融懐編 2話
「彼女はベルティユの姉、レティシア・ラグレーンだ」
暴れていた少女を何とか鎮め、傷の手当を終えた直後に少女は意識を失った。
元々怪我を負っていた体で暴れ、傷が悪化した状態でずっとレオナルド達を警戒し気を張っていたのだ。
しかし、華奢な体は限界だったのだろう、彼女は丸一日眠り続けている。
レティシアをブローニングへ連れて行かなければならないレオナルドは、彼女が目覚めるまでニコライの屋敷に滞在することになった。
少女の名前を聞きそびれていたレオナルドは、ニコライに尋ねると、彼はレオナルドの問いにそう答えた。
「姉?俺はラグレーンと昔は交流があったが、ベルティユちゃんに姉がいるなんて聞いたこと無いぞ」
「私も最初にレティシアに逢った時には、まさかベルティユの姉とは思いもよらなかった」
ベルティユはあれからレティシアの傍を片時も離れようとはせず、今もレティシアに寄り添い、一緒に眠っている。
「元々ラグレーンは不思議な国だ。一国に二人も王族がいるなど、ハイデンを除き、他国では有り得なかった。ましてや生殖能力を持たない王族に親子や兄弟などというという存在がいるなど今まで前例が無い」
「でもまぁ、子供を作ることができないといっても俺たちだって人間と同じ生理現象は起こるわけだし、ジルベール殿の女好きも有名だったし、人間の女に子供の一人や二人孕ませてても俺は納得するけどなぁ」
真剣な話をしているニコライは、冗談交じりでそう言い返してきたレオナルドを睨んだが、彼は全くその事に気付かず、椅子にだらしなく座った。
彼が空気を読めないのは昔からの事で、怒る気も失せてしまい、ニコライは呆れた様にため息を吐いた。
「…“氷の女王”を知っているか?」
「あぁ、ラグレーン攻略の一番の難関だったやつだろ?俺は直接逢ったことも戦った事も無かったけど、俺の兵も相当な数がやられた。それがどうかしたか?」
「レティシアだ」
「…は?」
「“氷の女王”とはレティシア・ラグレーンのことだ。長年、様々な強国から自国を守り続けた、ラグレーン最強の戦乙女」
ニコライの言葉に驚き、レオナルドは何も言えないまま、レティシア達が眠る部屋のドアの方向へ振り返る。
しばらく部屋のドアを凝視し、彼はゆっくりとニコライへ視線を戻した。
「…あの子が?」
「ああ」
「マジかよ…」
道理であんな強いわけだよ…、とレオナルドは呟いた。
氷の女王は自身が強いだけでなく、軍の指揮も上手い。
過去にラグレーンを支配しようとしていた多くの強国の侵攻を食い止め、追い払うことができていたのも、強国の一つに数えられるグラズノフやブローニングが協力しても、たった一国の完全支配に手こずったのも、全てが氷の女王の存在があってのものだった。
“氷の女王”という異名も、彼女と戦い敗れていった国の兵達が、その圧倒的な強さを恐れ、“女王”と呼ぶようになった。
その最強と恐れられた“氷の女王”が、見た目は13,4歳ほど(王族なので実際は百年以上は生きてるはずだが)の華奢な少女などとは、レオナルドには思ってもみなかったことだった。
「私が最初にレティシアに逢ったのも戦場だった。一目で普通の人間ではないことは分かったが、まさか王族だとは思わなかった。ベルティユもレティシアのことは詳しく話そうとはしない」
「…ジルベール殿の死に関しても?」
一瞬二人の間に沈黙が流れる。
「…ジルベール・ラグレーンの死に関しては、話さないというよりも知らないといった様子だ。ベルティユの方はな」
「どういうことだ?」
「おそらくレティシアは知っている。かたくなに話そうとはしないが」
「…レティシアが知ってるっていう根拠は?」
「確かな根拠は無い。だがジルベール・ラグレーンの死にハイデンが関連しているという噂はお前も知っているだろう?」
「ああ、でも何の根拠も無いただの噂だって聞いたぞ」
「ベルティユとラグレーン国民からその事について聞いたが何も知らないようだ。ただ…」
「ただ?」
「レティシアがハイデンを異常なまでに憎んでいるそうだ。しかもジルベールの死後、急に」
「…そうか」
レオナルドは力が抜けたように、椅子の背もたれに体重をかけて、大きくため息を吐いた。
「ヨハネス・ハイデンが関連してるってのも、ただの噂ってわけじゃなさそうだな」
「ヨハネス・ハイデンには確かめようがないがな」
「確かに」
ははっ、と小さくレオナルドは笑い、再び二人の少女が眠る部屋のドアへと目を向けた。
「…父親を亡くしたうえに、故郷から離れ、姉妹とも引き離されるのか…」
「それが王族の運命だ」
「分かってるよ」
そう言いながらレオナルドは椅子から立ち上がり、レティシア達が眠る部屋のドアを静かに開けた。
包帯だらけ体で眠るレティシアと、彼女にぴったりと寄り添い眠るベルティユ。
ベルティユの小さな手が、姉から離れまいと、眠りながらもレティシアの手を強く掴んでいる。
赤く腫れる目元がひどく痛々しく、哀れで仕方なかった。
明日、自分達がこの姉妹を引き離す。
可哀想だと思いながらも、王族としての使命を放棄するわけにはいかない。
罪悪感にさいなまれながら、せめて一秒でも長く一緒にいられるように、二人を起こさぬよう、レオナルドは静かにドアを閉めた。
話がややこしくなりましたね!
これから、少しずつ解明(?)していきますので、ゆっくりとお付き合いください。