408話 プラスチック革命
民間生活工業革命 プラスチック編
明賢は、経済産業省の担当者を前に静かに命じた。
「生活の隅々まで、我々の工業で満たす。」
「子どもから老人に至るまで、全ての者が便利さを享受できる日用品を作り上げよ。」
「便利さとは贅沢ではない。誰もが等しく受けられる文明そのものだ。」
この布告を受け、日本政府は日用品産業計画を正式に始動させた。
衣類・家具・金属製品を支えてきた工業基盤をさらに発展させ、国民生活のあらゆる場面を工業製品で支える巨大産業群が誕生していく。
大都市圏の郊外に生活工業ベルトが形成される
衣類は新大陸西海岸、家具はカナダと日本本土、金属製品は南大陸というように、日本は地球規模で産業を分担していた。
しかし日用品だけは事情が異なった。
歯ブラシ一本、石鹸一つ、文房具一つであっても、毎日膨大な数量が消費される。
生活用品は種類が極めて多く、消費速度も速い。
さらに破損や消耗が避けられないため、常に市場へ供給し続けなければならない。
そのため、輸送距離が長くなる集中生産よりも、各地の都市ごとに生産拠点を集中させた方が圧倒的に効率が良いと判断された。
明賢は、全国の交通網と人口分布を考慮したうえで、大都市圏郊外へ巨大な生活工業地帯を整備する方針を決定する。
こうして各都市には、それぞれ異なる役割を担う工業ベルトが形成された。
大阪南部工業ベルト
大阪南部では、
雑貨
文房具
玩具
学用品
家庭用収納用品
など、生活に密着した製品の大量生産が行われた。
大阪は古くから商業都市として発展していたため、商品の流通網とも結び付きやすく、全国への配送拠点としても機能していた。
東京郊外工業都市
東京近郊には、
医療用品
衛生用品
消耗品
家庭用プラスチック製品
日常生活用品
などを専門に製造する工場群が並ぶ。
帝国大学や研究機関との距離も近く、新素材や新製品の開発拠点としても重要な役割を担った。
北海道寒冷地工場群
寒冷な気候を活かし、
断熱用品
防寒用品
冬季生活用品
保温容器
寒冷地向け建材
などの専門工場が建設された。
寒冷環境そのものが試験場となり、品質向上にも大きく貢献した。
新大陸東海岸工業区
北米東海岸では、
大量成形品
生活雑貨
樹脂製家庭用品
などが大量に製造される。
完成品は港湾から世界各地へ送り出され、日本製生活用品のブランドを築き上げていった。
このように各都市は互いに競争するのではなく、それぞれ異なる分野を担当しながら巨大なネットワークを形成した。
全国が一つの巨大工場となり、互いを補完し合う産業構造が完成したのである。
日用品工場の特徴は「圧倒的な自動化」
衣類産業、家具産業、金属加工産業、化学産業。
これらの発展によって、日本は高度な機械技術を蓄積していた。
日用品産業は、それら全ての成果を集約した工業分野だった。
大量に作り、品質を揃え、価格を抑え、全国へ届ける。
そのためには、人の手だけでは到底追いつかない。
そこで工場では徹底した自動化が採用された。
主な設備は、
精密金型による大量プレス
プラスチック射出成形設備
ゴム成形ライン
小型電動工具による高速組立設備
自動検査装置
自動梱包設備
自動倉庫
自動搬送ライン
などで構成されていた。
工場へ原料が運び込まれると、成形、加工、組立、検査、梱包までが一つのラインで流れ続ける。
作業員は製品を作るのではなく、設備を監視し、品質を確認し、保守点検を行う役割へ変わっていった。
こうした自動化によって、一つの工場だけでも毎日数万点規模の生活用品を安定して生産することが可能となる。
大量生産でありながら品質にばらつきはほとんどなく、日本製品への信頼はさらに高まっていった。
製造される日用品のカテゴリは国民全世代をカバー
日用品産業の目的は、一部の人々を豊かにすることではなかった。
乳児から高齢者まで。
都市部でも農村でも。
誰もが同じ品質の商品を手にできる社会を実現することである。
そのため製品開発は年代ごと、用途ごとに細かく分類され、それぞれ専門工場が担当した。
0〜6歳(乳児〜幼児)
幼い子ども向け製品では、安全性が最優先とされた。
工場では、
木製・樹脂製玩具
知育ブロック
軽量プラスチック食器
転倒防止クッション
ベビーカー
子ども用水筒
絵本
積み木
歯固め用品
などが大量生産された。
角はすべて丸く加工され、誤飲防止や耐久試験も徹底される。
完成した玩具は出荷前に繰り返し強度試験が行われ、安全基準を満たした製品だけが市場へ並んだ。
「子どもが安心して遊べること。」
それが第一条件だった。
ゴム工場では天然ゴムや合成ゴムを用途ごとに配合し、
消しゴム
ゴムボール
パッキン
靴底
子ども向け玩具
などが大量に生産される。
一方、射出成形工場では何百種類もの金型が並び、
溶かした樹脂が数秒で成形され、
コップ
保存容器
玩具部品
文房具ケース
家庭用品
などへと姿を変えていった。
角を丸く加工した安全設計の玩具、軽くて壊れにくい食器、幼児向け知育用品、学習教材などが次々と生産され、日本全国へ送られていった。
鉛筆、ボールペン、消しゴム、定規、下敷き、筆箱、色鉛筆など、学校生活に欠かせない用品は標準規格化され、どの地域でも同じ品質の商品を購入できるようになった。
国民生活の質が一気に向上する
近代的な住環境が整備されても、それだけでは豊かな生活は完成しなかった。
そこへ日用品産業が加わったことで、市民生活は飛躍的に向上する。
各家庭には、
プラスチック製文房具
清潔で耐久性に優れた生活用品
壊れにくい玩具
高齢者を支える杖や補助器具
整理整頓しやすい収納用品
樹脂製収納ケース
洗面用品
清掃用品
などが並ぶようになる。
家庭内では道具を修理しながら長く使う文化と、必要な時に高品質な製品を買い替えられる文化が共存し、生活そのものが大きく変わっていった。
子どもは安全な玩具で遊び、学生は品質の揃った学用品で学び、働く大人は使いやすい生活用品に支えられ、高齢者は身体への負担が少ない福祉用品によって安心して暮らせる。
生活のあらゆる場面に工業製品が浸透したことで、日本の都市生活は前世21世紀にも匹敵する快適さを実現したのである。
産業としての巨大な波及効果
日用品産業の発展は、それ単独で終わるものではなかった。
むしろ、日本の工業全体をさらに押し上げる巨大な基盤となる。
ゴム産業は、やがて高性能タイヤや各種工業用ゴム部品の研究へ発展し、樹脂産業は、精密電子機器の筐体や絶縁部品の開発へとつながる。
金属加工技術はより高精度な工作機械を生み出し、文房具産業で培われた精密成形技術は、小型機械部品や精密樹脂加工へ応用されていく。
さらに玩具産業では、小型モーターや歯車機構、電池駆動機器などが研究され、その経験は後の精密機械産業へと受け継がれていった。
こうして日用品産業は単なる生活用品製造業ではなく、日本のあらゆる工業技術を育てる巨大な土壌となる。
その積み重ねはやがて、
家電産業
電子工業
自動車産業
ロボット工業
精密機械工業
へつながることになる。




