融懐編 12話
レティシア過去編の続きです
流血・死体表現あり
なにかおかしい
怒声を上げながら向かってきたグラズノフ兵を槍で斬り捨て、断末魔と金属を打ちつけ合う音が響く戦場を見渡しながらレティシアは思った。
グラズノフとの戦争は初めてで、あまり詳しいことまで分からないが、彼女は敵軍の様子に違和感を覚えた。
ラグレーンの国境線近くで衝突したグラズノフ軍とラグレーン軍。
戦闘が始まってすでに二時間は経過し、戦場はすでに悲惨なものとなっている。
レティシアの周りには無数の死体が横たわり、動いている者といえば彼女を狙う敵兵ばかりだ。
ラグレーン兵は己に向ってくるグラズノフ兵の相手をするのが精一杯のようで、自分たちの王族の援護をする余裕が無かった。
レティシアは援護など必要なさそうな戦いぶりを見せるが、倒していった敵兵達の数と比例するように、彼女の疲労も大きくなっていく。
そんな中でレティシアが感じた違和感。
向かってくる敵兵達はレティシアを倒そうとするというよりも、彼女を疲労させるのを目的で向かってきている。
それだけならレティシアは違和感など感じたりしない、そういうことは今までもよくあったことだ。
しかしそれにしては敵兵の数が少ない。
グラズノフはブローニングと共同で攻めてきているのだ、兵の数が不足しているわけではないだろう。
敵兵達が群がるその奥に、グラズノフの王族、ニコライの姿が見える。
すでにレティシアが肉眼で視認できるほど迫ってきているというのに、焦る様子は少しもない。
むしろ少しも動きを見せない姿に、こちらが不安を感じてしまうほどだ。
ニコライは何かを待っている、レティシアは直感的にそう感じた。
援軍だろうか、それとも別の何かだろうか。
「(早く、終わらせないと…)」
油断してはならないと、分かってはいるが、次第に気持ちが焦り始める。
減っていくラグレーンの兵士達
大きくなっていく疲労
増えていく死体
広がっていく血
それでも戦わなければならない
「(早く、早く、終わらせる…)」
敵を斬りつけ、前へ前へと進む。
槍を持った手が、死体を踏み超える足が、傷を作り、血を浴びて、重さを増していく。
「(早く、早く…)」
槍を振り続け、地を踏みしめ、敵を斬り、赤に染まって
「(はやく…)」
すべては
「(ベルのところに、かえりたい)」
あの子のため
気がつけば、ニコライのすぐ近くまで来ていた。
グラズノフ兵は武器を構え、ニコライを守ろうとしているが、顔は青ざめ手は震えている。
全身に返り血を浴びた少女が、自分の背丈の倍近くはありそうな槍を持ち、動かなくなった戦友達を背景にし、それでも無表情のままで向かってきているのだ。
恐怖を感じるな、というほうが無理だろう。
その中でただ一人、顔色一つ変えずにいるニコライ。
すると、グラズノフ兵の間を縫うように走る男が一人、ニコライに近づいてくる。
男は布で包んだ“何かを”抱え、小声で何かをニコライに告げた。
ニコライは馬から降り、自分の周りにいた兵士達に道を開けさせて、“何か”を抱えた男とともにレティシアに近づいてくる。
剣を手にし、レティシアとある程度の距離を空けた所まで来ると、彼は足を止めた。
「ラグレーン王族、レティシア・ラグレーンだな」
「…」
「私はグラズノフ王族、ニコライ・グラズノフだ」
「…」
ニコライの言葉に何かしら返すことなく、レティシアは黙ったまま彼を睨む。
彼が一瞬でも隙を見せれば、レティシアは一気に彼に飛びかかっていくだろう。
二人の間に流れるピリピリとした空気がそれを物語る。
「こちらはこれ以上無駄な争いは避けたい。単刀直入に言おう、グラズノフはラグレーンに降伏を進言する」
「断る」
今度はニコライの言葉に一瞬の間を空けることなくレティシアが答えた。
ニコライはレティシアの返答を少なからず予想していたのか、特に大きな動揺を見せない。
「そちらの兵は度重なる戦争で数も減り疲労も大きい。今までは君の力と優れた指揮で乗り越えてきたようだが、たった一国でいくつもの強国を相手にするのはすでに限界はず。君も分かっているだろう」
「黙れっ…この国を知ったような口をきくな」
「こちらは切り札も用意してある」
「それがどうした…!」
一向に引く様子を見せないレティシアに、ニコライは眉間にしわを寄せ、ため息を吐いた。
ニコライは後ろにいた男に目を向けると、持っていた剣を鞘から抜く。
男は抱えている“何か”を包む布に手をかけた。
布の中から現れた“何か”を目にした瞬間、レティシアの息が止まった。
一気に血の気が引き、冷や汗が流れる。
目は大きく見開かれ、全身が硬直したように動かない
冷静さを失った頭は混乱し、何故、何故という言葉を繰り返した。
ニコライは鞘から抜いた剣を“何か”に突き付け、レティシアに言った。
「降伏しろ、レティシア・ラグレーン」
ニコライに剣を突き付けられたベルティユはぴくりとも動いていなかった。
最愛の存在は最大の弱点