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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草
第四章 世界との関わり

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223話 内戦の駆け引き

使節団帰国


イギリス使節団


港から戻った使節団は、濡れたマントをはためかせながらロンドンの石畳を急いだ。

雨に濡れた石畳は鈍く光り、足音が硬く反響する。

彼らの呼吸は荒く、だが歩みは止まらない。


報告書と、鹿児島で受け取った小さな金属の原器、そして見聞した「理の国・日本」についての断片。


それらすべてを胸に抱え、彼らはまず、それぞれの勢力へと向かった。


王党派、そして議会派。


分断された祖国の中で、彼らの報告は単なる情報ではない。

戦局すら左右しかねない材料だった。


王党派の集会は、王宮の奥深く、重厚な扉の向こう、密室で開かれた。


厚い石壁に囲まれた室内には、外界の音はほとんど届かない。


燭台の揺れる炎が、古びた地図と重厚な机を照らし出していた。


その光は安定せず、まるでこの国の情勢そのもののように、かすかに揺れている。


室内には重々しい空気が満ちていた。


誰もが口を閉ざし、ただ一人の帰還者の言葉を待っている。


やがて、低く、押し殺した声が響く。


老練な伯爵だった。


灰色の眉を吊り上げ、鋭い視線を使節へと向ける。


「話せ。」


焦りと苛立ち、そして警戒が混じっていた。


「日本とは何事か。」


言葉は続く。


「帆もない艦」

「長距離砲」


一つ一つを区切るように発せられるその声は、理解を拒む現実への戸惑いを含んでいた。


そして最後に、強く言い放つ。


「我らの敵に渡すわけにはいかぬ!」


その一言で、室内の空気が張り詰める。


使節は静かに一歩進み出た。


濡れた外套から水滴が床に落ちる。

その音すら、やけに大きく響いた。


彼は一度深く息を吸い、ゆっくりと整える。


そして語り始めた。


鹿児島で見た光景。


静かでありながら、圧倒的だった港。

規律に満ちた動き。


そしてあの艦。


帆を持たず、風に頼らず、それでも海を切り裂くように進む黒鉄の船。


言葉を選びながら、しかし曖昧にはせず、事実を積み上げるように説明していく。


さらに続けて、技術の断片を語る。


完全には明かされなかった構造。

だが確かに存在した未知の力。


そして、彼らが提示した単位。


長さと重さを統一するという概念。


人も土地も超えて、すべてを同じ尺度で測るという思想。


それは単なる技術ではなく、一つの秩序そのものだった。


室内の者たちは、言葉を失う。


理解できる部分と、理解を拒む部分が混ざり合っていた。


使節はさらに続けた。


日本側の態度。


開かれているようで、閉ざされている。


見せるものと、見せないもの。


その境界線があまりにも明確で、一歩も踏み越えさせない。


完全な閉鎖ではない。


だが、核心には決して触れさせない。


その制御された外交のあり方を、彼は慎重に言葉にしていった。


やがて、彼は一瞬言葉を止める。


室内の視線がさらに集まる。


そして最後に、付け加えるように言った。


「日本は」


「我らに対して約束を求めれば、新大陸の領土の譲渡か売却を引き換えに、受け入れる可能性がある、と申しております。」


静寂。


沈黙は理解を意味していた。


彼は続ける。


「先に手を打てば、大いなる支援を得られるかもしれません。」


その言葉が落ちた瞬間、


室内がざわめいた。


抑えられていた空気が、一気に動く。


低い声、短い言葉、

互いに交わされる視線。


若い将軍が、椅子を軋ませながら前のめりになる。


その目は鋭く、すでに戦場を見据えていた。


「内戦の早期終結のためなら」


言葉には迷いがない。


「取引を急ぐべきだ。」


さらに強く、断言する。


「技術提供や艦隊の支援を受ければ、戦局は変わる!」


それは希望ではない。


確信に近い響きだった。


老伯爵は黙ってそれを聞いていた。


唇を固く結び、指先で机を軽く叩く。


思考を巡らせている証だった。


感情では動かない男。


だが、その目の奥には、確かな光が灯っていた。


決意。


王冠の権威を守るために、何を選ぶべきか。


その答えを、すでに探り始めている。


日本という未知の力。


それを恐れるか、利用するか。


どちらにせよ、動かなければならない。


内戦という現実は、待ってはくれない。


静かな室内の中で、彼の思考だけが、鋭く、冷たく、動き続けていた。


一方、議会派の会合は議会の書斎で、書物と計算器具に囲まれて行われた。

高く積み上げられた書物の背表紙には、歴史、法、哲学、そして商業に関する知識が詰まっている。

机の上には羽根ペンと羊皮紙、そして計算用の器具が整然と並び、ここが思考で戦う場であることを物語っていた。


窓の外はまだ薄暗く、朝の光は十分に差し込んでいない。

しかし室内には既に灯りがともされ、議論の準備は整っている。


議長に近い急進的な議員が、使節の報告書を受け取る。

紙の束は厚く、その重みは単なる情報量以上の意味を持っていた。


彼はそれを静かに開き、一行一行を噛み締めるように読み進める。


やがて、目を細めた。


「日本が示した理という概念は」


ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「我々の理性主義に通じる。」


その声には、共鳴と警戒が同時に含まれていた。


だが、すぐにその表情は引き締まる。


「だが、それを軍事力に供するなら」


紙から顔を上げ、周囲を見渡す。


「王党派に有利になる。」


室内の空気がわずかに重くなる。


誰もがその意味を理解していた。


そして彼は断言する。


「交渉をまとめねばならぬ。」


その言葉は命令ではない。

だが、誰一人として逆らうことはなかった。


年配の商人出身の代表が、ゆっくりと頷く。


その動きには重みがあった。

長年、利と損を見極めてきた者だけが持つ確信がにじんでいる。


「新大陸の土地を引き渡すことは」


慎重に言葉を選びながら続ける。


「大きな賭けだ。」


その場の誰もが、異論を挟まない。


だが彼は続ける。


「だが、長期的に見れば」


視線を上げ、強く言い切る。


「日本と結びつくことで、勝利の道が開ける。」


そして、決断を促すように言葉を重ねる。


「議会の名で、先手を打とう。」


その一言で、空気が変わる。


躊躇は消え、動きが生まれる。


議会派は決断を速める。


書記官が呼ばれ、机に新たな羊皮紙が広げられる。


書簡の文面が即座に整えられ、言葉の一つ一つが精査されていく。


同時に、送金の準備も始まる。


資金の流れ、信用の裏付け、すべてが計算され、組み上げられる。


そして、代理の使節を日本へ急派する案が、ほとんど議論の余地もなく成立する。


その速さは、彼らの焦りと理解の深さを示していた。


誰もが分かっていた。


相手より先に約束を取り付けること。


それこそが、勝利の鍵であると。


両勢力に共通していたのは、焦燥と計算だった。


内戦を一刻も早く、有利に収めたい。


日本の技術と支持は、決定的な加勢になり得る。


だが同時に、日本は閉鎖的であり、安易に信用して良い相手ではない。


その慎重さもまた、両者に共通していた。


さらに、新大陸の領土。


それは極めて強力な交換材料である。


だが、渡すべき相手と条件を誤れば、将来の利益を決定的に失う。


その重みを、誰もが理解していた。


王党派は誇り高く、直接的な軍事支援と、王権の保全を求める約束を用意する。


王の権威を守るため、力と力で結ぶ同盟を志向する。


一方で議会派は、商業的利益と長期的な同盟関係を重視する。


経済的な優遇、条約、交易。


持続的な関係の構築を前提とした提案を練り上げる。


同じ目的を持ちながら、その手段は対照的だった。


両者はそれぞれの上層部を招集し、書記官を走らせ、夜を徹して条文の草案を練った。


机の上には書類が積み上がり、蝋燭は何度も取り替えられる。


時間の感覚は失われ、ただ思考と筆だけが動き続ける。


使節たちは次の段取りを練る。


どの船を使うか。

どの航路を取るか。

どの程度の護衛を付けるか。


そして何より、相手より早く到達する方法。


互いの動きを警戒しながら、情報を隠し、読み合いを続ける。


王党派は密使を選び、軍艦による護衛を付けて日本へ向かわせる準備を整える。


速度と安全。

そして威圧。


それらすべてを兼ね備えた手段だった。


一方、議会派は商船団を偽装した使節団を整える。


交易の申し出を装い、自然な形で接近する。


正式文書は綿密に整えられ、条件と利益が明確に記されている。


どちらも共通していた。


「先に着くこと」。


それが唯一無二の方針だった。


港を出るその朝。


王党派の長は、静かに海を見つめながら呟いた。


「これで勝てるなら」


短く息を吐き、続ける。


「国を賭けても惜しくはない。」


その言葉には、覚悟があった。


一方、議会派の若き指導者は、書類に目を落としたまま、最後の確認を行っていた。


指先で条文をなぞりながら、低く、確かめるように言う。


「領土の扱い。」

「国際法の解釈。」

「先行者利益。」


一つ一つを確認し、そして最後に顔を上げる。


「全て計算に入れよ。」


わずかな沈黙。


そして続ける。


「だが忘れるな。」


その声は、静かでありながら強かった。


「我らが手に入れるのは、一枚の契約書ではない。」


視線の先には、まだ見えぬ未来があった。


「未来への扉だ。」


そして、両派の使節団は、互いに知らぬように、同じ海へと乗り出した。


帆が上がり、船体がゆっくりと岸を離れる。


海は広く、静かで、その奥に何が待つかは誰にも分からない。


だが確かなことが一つあった。


海上ではまだ見えぬ日本。


その国が、どちらの旗を受け入れるのか。


その選択が、内戦の行方を左右する。


すでに賭けは始まっていた。


静かに。


だが、取り返しのつかない形で。

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