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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草


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93話 電力の普及

銅の道筋 ― 都市間高圧送電網の建設


 都市電化計画の中核として、最初に着手されたのは、発電所と都市を直接結ぶ高圧送電線の整備であった。


 いかに多くの電力を生み出そうとも、それを安全に、確実に、遠くまで届けられなければ意味はない。

 電気とは、作る力であると同時に、運ぶ力でもあった。


 東京湾沿岸の発電所を起点に、巨大な鉄塔が一本、また一本と大地に打ち立てられていく。

 基礎工事では深く穴が掘られ、何層にも重ねたコンクリートが流し込まれた。


 やがてその上に、鋼鉄の骨組みが組み上げられ、空へと伸びていく。


 完成した鉄塔の姿は、まるで天を指差す巨人たちが、無言で並び立っているかのようであった。


「鉄塔はな、人の手の届かぬ高さに、雷を運ぶ道を作る。」


 現場監督の男は、額に浮かんだ汗をぬぐいながら、

 空を見上げてそう呟いた。


 その言葉を聞いた隣の作業員が、ワイヤーを引き締める手を止めて笑う。


 「俺たち、空に橋をかけてる気分ですよ。」


 誰もが理解していた。

 自分たちの仕事が、目に見えぬものを運ぶための道であることを。


 銅線は、慎重に、張り詰めた緊張とともに引き延ばされ、絶縁体をまとって鉄塔から鉄塔へと渡されていく。


 その線はやがて、関東の広い地平を越え、主要都市へと向かって伸びていった。


 山の稜線をかすめ、谷を越え、大河をまたぎながら、夜の空に細い影を描く。


 通電試験の夜、闇の中で一瞬、火花が散る。


 それは破壊ではなく、命が通い始めた合図だった。


 こうして、電の血脈は静かに、しかし確実に、全国へと流れ始めたのである。


変電所 ― 都市の心臓


 電気は、ただ流せばよいものではない。

 強すぎれば街を焼き、弱すぎれば灯は揺らぎ、やがて消える。


 その力を調え、人の暮らしに適した形へと変えるため、

 各都市ごとに変電所が設けられた。


 そこは、都市に流れ込む電力を受け止め、整え、送り出す場所。


 清助は、完成したばかりの東京第一変電所を視察する。


 厚い扉を抜けると、内部はひんやりとした空気に満ちている。

 壁に沿って並ぶ機器の奥で、巨大な変圧器が低く唸りを上げていた。


 音は激しくない。

 だが、途切れることもない。


 まるで、目に見えぬ鼓動が、街の奥深くへと伝わっていくようだった。


「これが、街を照らす音か。」


 清助は、思わずそう呟いた。


 同行していた若い技師は、誇らしげに背筋を伸ばし、答える。


 「はい。ですが、これからはこの音が、国の子守唄になりますよ。」


 その言葉の通り、変電所の唸りは止まらない。


 昼も夜も、静かに、確実に、電気を送り続ける。


 人々が眠る間も、学ぶ間も、働く間も。


 都市は、この心臓の鼓動によって、初めて夜を越えて生きる存在となっていった。


 電信柱と街灯 ― 夜の革命


 高圧送電網が都市の外郭を結び終えたその後、次に始まったのは、街の内部へと電気を引き込む作業だった。

 都市の動脈から、生活の毛細血管へ、その役目を担ったのが、電信柱と街灯である。


 主要道路の両脇には、一定の間隔を保ちながら電信柱が立ち並んでいった。

 木製の柱が地面に据えられ、上部には碍子が取り付けられ、そこへ慎重に電線が渡されていく。


 作業員たちは革手袋をはめ、柱の上で身体を支えながら、慣れた手つきで線を張った。


 下では人々が足を止め、その様子を黙って見上げている。

 空に引かれる細い線が、やがて夜を変えることを、誰もが直感的に理解していた。


 日が傾き、街の影が長く伸び始めた頃、試験通電の時刻が訪れる。


 合図とともに電流が流れ、通り沿いの街灯が、ぽつ、ぽつと、一つずつ光を宿していく。


 闇の中に、小さな光の粒が生まれ、それが連なり、やがて一本の光の道となる。


「灯ったぞ!」


 誰かの叫び声が響いた瞬間、人々は一斉に顔を上げた。


 淡い白光に照らされ、今まで闇に沈んでいた表情が、はっきりと浮かび上がる。


 子どもたちは歓声を上げ、走り回りながら光を追いかける。

 老人は静かに手を合わせ、町の女たちは、思わず声を落としてこう口にした。


 「まるで昼のようだね。」


 その言葉は、誇張ではなかった。

 闇は完全には消えなくとも、もはや街を支配するものではなくなった。


 その瞬間、東京は暗闇の町から、光の都市へと姿を変えた。


 夜は、恐れる時間ではなくなった。

 夜は、働ける時間となった。

 そして夜は、人が集い、語り、考える、文化を生む時間へと変わった。


明賢の眼差し


 夜更け、街の喧騒が少し落ち着いた頃、明賢は高台から街灯の列を見下ろしていた。


 規則正しく並ぶ光が、道路をなぞり、街の輪郭をはっきりと浮かび上がらせている。


 その光景を前に、彼は小さく笑みを浮かべた。


 「これでようやく、文明の灯が、人々の暮らしに届いたな。」


 傍らに立つ技師が、少しだけ息を呑んでから問いかける。


 「次は、どこを照らしますか?」


 明賢は答えず、しばし空を見上げた。

 街の光に押し返され、星はわずかにしか見えない。


 そして、静かに言った。


 「北も南も、西も。だが、最初に照らすべきは人の心だ。」


 その言葉を合図にするかのように、電力網はさらに外へ、さらに遠くへと延びていく。


 やがて、日本国のすべての都市に、同じ夜の光が灯り始めることとなる。


 それは、夜が終わったという意味ではなかった。

 夜が、人の味方になったという革命の始まりであった。

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