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7話 教育の拡充

家族への教育構想


清助の教育が軌道に乗り始めたころ、明賢は次に家族のことを考えるようになった。

一人の理解者と助手を得たことで、知が個人に留まらず、広がり得ることを実感し始めていた。


夕刻、屋敷の座敷で兄の忠明と向かい合う。

外では風が木々を揺らし、遠くで家人の足音がかすかに聞こえていた。


「忠明殿。これからは戦の時代ではなく、知の時代になります。」


忠明は一瞬言葉を失い、やがて苦笑した。


「随分と思い切ったことを言うな。」


「武が不要になるわけではないのです。ただ、それだけでは足りなくなる時代が必ず来ます。」


明賢は静かに言葉を選びながら続けた。


「国を動かすのは、人の数、物の流れ、記録、決まりごとです。それを理解し、扱える者が上に立ちます。」


忠明は黙って聞いていたが、その表情からは拒絶よりも戸惑いが読み取れた。


「刀を握る者ほど、理を知るべきです。感覚だけで判断する時代は、長くは続かない。」


明賢は用意していた教科書を机の上に置いた。

紙の束は、この時代の書物とは異なる整った構成をしていた。


忠明はそれを手に取り、ゆっくりと頁をめくる。


「……ずいぶん変わった本だな。」


「文字の読み書きから、数の扱い方、自然の仕組みまで書いてある。基礎だが、すべての土台になるのです。」


忠明はしばらく無言で眺めていたが、やがて小さく息を吐いた。


「俺にできると思っているのか。」


「武士ならばできるはずです。それに、上に立つものとしてやらなければならない立場になる。」


明賢の声には迷いがなかった。

忠明はそれを感じ取り、深くは追及しなかった。


一年もあれば、文章を読み、簡単な方程式を扱えるようになるだろう。

明賢はそう見立てていた。


同じころ、明賢は母にも話をしていた。

これから生まれるであろう弟妹たちの教育についてである。


「子どもは、生まれた瞬間から学びに触れさせたいのです。」


母は驚いたように目を見開いたが、すぐに静かに聞く姿勢を取った。


「言葉と数を、特別なものではなく、当たり前のものとして育てる。それが、この先の世界では必要になります。」


早すぎると思われることは承知していた。

しかし、明賢の中ではすでに答えは出ていた。


「言葉と数は、これからの時代の武器になります。それを持たずに生きるのは、刀も持たず丸腰で世に出るようなものです。」


教育は、もはや清助一人のためのものではなかった。

家族へ、血縁へ、そしていずれは屋敷の外へ。

静かに、しかし確実に広がり始めていた。


明賢の視線は、すでに次を見据えていた。


国家構想の一端を語る


家族が驚きの色を隠せぬまま見守る中、明賢は座敷の中央に座り、静かに将来の計画を語り始めた。

声は幼さを残しているが、その語り口には迷いがなかった。


「いずれ私は徳川家康公のもとに仕え、来る戦に勝ち、学問と行政の仕組みを整え、新しく政府を立ち上げます。」


唐突とも言える言葉だった。

だが明賢は言い切るように続ける。


「そのための準備を、今から始めます。」


父・惣右衛門は返事をせず、ただ黙って息子を見つめていた。

幼い身体に不釣り合いなほど、眼の奥には揺るがぬ確信が宿っている。

思いつきや夢想ではない。

時間を見据え、段階を踏む覚悟が、その沈黙の中に読み取れた。


社会状況の把握


言葉だけで国は動かせない。

そう理解しているかのように、明賢はすぐに行動へ移った。


昼間、屋敷の者たちを使い、周辺の情報を集めさせる。

武蔵国の人口、農村の戸数、商人の数、兵の総数。

断片的だった話や噂を、一つずつ数として拾い上げていった。


それらはExcelに入力され、表として整理される。

数字が並ぶことで、曖昧だった国の輪郭が、徐々に形を持ちはじめた。


「今この国に何が足りないかを知らねば、改善もできない。政とは現状を数で見ることから始まる。」


明賢はそう言いながら、完成したデータを印刷し、順にファイルへ綴じていく。

紙に落とされた数値は、この時代には存在しない視点そのものだった。


1590年の日本で、最初の人口統計表が生まれた瞬間である。


技術基盤の整備


情報の整理と並行して、明賢は環境そのものを整え始めた。

屋敷の屋根には、周囲から見えぬよう角度を工夫して追加の太陽光パネルを設置。

日中に発電した電力は、バッテリーへ自動で蓄えられる。


「この電力があれば、夜でも学問が続けられる。」


夜の時間を延ばす。

それは単なる便利さではなく、学びと作業の密度を高めるための準備だった。


さらに、ネットで注文した工具類や工作機器が次々と届く。

精密ドライバー、ハンダごて、小型CNC、簡易旋盤、電子測定器。

どれも屋敷の者にとっては用途すら想像できぬ器具ばかりだ。


清助は一つひとつを慎重に確認し、説明書を見ながら組み立て手順をメモしていく。

手を動かしながら、未知の技術を受け入れていく姿は、すでに助手のそれだった。


「これは何を作るものですか?」


「物を削り、形を正確に作る機械です。これで未来の道具を作る準備ができます。」


未来という言葉が、ここでは抽象ではなく、具体的な工程として存在していた。


通信の実験


設備が一通り整うと、光丸は次の段階へ進む。

それは、人と人を繋ぐ技術――無線通信の実験だった。


注文した無線機を屋敷の敷地内で試験運用する。

清助に片方を持たせ、庭の端まで歩かせて距離を取らせる。


「こちら明賢、聞こえますか。」


一瞬の間を挟んで、応答が返る。


「……こちら清助、よく聞こえます!」


声が空を越えて届いた瞬間、清助は思わず声を上げた。


「声が……繋がず届くとは……!」


「これは今清助殿が勉強している電磁波の応用です。これを使えば、戦場でも、都市でも、遠くの者と指令を交わせます。」


清助は機器を握ったまま、しばらく言葉を失っていた。

人の声が、空間を伝わるという事実が、常識を静かに塗り替えていく。


明賢はその様子を見つめ、穏やかに微笑んだ。


「いずれ、この技術が国を結ぶ線になる。今はまだ小さな試験だが、始まりとしては上出来だ。」


この屋敷の片隅で行われた実験は、後に国家を動かす通信網の、最初の一歩となる。

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