融懐編 4話
レティシアがブローニングへ来て早3ヶ月。
相変わらず彼女は無表情で無口だ。
これから一緒に暮らしていくのだから少しでも仲良くなろうと、レオナルドは何度もレティシアに話しかけるが、彼女が発する言葉といえば殆どが、「わかった」「違う」「仕事は?」の三通りしかない。
それでもめげずに、その三通りでは答えられないような質問をしてみても、たいてい黙るか答えを指差すかだ。
しかし、レオナルド・ブローニングという男は非常におおらかで世話焼きな性格である。
きっとまだブローニングに慣れていなくて気を張っている、とか、レティシアはシャイな性格なのだ、とか勝手に自分で納得して、何かと彼女に構いたがった。
「掃除おつかれさん!」
いつものようにレティシアが屋敷の廊下を掃除していると、屋敷の主であるレオナルドが彼女に声をかけてきた。
レティシアはレオナルドに視線は向けるものの、声を発しようとはしない。
そのことはもう予想できていたので、レオナルドは構わずレティシアに話し続ける。
「この屋敷広いから掃除大変だろ?俺はもうちょっと小さい所でよかったんだけどさ、周りが“王族なら住む場もそれなりの物じゃないと示しがつかん!”とかうるさくてな~」
「…」
「俺片付け苦手だから物置部屋が多いのは助かるんだけど、しばらく放って置いたらどの部屋に置いたか忘れる始末でさぁ!」
「…」
「ところで少し休憩しないか?部下が焼き菓子を持ってきてくれてな、一緒に茶でも飲みながら食べよう」
レティシアが何も言わないので、レオナルドが殆ど一人でしゃべっているようになってしまう。
この3ヶ月、何度もこのような事が繰り返されているので、レオナルドは慣れてきていた。
「…わかった」
レティシアはレオナルドの誘いに承諾すると、掃除用具を隅に寄せた。
カチャカチャと音を立てながら、レティシアがティーセットを運んできた。
お湯が入っているティーポットとカップを落とさないように、ゆっくり慎重に歩いており、足取りはぎこちない。
レティシアはあまり要領が良いとは言えなかった。
与えられた仕事は最期までちゃんとやりきるが、時間もかかるし、それほどひどくはないが不器用だ。
だが、レオナルドにしてみれば、普段全くといっていいほど子供らしい(百何年かは生きているが)所を見せないレティシアのこういった面は可愛らしく見えた。
木製のテーブルにティーセットを置くと、これもぎこちない手取りでカップにお茶を注いでいく。
それが終わると、レオナルドは明るい笑顔を浮かべ、レティシアの頭にぽんっと手を乗せた。
「ありがとな」
優しい手つきで、レオナルドはレティシアの頭を撫でる。
レティシアは顔を俯かせた。
何の反応を見せない少女の顔をレオナルドは覗き込む。
しかし、レティシアは顔をレオナルドから背けて、そのまま駆け出して、部屋から出て行ってしまった。
「ちょ、おい!」
急に出て行ってしまったレティシアを呼び止めようと、レオナルドも追いかけたが、部屋を出た時には、すでにレティシアは廊下の曲がり角へと姿を消していた。
「…またかぁ」
このようなことは、初めてではなかった。
レティシアがこの屋敷に来てから、レオナルドが礼を言ったり、頭を撫でるたびに、彼女は突然逃げてしまう。
最初は、急に駆け出したのは気分でも悪くなったのかと追いかけ捕まえてみても、そういうわけではないらしく、何度理由を尋ねても答えてはくれなかった。
こういったやり取りも、すでに何回も繰り返されている。
レオナルドは短い髪を軽くわしゃわしゃとかき回し、ため息を吐いた。
「やっぱ俺、嫌われてんのかなぁ…」
先ほどレティシアの頭を撫でた右手を、じっと見つめた