ。あとさらに三週間もすれば、その姿が見られるはずです」

 アイムの説明を聞くラッツは腕を組みながら庭を見て笑う。機嫌が良く見えるのは、それだけ高評価だからだろうか。

「時間についてはこちらの指定だったから、それも仕方ないさ。期限までにはやるべき事をやっているみたいだし、君はもしかしたら、良い庭師になれるだろうね」

 このまま順調に評価されるのならば、この仕事は成功かもしれない。そうアイムが思いかけた時である。ラッツがその表情を、笑いながらも厳しい目線へと変えたのは。

「だが、庭師は庭師だ。商売人にはなれない。この庭は確かに素晴らしい。だけど僕が求めているのは商売が出来る人物でね、これじゃあ合格点には届かないな」

 ラッツの言葉が批判へと変わる。あくまでこれまでの評価は、一般的な目線で見た場合であるとばかりに。

「先ほどまでは良い評価をしてくれていたではありませんか。どうして急にその様な事を仰いますの?」

 ラッツの批判に戸惑いながらも、その真意を問うセイリス。だがなんとく、アイムはラッツがどの様な言葉を返してくるか予想出来ていた。

「単純に売り物にならないからだよ。確かに僕は屋敷の付加価値として庭を作る様に頼んだが、君たちが望んでいるのは、それを作る技術を売る事だろう? それなら聞くが、この庭だけを買いたいと言う者がどれだけ居る? 技術を売ると言うのはそう言う事さ。屋敷も無く、土地もそれほど無い人物が居たとして、それでも購入したいと思わせる物でなければ、どれだけ美しくたって、商人の売り物には成り得ない」

 商売、そうつまりアイム達はラッツに、商人としてどれだけの事が出来るかを試させていたのだ。

 それに対するアイムの答えは、出来る事を出来るだけする事であった。だが残念ながらアイムは商人で無く農家であった。農家として評価されても、商人として合格点が貰えない以上、この仕事は失敗であろう。

 だからこれからは商人の仕事、口を開くのはアイムでは無く、リュンの番であった。

「売り物にはならないなんて、とんだ節穴じゃあ無いか。まあ、大商人の御曹司にとって花の種類なんてそれ程詳しく知っても意味の無い物かもしれないが、そんな事じゃあ儲ける機会を無くすぞ、ラッツ」

 リュンが笑う。いつも通り、嫌らしくも頼もしいその顔で。思えば父も兄も、彼の一族は皆、特徴的な笑顔を浮かべて居た様な気がする。血だろうか。血なのだろう。

「ほう、この綺麗なだけの庭には何か別の種があるとでも?」

 ラッツはリュンの挑発には乗らない。と言うより、リュンがこの後何を話すのかに興味があるのかもしれない。

「俺が元々求めていたのはもっと別の価値だ。綺麗な庭ってのは、こいつが俺の提案だけじゃあ見栄えが良く無いと言って作った物でね、商人として褒められなくても、何も問題は無い」

 リュンがアイムに目線を向けながら話を続ける。まあこの庭の作りは、すべてアイム自身の趣味から来る物と言っても良い。当然、価値観の違いから、受け入れて貰えない事があると言うのは理解していた。

 商人の価値観を知るのは同じ商人であろうから、ラッツを認めさせるにはリュンの言葉が必要だ。

「重要なのは、この庭が売り物になるかどうかと言ったな? ならこの庭は、その条件を十分に満たしている。見栄えの良さはその価値に付随する物だ」

 アイムにしてみれば、別にその価値とやらに付け足すため、この庭作った訳では無いのだが、リュンの話を邪魔するのもどうかと思うので黙って置く。

「勿体付けるのは別に良いから、その価値とやらを話したらどうなんだい? 商売には迅速さが求められる物だ」

 ラッツの言葉にアイムも同意する。リュンの説明をさっさと聞きたいと言うのは、リュンが用意したはずの価値について、まだ余り理解していないアイムの意見でもあるのだ。

「ならさっさと種明かしでもするか。例えばここにあるつぼみ。花が咲けば、どんな色で咲くと思う?」

 リュンはその場でしゃがみ、花が咲く前の植物に手を触れる。

「きっと美しい花なんだろうさ。そこは認めているつもりだけどね。ただ何度も言うが、綺麗なだけじゃあ価値が無い」

「そんな事も無いと思いますが……」

 セイリスの言う通り、見た目の良さも物に対する価値の一つだろう。それを認めて居ないと言うのは、ラッツの価値観でもあるし、ツリストと言う種族全体の特徴でもあるのだろう。

 彼女としては、そこに納得できないのかもしれない。

「それはそれだ。ラッツに仕事を認めさせようとするなら、この男の思想で勝負しないとな」

 それはリュンの考え方が、ラッツに近い物があるからこそ言える台詞である。彼の立場のままで勝負する事が、そのまま相手の立場で勝負する事に繋がるのだから。

「良く分かっているじゃ無いか。なら、どうして花の色なんて話題に出したんだい?」

 むしろ花の色は重要であろうとアイムは考える。リュンの真意はわからないが、彼の提案にはそれが大きく関わってくるのだ。

「まあ聞けよ、このつぼみからは深く青い色の花が咲くらしい。そこの花は赤だな」

 リュンは庭で別の苗を植えた場所に指を向ける。

「この庭に植えられている花のだいたいが、一色の色で咲く花で、どれもこれも濃い色の花だ。直接見せれば良くわかると思うが、実際に咲けば、綺麗だが少々ケバケバしい庭になる事だろうな。そこが気に入らないからそこのアイムは花時計やら庭の区画分けやらで色を分散しようとしたんだろうな。多分」

 多分と来た。リュンもリュンで、アイムがどの様な庭を作ったのかをすべては知らないのだろう。まあ当たらずとも遠からずと言って置く。

「ふむ。つまり植えた花は純粋に美しい庭を作るには不適当な物と言う事か。あえてその花を植えた理由……。もしや植えた花はすべて売り物になるくらい貴重な物だとか?」

 惜しい、だが外れ。しかしラッツの意見はリュンと近い物だと言う事が良くわかる。

「俺もその考えがあったにはあったんだが、こいつらに無理だと言われてね」

 リュンは横目でアイムとセイリスを見る。

「商人の方々が築き上げた町で、花の美しさが売り物になる様には思えませんもの。文化が違うと言う事は、ラッツさんを見ればわかりますわ」

 確かにラッツは美しさだけでは価値が無いと言った。この町の商人達がすべて同じ意見ならば、確かにこの町では価値を見出してくれないのだろう。

「そもそも、売り物になる貴重な花なんて、だいたいは育て方が大変なんですよ。農家の経験なんて無い人たちに売り込む庭で育てる物じゃあありません」

 結局、花自体を売る案は無しになった。しかしそこから繋がる意見が出る事には成る。花自体が駄目ならば、花を使って作る加工品はどうか?

「庭を飾れる花が、さらに売り物になると言うのは良い案だね。しかしそれが可能か不可能か。そこで躓いた訳か」

 ラッツが話し掛けるのはアイム達であるが、興味の対象は庭に植えられた花に移っている。この庭の秘密が、花にあると考えたからだろう。

 良い傾向だ。芽生えた興味はラッツの意識をそちらへと集中させる、それは彼の心の中にある庭の価値を引き上げてくれるだろう。

「躓いたがちゃんと立ち上がりもした。花が無理なら花で作れる物ならどうだろうってな。ところでラッツ。お前の服に刺繍されている動物は、確か鳥だったか」

 ツリストの服装には、どれも何らかの動物が刺繍されている。リュンの服にはネコ科のラッツの服には鳥の様な動物が編み込まれていた。

「手足が四本ある鳥だよ。僕たちツリストは、自分達の家系を証明するために、共通の動物を家や服のどこかに、絵として編み込む。家が分かれる度に動物の絵柄を少し変えるから、古い家ほど突拍子も無い形をした動物を証にするから面白いよね」

 なるほど、だから古い家柄のラッツが空想に存在する様な鳥なのに対して、リュンの動物は、どこにでも居そうな猫なのか。

「これはツリストの文化だ。損や得と言った事柄とは別の場所にある物だ。単なる家の証なら、単純な旗でも、子供に付ける名前だって良い訳だからな」

 つまり、ツリストと言う種族に深く根付いた物だと言う事だ。だからそうそう変わる物では無いし、それを対象に商売をするのであれば、安定した収入を見込める。

 なんとなくだが、薄々、リュンが狙っている事柄を理解し始めたアイム。なるほど、それならば売り物になるかもしれない。

「いったいそれが何なんだい? 花と刺繍。そこに何の関係が……」

 どうやらラッツも気づいたらしい。話しかけた言葉を止める。その姿を見て、リュンは大きく笑った。ようやく気付いたか。そんな気持ちが籠った笑顔であった。

「花と刺繍。大きく関係する物だな。なんてったって、刺繍に使う糸を染めるための、染料の多くは花から手に入れるのだから。ちなみにこの国では染料の生産はそれほどされていない。皆、国外に商売を見つける文化だからな。勿体の無い話じゃないか。目の前に需要があるのに、そこに飛び付こうとしないなんて」

 誰だって、自身を飾る物は美しくしたいだろう。物の綺麗さにあまり価値を見出さないツリスト達だって、自分を証明する物に対しては気を使うはずだ。

 気にしない場合も問題無い。家を現す刺繍を編むと言う文化が有る限り、染料は必要とされるのだ。色は個性を現す道具になるのだから。

「なるほどね、確かに染料を自身の庭で生産できるのは、それだけで売り物になる。考えたね。面白い、実に面白い話だ」

 その言葉とは裏腹に、ラッツは少々悔しげな表情をする。商売人として、自分が気付かなかった価値に気付かされるのは、悔しさを感じる物なのかもしれない。

「面白いと言ったな、ラッツ。それは認めてくれるって事か? 俺達が受けた依頼は、あんたを満足させる物だったと言う事を」

 リュンは笑うのを止めて、じっとラッツを見る。当のラッツは何故か目を閉じて何やら考え事をしていた。

「……一つ聞きたい事がある。この庭を作ったのは、君自身の力かい?」

 暫く後、目を開けて言葉を発するラッツ。

「発案は俺、文化面の薀蓄はセイリス。植物や庭作りに関しては、全部こいつ頼みだ」

 そう言われて、リュンに背中を叩かれるアイム。突然そんな事をされては、痛いし驚くので止めてほしい。

「変わり者の周りには、似た者が集まると言う事かな。そこで新たな商売を見つけられるのであれば、それも悪く無いか」

 なんだろう。褒められているのに、そんな気がしない。

「宜しい。合格、合格だよ、君たち。この屋敷の付加価値として、この庭は十分に答えてくれる事だろう。当然報酬も払わせて貰う。君たちがする仕事の宣伝もだ」

 複雑な表情だったラッツは、今では喜びの顔へと変わっている。正式に、アイム達の仕事を認めてくれたのだろう。

 こちらは彼の依頼を成功させたのだ、複雑な表情のままでは困るところである。


 場面はリュンの家へと移る。一仕事を終えたアイム達は、そのまま仕事をしていた屋敷に留まる訳にも行かず、とりあえず彼の家で今後について話し合う事にしたのだ。

 今回の仕事で得た報酬はかなり大きかった。庭作りによる物も、相手が金持ちだけあって大した物であるが、それよりもこの国で財産を持つ者達への繋がりがより得難い物であるとリュンは語る。

「なんてったって、資産家達の中でも古参からお墨付きを貰ったんだからな。もうこの国に居るだけで、どんどん仕事が舞い込んでくる可能性もある」

 自室の机に体重を掛けながら、そんな事を話すリュン。どうやら相当舞い上がっている様だ。

「でしたら、ここで旅は終わりと言う事ですの? リュンさんは商人として成功する事が目的なのでしょう?」

 不安そうにセイリスが意見する。アイムの気持ちは同様で、彼の成功は旅の終わりを意味している事を気にしていた。

「残念だが旅は続行だ。暫くはこの国に滞在する事にはなるがな」

 リュンの言葉はアイム達を安心させる物であったが、何故、国で仕事を得られると言うのに、この国で商売をして行かないのかと言う疑問が生まれる。

「この国に居るだけで商売が出来るんでしょう? なんでまだ旅を続ける必要があるんです?」

 だだっ広いリュンの部屋で、身の置き場に困りながらも、椅子を見つけそこへ座って話すアイム。

「今回の仕事だが、確かに仕事は多く舞い込んでくるだろう。だけどそれに対する報酬ってのはどれくらいの物だと思う?」

 リュンは片腕のみを机へとさらに体重を掛け、もう一方の腕をアイム達に向ける。

「今回のラッツさんから頂いた報酬は、十分に過ぎる物だったと思いますが……」

 これでもセイリスは遠慮がちに発言している。さすがはこの国を使った商人の一族だけあって、その報酬はここで商売を止めたとして、何年かは遊んで暮らせる物である。

「なら聞くが、この仕事を何度繰り返せば今俺達が入る屋敷を個人で買える様になると思う?」

 そんな事を聞くリュン。家の相場は分からないが、土地を買う事も考慮に入れるならば、何十回でもまだ足りない回数をこなさなければならないだろう。なんと言っても、ただの家では無く豪邸なのだ。維持費だけでも相当な物だろうし。

「今回成功させた仕事でも、まだ足りないと仰いますの? それは随分と大きな夢だと思いますわ」

 結局、どれくらいの商売を成功させれば、リュンは満足するのだろうか。

「僕はまだまだ旅を続けたいって思ってますけど、リュンさんにとっては旅に出て、今以上の報酬を手に入れる保障も無い訳でしょう? ちょっと生き急ぎ過ぎって感じじゃ無いですか」

 彼を突き動かす原動力は何なのであろうか。そればかりが気になった。

「この国の資産家は、だいたいは若い頃にあちこちの国で商売をしていた連中だ。彼らとの繋がりが出来るのは、彼らが作った繋がりを得られると言う事でもある。保障にしては頼り無いが、それでもさらに大きな商売を手に入れるチャンスにはなる」

 要するに今回の仕事も、リュンにとっては道を進むために必要な切欠に過ぎない訳だ。

「業が深いと言うかなんと言うか……。じゃあこの国で暫く滞在するって言うのも、仕事に専念するんじゃ無くて、コネ作りって事ですか?」

「その通り。商売をして信用を作り、さらなる一歩を踏み出す訳だ。なかなかに楽しいぞ」

 そんな事を言うリュンは、本当に楽しそうだった。


 リュンの自宅にて夜を迎える。部屋はセイリスとアイムにも一部屋ずつ用意されていた。どこも十分な広さであり、むしろアイムにとってはなんとも落ち着かない気分である。

 なんだか部屋の隅に、何か居る様な気分にも成って来る。

「ああー、もう、よくもまあこんな部屋で落ち着けるもんだ」

 愚痴の対象はリュンであった。彼は自分自身の部屋でくつろいでいる。慣れ親しんだ部屋なのだから当たり前なのだが、この広い家に慣れる事が出来ると言うのが、まず理解できないアイム。

「落ち着かないって言う事は、寝れないって事なんだよね……。どうしよう」

 別に寝過ごしたところで、これといった予定も無いのだから別に構わないのだが、やはり気分は悪い。

「おい、まだ起きているか」

 突然、部屋の扉を叩く音がする。声を聞けば誰か分かる。リュンだ。

「どうしたんですか? もしかして金縛りにでもあったんじゃあ」

「そんな訳無いだろ。起きてるんだなら入るぞ、ちょっと話して置きたい事がある」

 部屋には鍵が付いているが、別にアイムはそれを掛けていた訳では無いので、リュンはアイムの返事を待たずに入って来た。

「なんですか、いきなり。あれ、随分と不機嫌そうですね」

 昼間までは結構なご機嫌だったのだが、部屋に入って来たリュンは、どうにも気分が悪そうだ。

「兄貴と話してきた。あっちの方が生きている時間が長い分、話も上手だ」

 まあ、彼の兄もこの屋敷に住んでいるのであろうから、会う事に不自然さは無いだろう。

「でも、案外普通に話せるんですね。もっと険悪な仲だと思っていました」

 彼の兄には会ったが、兄の方は弟に対して、それほど悪い印象を持っていないのが分かっている。問題はリュンの方が兄をどう思っているのかであるが。

「家の中じゃあ商人よりも家族だからな。血の繋がった兄弟を嫌うのは難しいさ」

 つまり、商人としては険悪なままだと言う事だ。そこが理解できない。家族としては仲が良いのに、何故そうなるのか。

「なんでリュンさんは、と言うよりツリスト全体は、そこまで商売に執着するんですか……、なんだか変ですよ」

 素朴で牧羊的なランドファーマーにとって、金儲けに種族として情熱を掛けられると言うのは違和感があった。

 別に個人がそうであるのなら理解できるのだ。そう言った考え方を持っていると納得できる。

 しかし種族全体がそうであるなら、それは少々可笑しな話だ。

「だからその理由を話に来たんだ。前に言ったろ? この国着いたら、商人をしている理由を話すってさ」

 そう言えばそうであった。

「だけどそれって、大きな屋敷を買いたいって事なんでしょう?」

 話しながら、部屋備え付けられた机へと向かい、そのそばにある椅子へと座る。長話になりそうだったからだ。

「それは理由じゃなくて解決方法だな。俺が言いたいのは、もっと、出発点みたいな話だ」

 リュンもアイムに続いて椅子へと座る。

「俺が狭い部屋が嫌いなのは知っているか?」

 知っている。彼がそういった部屋では寝ない事もだ。

「嫌っていると言うより……、そう、苦手な感じですよね」

「それな、他のツリストもそうなんだ」

 リュンは笑わない。むしろ何かに悩んでいるかの様な顔色だ。

「他のってお兄さんや、ラッツさんとかも?」

「そうだ、みんなそうだ。俺はお前達ランドファーマーの能力の秘密について知っている。だから俺達種族の秘密を話す。セイリスにはどうしようか迷っているが、とりあえずお前に話す事にする」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ! いきなり何言っているんですか」

 急に重要な話になって来たので混乱するアイム。種族の秘密と来たもんだ。

「話さないとフェアじゃ無いだろう? そう言うのは気分が悪いんだよ。話す機会が無い物かとずっと気にしていた」

 確かにこちらの秘密が相手に知られている以上、相手の秘密も知りたいとは思うが。

「えーと、それで、なんですか? その種族の秘密って」

 結局、話を続ける事を選んだアイム。

「そうだな、アイム、手を後ろに回して、グーかチョキかパーを作ってみろ」

 なんだろうと思いつつも、言われた通りにする。リュンは目に力を込める様な仕草をすると、すぐ後にその力を解く。

「右手がチョキで……。左手がパーだな」

 驚いた、当たっている。何故だ、エスパーか?

「だいたいの形でしか分からないがな、三種類だけならなんとか分かる」

 疑問が表情に出ていたのだろう、アイムの考えに答えるリュン。

「それが、ツリストの能力ですか?」

「その通り。二つの目以外に、あやふやだが自分を俯瞰している様な視線を持っている。角度が上から目線だから、お前の背中に隠した手の形も見えてしまう訳だ」

 普段も大概上から目線であるが、そう言う事では無いのだろう。

「もしかして遠くの物も良く見えたりするんですか?」

 どうにもこれまでの付き合いから、彼が常人以上の視力を持っているとは感じていた。

「見える、他の種族より目が一つ多い訳だからな。倍以上の距離は見えるんじゃ無いか?」

 なるほど、随分と便利な能力である。

「秘密にする理由も分かりましたよ。他人に見えない物が見えるって気持ち悪がられますもんね」

「ざっくりと物を言うな。まあ、そんな性格だから気軽に話せるんだが……」

 目頭を押さえるリュン。何か不自然な事を言っただろうか?

「それより能力の話だったな。草原が広がるこの土地に棲むからか知らないが、ツリスト全体には生まれた時からそんな能力を持っている。そりゃあ便利なんだろう。遠くを見渡せて、他とは違う目線を持てる。俺だって、普段から結構活用している」

 ならば、もっと楽しく話せば良さそうな物を、彼の顔には悩みがあるとでも言いたげなままだ。

「何か副作用でもあるんですか?」

 つまりはそう言う事だろう。アイムだって地霊を見る能力を持った結果、少々視界が面倒くさい事になる時があるのだ。

「部屋だな。狭い部屋だ。他人より視界が広い分。部屋の狭さに落ち着けなくなる」

 なるほど、そりゃあ視界だけは巨人と同じ目線なのだから、狭い部屋は嫌だろう。

「あれ、もしかして、ツリストが金儲けをしようとするのは……」

「デカい部屋が欲しいからだ。若い時は、野宿するなんて選択肢もあるだろうが、齢を取ればそれも出来なくなる。なんとか体力のある内に大きな屋敷を建てて、そこで余生を暮らしたい。それがツリスト全体の夢なんだよ」

 だから種族全体で商人をしているのか。金儲けが目的では無く、それによって得られる家こそを必要としているから。

「その、狭い部屋って言うのは、どれくらい不快に感じる物なんですか?」

「俺は狭い部屋で寝た事が無い。贅沢って訳じゃあ無いぞ? 本当に、どうやっても眠る事が出来ないんだ。本当に厄介な話だよ」

 その不快さこそ、リュンを動かしている力なのだから興味深い。しかし、狭い部屋では睡眠を取れないとは、想像以上にツリスト達は家への執着が激しいのかもしれない。

「お兄さんと揉めているのって、もしかしてそれが原因ですか?」

「それもその通り。兄弟としては、別に仲が悪くなる原因は無いさ。だけど商人としてなら、兄貴はこの家を継ぐ立場でありながら、俺の金儲けを邪魔する可能性がある人物だ。そりゃあ険悪になるだろ?」

 リュンにとっては死活問題であった訳だ。そして、彼がもっと大きな商売をしたいと言うのも分かる。彼には、どうしても若い内から金銭を稼いで置きたいのだろう。

「ツリストって多分、みんなそんな気持ちで商売をしているんでしょうね。脱落者だって居るでしょうに」

「そう言った奴をなんとかするのが、家政婦を雇わなきゃいけないなんて言う法律だったりする訳だ。家を買えない奴は、せめて空いた部屋に住ましてやろうって考えだな。それだって全員を保護出来ては居ない」

 もしかしたら、年老いても家の外で暮らさなければならない可能性もあると言う事か。

「なんとなく、全部じゃ無いですけど、リュンさんが商売を続ける理由、分かりましたよ。種族としての秘密なんでしょう? 話してくれてありがとうございます」

 なんとなく、嬉しい気分と複雑な気分が混在する。嬉しさは、相手がこちらを信頼して話したであろう事が理解できたからだが、複雑なのは、それを知ったところで、どうしようも無い事がわかったからだ。

「リュンさんは、これからも旅を続けるつもりなんですよね。家を買える目処が付くまで」

「まあな、それが本懐なんだよ」

 悩んでいた彼の表情は、今、疲れた表情をしている。自身の能力に振り回される疲れの表情だ。きっと、ツリスト全体が持っている表情でもあるのだろう。

「だったら、全力で頑張りましょう。屋敷が買える保障はできませんけど、全力でやるに越した事は無い」

 そうすれば、リュンの夢に届く可能性は高くなる。それは、アイムにとっても目標に出来る物だろう。ただ旅をしたいと言う理由で始めたアイムの旅が、人助けになるかもしれないのだから。

「まったく、自信があるのか無いのか、どっちなんだ? まあ良い、今日は話せて良かった。心のつっかえが一つ取れた気分だよ」

 ようやく笑うリュン。その顔にはまだ疲れが残って居る風だったが、それでもマシになったと言うのなら嬉しい限りであった。

 アイムは部屋を出るリュンを送り出すと。自分の部屋に戻り一息吐く。

「しかし種族の秘密かあ。自分達だけだと思っていたけど、他の種族もそうなんだ……」

 ランドファーマーは地霊が見えると言う事を隠す。ツリストは、他種族より多い視線を持つ。もしかしたらセイリスだって何かを隠しているのかもしれない。

「考えても仕方ない事だけど。やっぱりいろんな事情があるんだろうなあ」

 どうにもリュンの疲れが移ったのか、アイムも疲労を感じ始めた。まあ、この適度な疲労は、眠りに就こうとするアイムとっては、歓迎する物かもしれないが。

「それにしても、相手の秘密を知っているから、自分の秘密を教えるって言われると、なんだか罪悪感が湧いちゃうなあ」

 アイムはベッドで眠ろうとする前に、そんな独り言を口に出した。

 確かにリュンは秘密にしてあったランドファーマーの能力について知っていた。しかしだ、それが秘密のすべてだと思っているのなら、それは間違いなのだ。

「リュンさんが、能力を明かすって決めてくれたんなら。僕も、いつかは決意しなきゃ行けないんだろうなあ」

 だが、とりあえずその決意は明日以降へと置いておく事にする。ようやくアイムは眠気を感じ始めたからだ。

 リュンもセイリスも、アイム自身の秘密も、今は眠りの向こうに置いておこう。どうにも、今日は色々あって疲れているのだから。


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