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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草


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91話 電力の安定供給

都市の鼓動 ― 発電所の拡張と新たな力の源


 工場の灯が増え、昼と夜の境目が曖昧になり始めたころ、人々の声は夕暮れを越えて続くようになった。


 商店の軒先には明かりが灯り、工場の窓は夜になっても暗くならない。

 通りを歩けば、影は短く、人の営みは途切れることを知らなかった。


 その変化を、明賢は静かに感じ取っていた。

 ある夜、執務室でひとり天井を見上げる。


 そこには、かつて見慣れていた満天の星はなかった。

 代わりに、地上から放たれる無数の光が、逆に空を照らしている。


 電灯の光。

 窓の灯。

 工場と駅と街路灯の白い輝き。


 それらは、地上に生まれた新しい星々のように瞬いていた。


「光が増えるというのは、文明が息づくということだ。」


 明賢はそう呟き、ゆっくりと言葉を継ぐ。


 「だが同時に、国の血が足りなくなるということでもある。」


 光は、ただ願えば生まれるものではない。

 必ず、その裏で何かが燃え、何かが回り、何かが消費されている。


 机の上には、すでに用意された計画書が広げられていた。

 分厚い紙束の表紙に記された題名は、簡潔で、しかし重い。


 『全国電力安定供給網計画』。


 それは、都市の鼓動を止めないための設計図だった。


石炭発電所の新設


 最初に手をつけたのは、最も確実で、最も現実的な選択肢、石炭火力発電所であった。


 北九州、そして東北地方。

 現在掘り続けられている炭鉱から、安定した量の石炭が運び出される。


 貨車に積まれ、港へ、そして発電所へ。


 各地方都市の外れに建てられた発電所は、やがて低く太い煙突から灰色の煙を空へと送り始めた。


 「煙は悪だという者もいた。」


 現場で若い整備士に向かって、先輩技師は静かに語る。


 「だがな、これは国を動かすための蒸気の息なんだ。」


 炉にくべられるのは、黒く輝く石炭、人々が黒いダイヤモンドと呼んだ燃料。


 それが燃え、水を熱し、蒸気となって膨れ上がり、巨大なタービンを回す。


 回転は振動となり、振動は力となり、その力は発電機を動かす。


 生み出された電気は、銅線の中を走り、変電所を経て、遠く離れた街灯へと届く。


 電子制御はまだ粗く、計器の針は時に揺れる。

 だがそこには、確かな手応えがあった。


 確実に、動いている。


 それが、この時代の技術者たちにとって何よりの誇りだった。


石油発電所の稼働


 石炭に続き、次に選ばれたのは石油であった。


 千葉沿岸。

 海に面した広い土地に、石油火力発電所が建設される。


 化学プラントで精製された燃料油は、パイプラインを通じて送られ、巨大な円筒形のタンクに静かに貯蔵された。


 昼間は静まり返っていた施設も、夜になると様相を変える。


 タービンが回り始めると、ハヤブサが風を裂くような鋭い音が響き、湾岸一帯が震える。


 その瞬間、街の灯が一斉に息を吹き返す。


 「石油は血液、火は心臓。止めれば国が冷える。」


 発電所長の言葉は、決して比喩ではなかった。


 制御室では、技術者たちが計器を見つめ続ける。

 温度、圧力、回転数、どれ一つとして、目を離すことは許されない。


 汗にまみれながらも、彼らは持ち場を離れなかった。


 針が安定し、数値が定位置に収まるまで。


 その針が指しているのは、単なる出力ではない。

 都市の鼓動そのものだった。


 こうして、光を支える力は静かに、しかし確実に国の奥深くへと根を張っていった。


 水の力 ― 水力発電と大規模ダム建設


 火による発電が都市の夜を支え始めたころ、明賢の視線は、次第に山の奥へと向かっていった。


 煙突の林立する湾岸と、静かに流れる山間の川。

 その対比を思い浮かべながら、彼は一枚の地形図を指でなぞる。


「火だけでは足りぬ。」


 低く、しかし確信を帯びた声だった。


 「水の力も借りよう。」


 その言葉を受け、各地の河川が徹底的に調査されていく。

 水量、落差、地盤、流域、詳細なデータが集められ、地形図は次々と机の上に並べられた。


 最初に選ばれたのは、関東西部と中部山岳地帯。

 急峻な地形と豊富な水量が、長年眠っていた力を秘めていた。


 計画は明快だった。

 川をせき止め、水を溜め、落とし、回す。


 堰が築かれ、谷はゆっくりと水に満たされていく。

 かつて獣道しかなかった場所が、やがて巨大な貯水湖へと姿を変えた。


 その周囲では、すでに日本のブルドーザーとショベルたちが唸りを上げていた。

 鉄の履帯が岩を噛み、土砂を押し、山の形を少しずつ変えていく。


 「掘れ!押せ!これが未来の灯を支える基礎だ!」


 監督の怒号が飛び、それに応えるようにエンジン音が響く。

 その音は谷に反響し、山全体が工事に参加しているかのようだった。


 幾度もの季節が過ぎ、コンクリートは積み上げられ、やがて巨大な壁となって立ち上がる。


 完成したダムは、ただの構造物ではなかった。

 それは水を制御し、力へと変えるための門だった。


 内部には、最新式の水力タービンが据え付けられる。

 鋼鉄の羽根は静かに待ち、やがて解放された水が落下する。


 轟音。

 振動。

 そして回転。


 水は、ただ流れる存在から、国を照らす力へと姿を変えた。


 回る羽根は発電機を動かし、生まれた電気は山を下り、川を越え、街へと送られていく。


 それはまるで、大地そのものが国を照らしているかのようであった。


明賢の視線


 完成式の夜。

 人々の声が静まり、山の空気が冷え始めたころ、明賢はひとりダム湖を見つめていた。


 風が頬を撫で、水面には揺れる月が映る。

 湖は静かで、しかしその奥には、確かな力が眠っている。


 「国の血は、ここにも流れている。」


 彼は、誰に聞かせるでもなく言葉を紡ぐ。


 「人が生きるには食も衣もいるが、光がなければ、文明は直ぐに消える。」


 その背後で、若い技師が一歩進み出て、小さく、しかしはっきりと答えた。


 「絶対に、消させません。」


 その夜、ダムの内部で生まれた電気は送電線を走り、山を越え、平野を越え、遠く都市へと届く。


 都会の空は完全に明るくなることはなかった。

 だが、ほんのりと、確かに照らされていた。


 それは、水が生んだ光。

そして、この国が自らの力で未来を照らし始めた証だった。

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