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最初の話

 とある大陸がある。海岸線には砂浜や絶壁、内陸に進めば草原や砂漠、深く未開な森林を見ることができた。大小様々な姿を見せる山脈も大陸を彩る特徴の一つだ。

 特徴と言えば、そこには生命が溢れているという物がある。小さな物から大きな物まで、海や湖を泳ぐ物、野山を駆ける物、大空を飛び大地を見渡す物、地中に潜む物までいた。

 そんな中、一風変わった物がいる。知恵を持つ物達だ。知恵を持つ物達は、何かを作るのが上手かった。道具を作り、家を作り、家族を作り続け、自ら国と名付けた物を大陸に幾つも作り上げた。

 物語の舞台はその一つ、シライと呼ばれる国から始まる。

 シライは知恵を持つ物達の内、人間という種族が作った国である。偉大な125人の英雄が開国したとか、天地開闢の後、神によって生み出されたといった幾つかの神話や歴史があるが、それはあまり関係の無い話である。どれも人間が作った話であり、この物語の主人公は人間では無いからだ。

 シライは人間が作った国であるが、人間だけが住む国では無い。国外から来る商人や冒険者の中には人間以外の種族が多かったし、国が出来る前からその土地に住む種族や国が出来た後に土地に住んだ種族もその国の構成員だったからだ。

 その中で、国が出来る前から住んでいたランドファーマーと言う種族の一人こそが主人公、アイムである。

 ランドファーマーは土地を開拓し、肥やし、耕し、様々な作物を収穫する事に長けた種族であり、皆、農業や牧畜を営む事を生業としていた。ランドファーマーの若者であるアイムもその例に漏れず、鍬を持ち、土地に打ち付ける事で日々の糧を得ていた。

「外の世界に憧れる事くらいはあるんだけどね。」

 そうやって若者にありがちな夢を独りごちているアイムは、鍬を振るいながら、再び言葉を続ける。

「それでも生活ってのは大切さ、どんなに退屈でも、命の危険があるって事に比べたらさ、アレだよ、うん、良いものなんだよ。」

 今度は若者にありがちな諦めを語りながら、やはり鍬を振るい続ける。農作業中は一度も手を休める事が無いというのがランドファーマーの特徴だ。

「だけど、この手に握る鍬が剣で、当てる相手が土じゃなく魔物やドラゴンだったら、なんて思う事は悪い事じゃないよね。」

 良いことでもないけどさ―

鍬の一振り事に夢と現実を交互に思い浮かべるが、次の瞬間にはそろそろ作物の種をまく時期だな。という考えが頭に過ぎる自分を見れば、結局、この国の人々が自分たちを指して言う、ランドファーマーらしい生き方とやらが一番似合っているのだろうとアイムは結論付けた。


 家へと帰る道のりでアイムの足は重かった。精神的にでは無く、肉体的に疲労しているのだ。

 ランドファーマーは自らの仕事を休みなく行う事ができる。それができるからこそ、彼らはランドファーマーと呼ばれるのであるが、だからと言って疲労を感じないという訳では無い。

「だけど、我慢ができるって事は疲れないって事じゃないんだよね。それでも僕らを見て人間なんかは感心するんだから可笑しな物だよ。」

 人間の国であるシライにおいて、人間以外の種族は人間より位置付は下である場合が多い。差別や特権といった物としての意味でもあるが、概ね人間と人間以外の種族としてこの国では見られるという意味である。

 そんな中で他種族よりランドファーマーのシライでの地位は他の種族より地位は高い。農作業や牧畜を主な生業とするランドファーマーは一部の人間の産業を奪う物ではあるが、それ以上に人間の社会に益をもたらす存在として見られるからだ。

「まあだから、不満が有るわけじゃないよ。ただちょっと、平凡な生活の中で夢を見たいだけさ。疲れて家へ帰る道のりに、ちょっとした非日常があれば満足はできるんだ。」

 だが、これまでそんな事は数える程しか起こったことがない。それも近所の羊が集団で逃げ出した事件や、子供が小さな猪を森に潜む巨大なドラゴンと勘違いして逃げ回るのを見た程度の事を含めての数である。

「期待したって仕方無い事だしね。家に帰って夕食を食べて寝る。そのことに幸せを感じるように努力したほうが現実的だよ。」

 再びあきらめの言葉を嘆くアイムであるが、そんな彼の考えはほんの少しだけ裏切られる事になる。

「うん?」

 彼が疲れた足で向かう目的地である自宅の前に、見知らぬ人影が佇んでいたからだ。


「ランドファーマーは休まずに土地を耕す事ができるというのは本当の事なんだな。仕事の能率の良さから来た逸話だと思い込んでいたが、少なくとも君は俺の見ている限り、一度もその手を止める事は無かった。」

 そうやってアイムに話かける男はリュンという名前らしく、アイムの仕事を一日中観察した後、アイムより先にアイムの自宅へと急ぎ、アイムを待っていたそうだ。

 それはさぞ疲れた事だろうと考えたアイムは、彼を自らの家へと招き、来客に白湯を入れているわけだが、徐々に自分が不安を感じ始めている事に気が付いた。

(だって話を聞いた限りじゃあ、怪しさしか感じ無いじゃないか。なんだよ、一日中観察してたって。強盗とかじゃないよね。強盗はそんな回りくどい事はしないよね。)

 にじみ出る不安感を少しでも払おうとアイムは、遠慮なく椅子に座る―本当に遠慮なく―リュンと名乗る男をもう一度見た。

(長い耳をしてる。エルフ?いや、形が丸いからツリストかな?変わった服を着てるし。)

 ツリストとは大陸に住む知恵を持った種族の一つであり、丸く長い耳に動物の刺繍が入った服を好んで着ている事が特徴の種族だ。一所に定住しない種族でもあり、よく行商人や冒険家を生業にしている事が多い。もっとも、さらに荒事向きな仕事を職業にしている者もよく見るが・・・。

「どうぞ」

 とりあえず、コップに入れている白湯が溢れてしまう前にアイムはリュンに白湯を差し出した。

「ああ、助かる。もう春も近いとは言え、外は肌寒い季節だ。こういった暖かい飲み物はたとえ水だとしてもありがたいものだからな。」

 もしかして少し嫌味を含んでいるのだろうか?しかし家に茶などという上等な物が無い以上、アイムにはどうしようもない。

「それで、一日中僕を観察していたそうですが、いったい何のために?家にまで来て何の意味も無くって訳じゃないでしょうね?というか僕は仕事中、あなたに気付く事は無かったんですが。」

 目の前の男が不安で仕様がないアイムは矢継ぎ早に質問を繰り返すが、リュンは慌てた様子も無く、口元を白湯の入ったコップから話して答えた。

「当然、用があったから君に会いに来た。もっと正確に言えばこの国に住む若いランドファーマーにな。ちなみに仕事中、君が俺に気付かなったのは、俺がかなり遠くから君を観察していたからだ。目は良いほうなんでね。」

 そういえばツリストは視力がかなり良いと聞いたことがある。しかし、それでも気付かない距離とはどれ程のものだろうか。自分の畑の周りには目立った起伏も無く、多少離れていても人影があれば気付くはずだが。

「若いランドファーマー?もしかして人さらい!?」

 ランドファーマーをさらう野盗がいるというのは噂で聞いた事があった。農奴として優秀なランドファーマーは目をつけられやすいとも。

 もしかして、目の前の男はそういった人種なのだろうか。

「人さらいとは心外だな。まあ似たようなことを考えてはいるが。」

 やはり物騒な人間のようだ。どうしよう、扉には自分の方が近いから、逃げる事はできるだろうけど。

 そうやって、身構えるアイムを尻目にリュンは続ける。

「正確には人買いかな?賃金を払って、本人に労働して貰おうと思ってる。個人の労働力を対価に金銭を受け渡しするって点は人さらいと同じだろ?」

 大分違う気がするが。それに、そういう事ならそれは人雇いと言うべきだろう。人買いという言葉に好印象を持つ人間なんて少数派なのだから。

「労働?ランドファーマーに目をつけてるって事はそれに関係する仕事って事ですか?」

「ああ、主にやって貰う事は農作業に近い内容でな、そういった事が得意な奴を雇った方が上手く行くんじゃないかと考えたわけだ。」

 なるほど、それならランドファーマーを探しているという理由も納得がいく。

「でも若いって部分の理由にはなってませんよ。こういった仕事は経験が物を言うんだから、多少なりとも年配の方が効率的にできるはずです。」

「仕事内容だけの話ならな。だが仕事をする場所が若い奴の方が向いてるんだ。」

 ふむ、年齢を選ぶ仕事場とは、かなり特殊な場所で仕事をするらしい。どうにもリュンという男は自分を雇いたい様子なので、その点を注意して聞きたいが。

(うん?そもそも、相手に雇って貰いたいのかどうかも決めて無いのに、なんで仕事内容が気になってるんだ?もしかして僕、少し乗り気になってる?)

 自分自身の感情に困惑しているアイムであるが、リュンにはそれが伝わっていないらしく、構わず話を続けてくる。

「なんせ、否応無く国外に出てもらう事になるだろうからな。年を重ねてるとその点になかなか承諾して貰えないだろう?」

 なるほど、確かにそれなら若い年齢に限定して探しているのも理解が・・・。

「って、国外!?」

 思わず相手の目の前にある机に乗り出しながら、アイムはリュンを見た。

「ああそうだ、なんでそんな驚く?」

 確かに、少し驚き過ぎたかもしれない。

(けど、外の世界を見てみたいなんて夢を見ていたら、いきなりそんな話がくるなんて思ってもみないじゃないか。)

 アイム自身にとっては驚くに値する出来事なのだ。

「というか国外じゃないと意味が無いんだ。俺がやろうとしている仕事はな。」

「農作業の仕事なんて、どこの国でもあると思いますけど。」

 一次産業というのはどんな国でも人手不足があたりまえである。

「農作業に近いって言ったろ?つまりそのままの意味じゃないってことさ。」

「つまり変わった仕事をさせるつもりなんですね?」

 この男が怪しい男である以上、話の内容がまともな可能性の方が少ない。

「おいおい、随分な言い草だな。まあ普通では無い事は確かだ。お前は俺みたいな種族がどんな仕事をしているか知ってるか?」

 ツリストがどんな仕事を普段しているかを聞いているのだろう。それならば。

「一つの場所に定住しないのがツリストなんですから、それに合った仕事でしょう?」

「そうだ、旅商人に冒険家、傭兵なんかも仕事にしている奴がいるな。」

「あと、強盗や盗賊、追剥なんかもしてるらしいですね、聞いた話じゃあ。」

 既にアイムは相手が何かを話すと、それを疑ってかかる事に決めていた。話の内容にこちらが惹かれる物があった以上、おいそれと聞き流す事もできなくなったのだ。

「辛口な表現ありがとう。まあ否定はしない。実際、旅をしていると、そういう事をしている奴等にも会うからな。」

 こちらは噂話程度のつもりだったのだが、本当らしい。この仕事内容もやっかいな物である事を考慮しなければならない。

「だがはっきり言って、まともな方も物騒な方も他人が先に手を付けてるって事には変わりないんだ。利益と損害を考えたら、前者の方はいきなり始めようなんて考えられんし、後者なんて言わずもがなだろ?」

「それって誰もした事が無いような事を始めようって話に聞こえてくるんですが。」

 となると、やっかいな仕事で間違いないようだ。

「そうだな、まさしくその通りだ。仕事を始めようとする時にデメリットが必ずあるのなら、その分メリットはでかい方がいいじゃないか。」

 まるでデメリットの大小は関係ないような言い方だ。自分には到底できそうにない。

「始めるとしたら、まず俺達ツリストの強みである、旅を繰り返すって点を考慮にいれた。だが、すぐ思いつくような仕事は先駆者がいる。なら俺達が普通やろうとは思わない仕事にまず目を当ててみようと考えた。」

「それが農業?」

「ああ、俺みたいなツリストがやろうなんて考えもしない仕事だろ?」

 当たり前だ。一ヵ所に定住しないってだけでも駄目なのに、こんな考え方をするような奴に農業は勤まらない。ひたすら地味な作業と、精神を擦り減らすかのような細目な努力があってこそ、農業というものを生活の糧にできるようになるのだ。

「旅を繰り返す。農業という仕事。この二つをキーワードにあちこちの国を回ったよ。そしてある事に気が付いた。」

話の確信に迫ってきたようでリュンはアイムを見てニヤリと笑った・

「ある事?」

 だがこちらから見れば、聞き返して欲しくて仕方がないような顔に見えたので、仕方無く聞き返してやった。

「随分と非効率的な事をやってるなって思ったのさ。」

「なんですかそれ?農業従事者を馬鹿にしてるんですか?」

 かなり頭に来る物言いだった。若いといってもアイムは生まれてこの方ずっとそういった仕事をしてきたのである。それを非効率などと言われては、あって無いようなプライドも傷つくというものだ。

「ああ、悪い。そういう意味じゃなくてさ、仕事をする上での技術さ。」

「技術?鍬の持ち方とか水の蒔き方とかですか?そりゃあコツはありますけど、そこまでの事かな。」

 そんな物で商売ができれば、自分はそこそこの金持ちになっているところだ。

「それもあるが、範囲はもっと広い。どんな作物を育てるのか。土地はどのような状態が優れているのか。それぞれの国での気候の差は?それらの相性を本当に理解しているのか?そういった技術がそれぞれの国でブレがあるように思えた。素人の俺がそう感じるんだ。お前みたいに農業を仕事にしている奴が国外に出て、別の国を見ればそのギャップは相当な物に感じるだろう。」

 確かにそうかもしれない。農業者は世界が狭いのだ。職人気質なところも多々あり、仕事を覚える上で教えられず、目で見て覚えるという事がまかり通る部分もある。なにせ子供の時からこういった仕事をしている者が殆どなのだから。教えずとも知らず知らずの内に覚えている事の方が多い。

「だけど、それが商売になるってのは疑問ですね。実際、隣のトム爺さんが育てる野菜は凄く長いって評判ですけど、真似しようなんて考えたことがありませんもん。」

「それはちょっと興味深い話だが、物事はその程度の事じゃあない。例えば昼間使ってた鍬、いったい何で出来ている?」

「鍬?そりゃあ木ですよ。先端だけは鉄で補強してますけどね。」

 そんな自分の言葉を聞いて、リュンはまたニヤリと笑った。どうにもこの男は言いたい事があると顔に出るようだ。癖なのだろうか?

「それをしてない国があるって言ったら信じるか?それとは逆に持ち手から先端まで全部金属で出来ている鍬を使う国もある。」

「それ本当ですか?どっちも凄く不便そうなんですけど。」

「そうだ、前者の国じゃあ金属は貴重でね、農具に鉄を使うって発想が無い。」

「じゃあ後者の国は金属資源が豊富なんですね、だから農具に木を使う発想が無い。」

なんとは無しに言って見たが、その発言にリュンは多いに頷いている。どうやら正解だったらしい。

「まあでも、どちらの国もそこまで金属不足だったり過多だったりするわけじゃない。ただ、この国よりも金属の生産量が少し違っているだけだ。ただそれだけの違いでこんな風に発想の違いが生まれたんだ。それが重要でね。」

 つまるところその発想の違いは埋める形で、その分出るであろう利益の一部を頂戴するという訳か。

「発想や技術の交換というのは昔から行われていた事だがな、農業や牧畜といった一次産業の間ではまだ大々的に行われていないのが現状だ。それでいて、作業内容自体は国事に複雑だ。複雑って事は外からの考えが入り込む余地が幾つもあるってことだ。」

「そこには商売になる可能性が複数埋まってるって事ですか。」

 どこか詐欺師に騙されているような感覚がある。だが、リュンの言葉を信じる限り現実味があるのは確かだ。

「そう、あなたの言葉をすべて信じるって条件ならですけど。」

 その点を間違えないようにしておきたい、この男とは今日あったばかりなのだから。

「おいおい、ここまで仕事内容を話してそれで全部嘘でしたってわけにもいかないだろ?」

 そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ・・・。

「何か、何か信じる事ができる言葉が欲しいんです。正直に言います、僕はあなたの言葉に惹かれてる。若さって奴もあるんだと思いますけど、外の世界をずっと見てみたいと思って来ました。そんな仕事が突然舞い込むなんて、もっと浮かれても良いはずなんです。」

 しかし、だからこそ、そんな話を信じるな、騙されるぞ。という考えが頭の中を過ぎってします。

「ふむ、大胆なのか臆病なのか良くわからん奴だな、君は。」

「下手を打てば一生に関わる内容です。そうもなるでしょう?」

 ここからは自分の本音を話す事に決めたのだ。なら少しくらい自分の言葉に整合性が無くてもいいじゃないか。

「ああそうだな、なら俺は俺がこの仕事を始めようと決心した時の事を教えてやろう。」

 昔語りでもするのだろうか。それで心が揺さぶられるような状況でも無いと思うのだが。

「そんなに昔の話じゃない、今日の朝の出来事だ。」

 どうも考えた事が顔に出ていたようだ。それともただ単に自分の思考と相手の考えが偶然合っただけなのだろうか。

「俺は一人の少年を観察していた。ある噂が気になっていてね。」

 その少年とは自分の事だろう。いったい何を話すつもりなのか。

「その少年は農作業を始めたんだが、どうにも変でね。」

「変?少なくともいつもと変わらず作業をしていたはずですけど。」

 それは本当だ、この男が家の前に立っていた事以外は、今日一日、少しも変わった事は起きていない。

「ああ、君にとっては日常だっただろうが、俺にとってはとても可笑しく見えたんだよ。」

 リュンは一拍置いてから再び口を開いた。

「随分と独り言が多いんだな、君は。」

!?何を言っているんだ、この男は。まさか・・・。

「どうにもランドファーマーは種族的にそうらしいな。一人きりの時に限って、ぼそぼそと独り言を言う。まあそうでなければ独り言なんて言わんがな。」

 ずっと隠してきたはずの事だ、他の種族にその事をできうる限り話さないと。

「ある噂とは、ランドファーマーという種族の特性の事だ。なんでも大地と話せるそうじゃないか。最初は半信半疑だったが、今日、君を観察して良くわかった。君は一人で喋っていたんじゃない。ずっと大地に向かって語りかけていた。」

 リュンはじっとアイムを見る。今日一日の観察とはまさにそのためにあったのだろう。

「僕らは地霊って呼んでいます。大地なんて大げさですよ。彼らはそこら中に沢山いるんですから。」

「ふん?」

 リュンはアイムに次の言葉を続けさせるように相槌を打つ。

「地霊は僕らに、どうすれば自分たちが増えるかっていうのを教えてくれるんです。僕らはその地霊の言葉に従って、地霊を増やします。すると。」

「土地が越え、作物や動物が良く育つようになるんだな?」

 この男は良く知っている。僕を観察する前から、随分と情報を集めていたのだろう。

「ええそうです。僕らは地霊と共存して他種族よりも、多く土地の事を知る事ができるし、それに地霊を増やそうと専念してると、不思議と疲れないんですよ。どうにも彼らが力を貸してくれているそうで。」

「なるほど、ランドファーマーの種族としての長所は農作業が上手いのでは無く、地霊を見る事ができるという事か。」

 だからこそ隠していたのだ。この能力の事は種族の者以外に知られたら、自分たちの長所を利用されたり、他種族からの優位性を奪われかねない。

「それが、僕に決心を促すための内容ですか?そこまで僕たちの情報を集めたからこそ、自分は本気だと信用させるために。」

 こんどは自分がリュンと言う男をじっくりと観察する番だった。もうこの男の言葉を信用しないわけには行かなくなったのだから。

「そうだ、そっちの決心は出来たか?俺はもうここまで話したんだから、お前が相棒になってくれないと困るんだが。」

「・・・一日だけ。一日だけ待ってくれませんか?それまでには絶対返事をします。」

 こうは言ったが、どう答えるかはもう九分九厘決まっていた。

「いいだろう。返事を聞かせて貰う場所はこの国の西側にある関所なんてどうだ?ここからなら半日もかからないだろう。必要な荷物で用意に時間が掛かる物は俺が用意しておく。

お前は旅に必要だと思う物を適当にこの家から持ってくるといい、身辺整理も兼ねてな。」

 そして、リュンという男にも自分がどう答えるかなど、わかりきった事だったようだ。


 旅立つと決めたら、行動は早かったと思う。今までが住んでいた家や国だというのに未練もそんな感じなかったからだ。どちらかと言うと自分の中にある高揚感を抑えるのに苦労した。実際、昨日はほとんど眠る事ができなかった。

「でも、そうだね。これからは平凡な生活からは脱出できるかもしれないけど、平和な生活ともさよならすることになると思う。」

 だが後悔は無い。後悔するほどの時間を生きてはいない。

「いったいどんな国に行くんだろうね。シライみたいな国か、もっと騒がしい国か。」

 実を言うともう既に自分は国の関所にいる。平和なこの国らしく、番兵が一人もいない。ただ国と国との境目を示すための場所であり、一歩踏み出せばそこはもう違う国の土地だ。

「その一歩を踏み出せないんだよね。だって雇い主がまだ来ていないんだもの。」

 一日待ってと言ったが、正確な時間を決めていなかたのに気付いたのは、リュンが自分の家から去った後だった。おかげで早朝には関所に向かい、それからずっとここに立っているという状況だ。あまり寝る事ができなかった原因の一つでもある。

「まあでも、あれだけ人を誘ってきたんだからさ。先に行ってるなんて事はないだろう。ないよね?」

 そろそろ不安になってくる程の時間が立つ頃だ。もしや自分の夢はここでいきなり終わるのだろうか。そんな事を考え始めたアイムの目線が、関所からシライに向かう道へと移る。

「ああ、やっぱりまだ来てなかっただけじゃないか。来るのが遅いんだよ。」

 そこには道の向こうからリュンが歩いてくる姿があった。

こちらに来るのが遅れた理由も良くわかった、彼は二人分はある旅道具を抱えていたからだ。

 おそらく彼が自分で用意すると言った、時間が掛かる荷物だろう。素人の自分が時間を掛けず旅道具を用意できる筈が無い。つまり彼はアイム用の荷物をすべて用意してこちらに向かっていたのだ。

 旅に慣れているであろう彼も、さすがに重そうに荷物を背負っている。ここで、彼の居る場所まで走り、荷物の半分を持ってやるのもいいかもしれない。

 何故ならこれから共に旅をする相棒になるのだから。

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