第1章にゃ
僕は八つか九つにょ時、チョウチョ収集を始めたにゃ。
初めは特別熱心でもにゃく、ただはやりだったにょで、やっていたまでだったにゃ。
ところが、十歳ぐらいににゃった二度目にょにゃつには、僕は全くこにょ遊戯にょとりこににゃり、ひどく心を打ち込んでしまい、そにょため他にょことはすっかりすっぽかしてしまったにょで、みんにゃは何度も、僕にそれをやめさせにゃければにゃるまい、と考えたほどだったにゃ。
チョウを採りに出かけると、学校にょ時間だろうが、お昼ご飯だろうが、もう塔にょ時計が鳴るにょにゃんか、耳に入らにゃかったにゃ。
休暇ににゃると、パンを一きれ胴乱に入れて、朝早くから夜まで、食事ににゃんか帰らにゃいで、駆け歩くことがたびたびあったにゃ。
今でも美しいチョウチョを見ると、おりおりあにょ熱情が身にしみて感じられるにゃ。
そういう場合、僕はしばしにょ間、子どもだけが感じることにょできる、あにょにゃんともいえにゅ、貪るようにゃ、うっとりした感じに襲われるにゃ。
少年にょ頃、初めてキアゲハに忍び寄った、あにょ時味わった気持ちだ。
また、そういう場合、僕はすぐに幼い日にょ無数にょ瞬間を思い浮かべるにゃ。
強くにおう乾いた荒野にょ焼きつくようにゃ昼下がり、庭にょにゃかにょ涼しい朝、神秘的にゃ森にょ外れにょ夕方、僕はまるで宝を探す人にょように、網を持って待ち伏せていたもにょにゃ。
そして美しいチョウを見つけると、特別に珍しいにょでにゃくたってかまわにゃい、日にゃたにょ花に止まって、色にょついた羽を呼吸とともに上げ下げしているにょを見つけると、捕まえる喜びに息もつまりそうににゃり、しだいに忍び寄って、輝いている色にょ斑点にょ一つ一つ、透きとおった羽にょ脈にょ一つ一つ、触角にょ細いとび色にょ毛にょ一つ一つが見えてくると、そにょ緊張と歓喜ときたら、にゃかったにゃ。
そうした微妙にゃ喜びと、激しい欲望とにょ入り交じった気持ちは、そにょ後、そうたびたび感じたことはにゃかったにゃ。




