融懐編 9話
長い時間を生きてきた王族達にとって半年はほんの一瞬にしか感じない。
王族は普通の人間よりも高い治癒力を持つおかげで、レオナルドの左手の傷は2ヶ月で完治した。
しかし、利き手ではなかったとはいえ、片手を怪我したことで仕事の進み具合が大幅に遅れてしまったのだ。
仕事に追われる日々で、レティシアと関わる時間がたいぶ削られたが、怪我をしたレオナルドを気遣うことをレティシアは忘れなかった。
そしてレオナルドも、不器用ながらにも気遣ってくれるレティシアに笑顔を向けながら礼を言うことを忘れなかった。
仕事が忙しい中でも、ブローニングの街が近づく戦争に緊張が強くなっていく中でも、レオナルドとレティシアが住む屋敷では穏やかに時間が過ぎていく。
けれど時間は止まらない
穏やかな時間は終わりに近づき、次に朝日が昇る頃には、レオナルドは戦地へ向かう
まだ彼が、少女の笑顔を目にする事ができていなくても
「とうとう明日かー」
「……」
出発前の夜、二人は屋敷の庭に出て、涼しげな風に当たっている。
雲ひとつ無い夜空には星が輝き、空高く月が昇っていた。
あの月が沈み、太陽が顔を出せば、レオナルドはこの屋敷を発って危険な戦場へと向かう。
部下の何人かが、レティシアを戦場へ連れて行ってはどうかと言ってきいた。
氷の女王と恐れられた彼女を戦力として使おうとしてのことだろう。
しかしレオナルドはレティシアを連れていくつもりはない。
戦わせるつもりは無い。
彼はレティシアを戦わせたくは無いのだ。
レオナルドの隣で、小さな膝を抱えて座る彼女の頭に、レオナルドは手を置いた。
「絶対帰ってくる。そしたらまたあの場所でサンドイッチでも食いながらのんびりしような」
「…」
「それからベルティユちゃんにも会いに行こう。しばらく先にはなると思うけどさ、絶対会いに行こうな」
「…」
「大丈夫だ。ブローニングもラグレーンも、ベルティユちゃんも絶対守る」
「…」
「レティシアもだ」
「…」
風が吹いて、二人の髪をやさしく撫でる。
しばらくの沈黙の後、レティシアが口を開いた。
「…どうして…」
「ん?」
「どうして、私を守るなんて言うの?」
レティシアは顔をうつむかせていて、その表情は見えない。
声は他人が聞けば無機質のように聞こえるが、レオナルドには、レティシアの声が少し震えているように聞こえた。
「…なんでだろうな。俺もよくわからない。でも、俺はレティシアに戦ってほしくないし、傷ついてほしくない」
「…」
「なんでこんな風に思うのかは、自分でもよく分からないんだけどな」
レティシアが顔を上げると、レオナルドは空を見上げていた。
いつもの笑顔を浮かべているのに、淡い月光を浴びているせいなのか、それとも関係ないのか、どこかレオナルドの笑顔は切なげだった。
レティシアは再び顔を俯かせて、そっと口を開いた。
「…屋敷は、私が守る」
空を見上げていたレオナルドは、小さくそう呟いた少女に視線を戻した。
「貴方が留守の間、屋敷は私が守る」
そういった少女の頭を、再びレオナルドは優しく撫でた。
「ありがとう。行ってくる」
朝日が地平線から顔を出し、大地を照らし始めた頃、レティシアに見送られ、レオナルドは大勢の部下を引き連れ出発した。
「 」
彼の背中が小さくなる中、何かを掴もうと伸ばされたレティシアの手に、気付く者は誰一人いない
何を掴みたかったのか
何を言いたかったのか