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ゆうかい  作者: 夕霧
12/14

融懐編 10話

レティシアの過去の話。



流血・死体表現あり

奪った命の数を数えるのをやめたのはいつからだったか



積み重なった屍の見ながら、足の踏み場を探していた。

人の体を踏みながら戦うと足を踏み外し、体制を崩してしまいやすいからだ。



戦いはまだ続く

私の隙を突こうと、敵国の兵士達が武器を構え睨んでいる





名誉欲しさか、国や家族のためか、足元に横たわる息絶えた戦友の仇か




どれであろうと手加減をするつもりはない


背後から向かってきた怒声を聞きながら、手にしていた槍を強く握り、振り返った






侵略者が存在し続ける限り、私は戦場(ここ)から離れることはできないのだ























「レティシア様!」


敵軍が撤退し、戦場に馬と人の死体が残された戦場に立っていたレティシアを、若い兵士が息を切らしながら駆け寄り、名を呼んだ。

返り血を浴びた顔が兵士の方へ向けられると、彼は一瞬体を硬直させて、恐る恐る口を開いた。



「だ、大丈夫ですか!?お怪我をされっ…!」

「全部返り血だから問題ないわ」



冷たい声で返された言葉に、兵士が何も言えず固まっていると、レティシアは顔に付いた血を拭いながら再び兵士に目を向ける。



「報告」

「あ、は、はいっ…西から攻め込んできた敵軍は全て撤退!遠方からの侵攻と長期戦が影響で敵側の武器・食糧が不足していると思われるので再び攻め入ってくることは無いかとっ!」

「他には?」

「…我が軍の被害も軽くはありません。城からも早くレティシア様がお戻りになるようにと連絡が…」

「分かった」



一言そう返すとレティシアは速足で陣地へ向かった。












ジルベールの死をきっかけに始まった各国からのラグレーンの侵攻はすでに6度目だ。

それらの侵攻を食い止め敵を追い払うために軍を率いたのはレティシアだ。

王族とはいえ少女の姿をした彼女で大丈夫なのかと、最初は不安を募らせていた国民たちだったが、レティシアは全ての侵攻を食い止め敵軍を全て追い払った。


すでに6度目となる戦争にラグレーンの食糧・資源・人手不足が心配されたが、広大な土地に豊富な資源、そしてもう一人の王族、ベルティユの天才的な発想と工夫により、それらも現在は問題ない。


二人の姉妹によってラグレーンは守られており、国民たちは二人を慕い、敬っているように見えた










戦地から戻ったレティシアはすぐに血を洗い流し着替えをすませ、城の留守を任せていた妹の元へ向かう。

彼女が通る先々で、使用人や兵士達が、レティシアを見た瞬間に顔を青ざめさせ、すぐさま道を開けて頭を下げる。

すでに日常となってしまったその光景にレティシアは気にかけることもなく足を進めていく。

しかし、たび重なる戦いで、普通の人間よりも鋭くなったその聴覚が、通り過ぎて行った者達の小声話をしっかりと捕えていた。



「兵士達の話聞いた?たったお一人で百人以上は殺したって…」

「聞いたわよっ…しかもずっと無表情で殺すことに何も感じていないようだったって…!」


「あれだけの戦闘を繰り広げられたのに、何もなかったように振舞われて…」

「味方だと分かっていても恐ろしい…!もしレティシア様に目をつけられたりしたら…」

「やめろよ!そんなこと考えただけでも…!」



こういった話を聞くのもすでに当たり前の事になっていた。

だが、噂話をする使用人達を罰しようとは思っていないし、そもそも彼等の話は間違ってはいないのだからと、レティシアはそれに気付いていないように振舞っていた。


レティシアが廊下の曲がり角にさしかかろうとした時、その先から王族の側近や権力者達の話声が聞こえ、その内容にレティシアは足を止めた。



「レティシア様がお戻りになられたのにお迎えにあがらなくてよろしいのですか」

「構わん。所詮戦うことしか能の無い御方だ。それよりもベルティユ様のご機嫌取りをした方がよほど良い」

「全くですな。妹君のベルティユ様よりはるかに劣る者に気に入られたところで」

「とても姉妹とは思えないあのできの違い。戦争が無ければ全く使い道の無い」

「むしろ気を使わねばならならい機会が増えて、我々にとっては負担以外の何ものでもなりませんぞ」

「戦時以外ではベルティユ様にとって足手まといでは?」

「違いない!」



どっ、笑いが広がる。

その残酷な言葉さえすでに聞き慣れてしまったレティシアは、彼らに気付かれないようにその場から立ち去った。


別の道からベルティユの元に向かうことにしたレティシアの足取りは、先ほどよりも重く今にも倒れてしまいそうなほどに頼りない。



「(今回は長期戦だったから、さすがに疲れたか…)」



使用人たちや側近たちの言葉が響く頭でそんなことを思いながら歩く。

彼らの言葉にはもう何も感じない、聞きなれた、そう自分に言い聞かせながら、妹の元へ向かう。




『殺すことに何も感じていないようだって…!』

『恐ろしい…!』

『戦うことしか能の無い』




『戦争が無ければ全く使い道の無い』




何度打ち消そうとしても、一度だって彼らの言葉が頭から消えた事はなかった
















「お姉ちゃん!」


いつのまにか足を止めていたレティシアの耳に、明るい声が届く。

先ほどまで耳から離れなかった雑音が一気に消え去り、その声がレティシアの耳に心地よく響いた。

とたとたと近づいてくる足音に、顔をあげた先に見えたのは、満面の笑みを浮かべたベルティユだった。



「おかえりなさい!けがしてない?いたいところは?びょうきしてない?」



怪我や病気の事を心配している割には遠慮なしに抱きついてきたベルティユをしっかりと抱きとめる。

久々に再会して返答する間もなく質問攻めしてくるのも、毎回のことだ。



「お姉ちゃん?どうしたの?」



自分の問いに返答しない事を不思議に思い、ベルティユは一旦姉から離れて彼女の顔を覗き込む。






「何でもないわ。ただいま、ベル」





先ほどまでの無表情は消え去り、ベルティユの目に写ったのは、姉の優しい笑顔。

無機質だった声は柔らかく優しげで、慈しむように妹の頭を撫でる。

その笑顔を見たベルティユは再び笑みを浮かべ、姉に甘えるように抱きついた。



「おかえり!おなか空いたよね?いっしょにごはん食べよ!それからおふろもはいって、いっしょに寝ようね!それから…」

「そんなに慌てなくても大丈夫よ。しばらく戦争が起こる様子もないし、どこにも行ったりしないから」

「やったぁ!」



無邪気な笑顔に、レティシアの目が優しく細められる。

その表情は“氷の女王”と恐れられているようには見えない、妹思いの、優しい少女の微笑みだ。



















姉との再会ではしゃぎすぎたベルティユは、先ほどまで話をしてほしいと姉にねだっていたのに、ベッドに入るとすぐさま夢の中へと沈んでいった。

幼く安心しきった表情で、レティシアの服の裾を掴んで放さない。

むにゃむにゃと訳のわからない寝言を言うものだから、思わずレティシアは吹いてしまう。

妹の小さな頭を撫でて、額にそっとキスを落とす。

すると、おねえちゃん、と舌足らずな声が聞こえ、起こしてしまったかと顔を見たが、寝言だったようで起きる様子はない。




「おかえり…おねえちゃ…おかえり…」




夢の中でも、ベルティユは優しく姉を迎えている。

嬉しそうな寝顔に、レティシアの視界が歪んで行く。




「…ただいま…ただいま、ベル…」














白いシーツの上にぽたりぽたりと、染みができた






























(私にはこの子しかいない)

グラズノフに支配される前の話です。


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