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ゆうかい  作者: 夕霧
9/14

融懐編 7話

流血表現あり

苦手な方はご注意を

叫び声が聞こえる

自分ではない、誰かの声

一人、二人、三人、どんどん増え、鮮明に聞こえてくる


今度は錆びた鉄の匂いがした

その匂いが、自分に染み込んでいくような感覚がする


次はぬるっ、とした感触がした

手から足から、そのぬめりが体中に付着していく


そして視界が紅く染まった

紅い水溜りの上に、自分がそこに立っていた

















「…っ!」


目を開いた瞬間、見えたのは白いシーツのしわだった。

息が一瞬止まり、自分が悪い夢をみていたことに気付いた瞬間、止めていた息を深く吐いた。

寝巻代わりに来ていたシャツに大量の汗が染み込んでいるのが気持ち悪くて、レオナルドは起き上がってそれを脱ぎ捨てた。

変わりの服を着て、顔洗いを済ませ、朝食を食べに向かう。


4日前にレティシアとの散歩から帰ると、屋敷で自分を待ち構えていたのは、大量の仕事を持ってきた部下たちだった。

それから、仕事に追われ続け、昨晩夜遅くまで仕事をして、とりあえずひと段落ついたので、午前中だけだが休みを手に入れた。


移動がめんどくさいから、という理由でレオナルドは台所にテーブルを置いて、そこでいつも食べている。

レティシアがレオナルドの屋敷に来てからは彼女が作るようになり、今朝もいつものように、テーブルにパンと目玉焼きにソーセージ、ミルクが用意されていた。

レティシアが作る料理は、見た目はお世辞にも良いとは言えないが、味は普通に美味しかった。

朝食を食べ終えると、レオナルドは無口な同居人の元へ向かう。



三か月も一緒に暮らしてくれば、この時間帯に彼女が何処で何をしているかはもう把握できる。

日当たりの良い庭で、洗濯物を干しているレティシアの姿が目に入った。



「レティシア!おはよう!」



レオナルドが笑顔でそう言うと、作業の止めて、レティシアがレオナルドの方へ振り返った。



「…おはよう」



小さな返事だったが、レオナルドは満足そうに笑う。

4日前から、レティシアはあいさつを返してくれるようになったのだ。

たったそれだけの小さなことだったが、それでもレティシアが少しずつ自分に心を開いてくれていくのを感じるのが、レオナルドは嬉しかった。



「洗濯おつかれさん。それで話があるんだけどさ」

「…なに?」

「3日後に仕事の関係でグラズノフに行くことになったんだ。レティシアも一緒に行かないか?」

「え…」



何故自分を一緒に?、と思っているのだろう、相変わらず顔は無表情だが。



「ベルティユちゃんに、会いたいだろ?」

「!」



無表情だった顔に微妙な変化が現れる。

レオナルドは、その微かな変化に気づけるようになってきた。

レオナルドはしゃがみんで、レティシアと目線を合わせる。



「行くか?」



もう一度、彼女を促すように尋ねた。



「…行く」



そう答えた少女の頭の上に、手を置くこの動作が、最近すっかりレオナルドの癖になってしまった。



「よし!決まりだな」



笑顔を向けられたレティシアは、また顔を俯かせる。

少女は持っていたシーツを小さな手でぎゅっと握り、白いそれにしわを作った。









オルヴォマとの戦争の準備のため、最近はレオナルドの屋敷には頻繁に彼の部下達が行き来するようになった。

元々、通常の仕事を部下が持ってくることはあったが、数日に一度一人がやってくる程度だった。

今日も数人の部下が仕事を持ってレオナルドの屋敷にやって来て、その中の一人に新人であろう若い青年が居る。

部下たちを屋敷に入れ、執務室へ向かう途中でも仕事の話をしながら廊下をあるいていると、後ろからレオナルド達についてきた青年が急に足を止めた。



「クルト?どうした、置いてい…」



部下の一人が立ち止った青年をクルトと呼んだ。

クルトは呼ばれたことに反応せず、急に持っていた資料を放り投げて走り出した。



「おい!?クル…!」



クルトは懐に忍ばせていた短剣を取り出し、視界に入った人物に向かって走っている。

レオナルドは彼が鋭く睨んでいる方向へと目を向けた。

彼の視線の先にいたのは



「レティシア!!」



掃除用具を持って廊下を歩いていたレティシアが居た。

レオナルドに大声で呼ばれた彼女は、声のした方向へ目を向けると、短剣を持ち、険しい表情でこちらに走ってくる青年の存在に気付く。

すでに鞘から抜かれていた短剣は日光を反射して鋭く光っている。

その鋭い光は、迷うことなくまっすぐレティシアに向かってきた。


レティシアが持っていた、掃除用具の水汲み用の桶が大きな音をたてて、廊下に落ちた。

向かってきた短剣をレティシアはうまく避けた。

青年はすぐさま振り向いて、再びレティシアに斬りかかってくる。

狂ったように振り回される短剣を、焦る様子もなくレティシアは軽々と避けていく。

青年が横に思い切り短剣を振ると、レティシアはすばやくしゃがんで、その体制のまま体を回転させ、青年の足を払った。

大きく体制を崩した青年は廊下に倒れこんだが、再び立ち上がってレティシアは睨む。



「氷の女王っ…!」



憎しみがこもった声で、青年はレティシアをそう呼んだ。

呼ばれた瞬間レティシアがピクリと反応する。

青年はまたレティシアに斬りかかろうと短剣を振り上げ、それを避けようとレティシアが構えるた。








「親父の仇…!!」







青年がそう叫んだ瞬間レティシアは体を硬直させた。



振り降ろされる短剣。

それと同時に紅い液体が飛び散った。



しかし、その液体はレティシアのものではなく、二人の間に入ってきたレオナルドのものだった。



「っ…!」



左手で振りおろされた短剣を素手で掴み、右手でレティシアを青年から遠ざけようとしていた。

そのことに驚いて一瞬動きを止めた青年の背後に、レオナルドの部下が回り込み、青年を抑え込んだ。



「クルト!!お前何て事を…!」



レオナルドの部下達がそう言いながら、暴れて抵抗するクルトを抑え込む。

レオナルドは短剣が貫通した左手のひらを、痛みに耐えるように押さえた。



「放せぇ!!殺す殺す殺す!殺された親父の仇を…!!」



クルトは狂ったように叫びながら、抵抗を続けていた。

その目はレティシアしか見ていない。

今、彼が解放されれば、自らの歯でレティシアの喉を咬み切ろうとするだろう。



「放せ!放してくれ!殺させてくれっ!!」



クルトは泣いていた。

泣き叫びながら、暴れていた。




「殺させてくれよぉ!!」




理性を失ったように暴れるクルトから、レティシアは目をそらさなかった。

逃げようとも、近づこうともせず、その場に立ち尽くしていた。



レティシアの目元に付いたレオナルドの血が、頬を伝って流れた。






それはまるで涙のような

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