217話 ポルトガルとの対話
― ポルトガル王国代表との対話 ―
波の匂いがまだ衣服に残っているかのような、海を渡ってきた者特有の空気をまといながら、やや引き締まった面持ちの男ドン・マヌエル・コインブラが、会議場の端の席から静かに立ち上がった。
その動作には無駄がなく、航海国家の人間らしい実直さと慎重さがにじんでいる。
ポルトガルは長きにわたり海と向き合い、東方への航路を切り開いてきた国である。
その代表である彼の口調は丁寧で礼節を重んじていたが、同時に一言一言の裏に、相手の本質を探ろうとする鋭い意図が隠されていた。
マヌエル代表:
「まずは、貴国の港湾整備と造船の規模について、深い感銘を受けたことを申し上げます。我々はこれまで多くの海を渡り、各地の港を見てまいりましたが、貴国のそれは単なる寄港地というよりも、体系的に整えられた拠点群のように見受けられました。さらに、多数の大型船が整然と建造されている様子は、一国の造船能力をはるかに超えた、国家的計画の一端を示しているようにも感じられます。
その上でお伺いしたい。
我が国は古来より、民間商人の往来と交易を重んじてまいりました。それこそが海を通じた発展の礎であると考えているからです。貴国におかれては、今後、民間人同士の往来、あるいは私人による交易を許可されるご予定はございますか?」
日本代表:
「ご質問、誠にありがとうございます。まず、現状について率直に申し上げますと、我が国では現在、国家間における正式な交流のみを許可している段階にございます。すなわち、外交的に承認された使節や代表団による往来は認めておりますが、民間人同士が自由に往来すること、あるいは私人による独自の交易活動については、現時点ではまだ認可しておりません。
これは外部との関係を閉ざす意図によるものではなく、あくまで国内制度の整備と安定を優先しているためでございます。
我が国は現在、行政体制、法制度、流通管理といった基盤を段階的に整えている最中にあり、それらが十分に機能する状態に至るまでは、無制限な往来を許可することは適切ではないと判断しております。
ただし、将来的には、これらの制度が確立し、内政が十分に安定した段階において、民間人同士の交流や交易についても、段階的に開放していく予定でございます。その時期につきましては明言できませんが、決して恒久的に閉ざす意図ではなく、あくまで時期を見て開くという方針であることをご理解いただければ幸いです。」
(マヌエルはその説明を聞きながら、わずかに肩をすくめた。完全な拒絶ではないが、即時の利益にはつながらない、その現実を冷静に受け止めている様子である。しかし、その表情はすぐに切り替わる。次の問いへ移るとき、彼の眼差しにはより強い探求心が宿っていた。)
マヌエル代表:
「承知いたしました。では、別の観点からお尋ねいたします。先日、我々は貴国の艦が帆を持たずに航行する様子をこの目で確認いたしました。それは我々の長年の航海経験から見ても、極めて異質なものであり、従来の風力に依存した航行とは明らかに異なる原理で動いているように見受けられました。
あの推進方法は、一体どのような理に基づくものなのでしょうか。我々がこれまでに培ってきた技術と、何らかの共通点があるものなのでしょうか?」
日本代表:
(あらかじめ用意されていた応答を踏まえ、穏やかな笑みを崩さずに)
「ご関心をお寄せいただき、誠にありがとうございます。まず前提として、艦の推進機構の詳細につきましては、軍事機密に属するため、具体的な構造や原理についてはお答えすることができません。
その点につきましては、どうかご理解を賜りたく存じます。
その上で、あくまで外見や挙動から受ける印象という意味で申し上げますと、ご覧になった動きは、ある種の蒸気機関に近いものとして映るかもしれません。
圧力を生み出し、それを推進力へと変換するという点では、貴国を含め各国で研究されている技術と、まったく無関係というわけではございません。
ただし、我が国の方式は、外部で噂されているような単純な蒸気機関のみで構成されているわけではなく、それに加えて複数の要素を組み合わせた、より複雑な体系となっております。
詳細については開示できませんが、単なる延長線上にあるものではない、という点だけはお伝えできるかと存じます。」
(マヌエルの眉がわずかに寄る。提示された情報は、完全な拒絶ではない。しかし核心には触れておらず、むしろ方向性だけを示すことで理解を誘導している。それは、相手に無用な猜疑を抱かせず、同時に深い詮索を防ぐための、極めて洗練された応答であった。彼はその意図を見抜きつつも、あえてそれ以上は踏み込まず、静かに頷いた。)
マヌエル代表:
「資源について、さらに踏み込んでお伺いいたします。貴国がこれほど大規模な造船を行い、あれほどの艦を維持している以上、その背後には相当量の資源供給体制が存在しているはずです。特に、船体に用いられる鉄、これらの供給源はどこにあるのでしょうか。
我々としては、その基盤を理解することが、貴国の実力を正しく把握する上で重要であると考えております。」
日本代表:
(卓上に広げた地図へ静かに手を伸ばし、指先で日本本土をなぞりながら)
「ご質問の点につきまして、お答えいたします。我が国における基幹資源、すなわち鉄といった主要な材料につきましては、基本的にこの日本本土において採掘されているものとご理解ください。国内各地には鉱山が点在しており、それらを体系的に管理しながら、安定した供給を確保しております。
また、採掘された鉱石は、本土に設置された精錬所において処理され、造船や各種工業に適した形へと加工されております。
我が国としては、資源の供給を外部に依存するのではなく、可能な限り国内で完結させる体制を整えることを重視しております。
現時点においては、本土の鉱山および精錬設備によって、当面の需要は十分に賄える見込みでございます。」
(実際には外地鉱区が主要な供給源であるが、それを強く意識させることは外交上好ましくない。ゆえに、日本側はあくまで「本土供給で足りている」という印象を与える形で説明を行っている。)
(ポルトガル代表団の面々は、その説明を黙って聞きながら、互いに視線を交わす。そこに浮かんでいるのは軽い笑いではなく、むしろ慎重な計算と、わずかな不安であった。彼らはまだ、日本の真の供給網の全貌を掴めていない。それゆえにこそ、その規模の裏側にあるものを測りかねているのである。)
マヌエル代表:
「承知いたしました。では次に、我が国として極めて重要な点についてお尋ねいたします。我々ポルトガルは、数十年にわたりインド洋およびその周辺海域において航路を維持し、交易網を築いてまいりました。そのため、いかなる新興勢力であれ、我々の航路に干渉する可能性がある場合には、大きな懸念を抱かざるを得ません。
率直にお聞きします。
貴国は、我が国の航路に対して干渉、あるいは制限を加える意図をお持ちではない、そのように断言していただけるのでしょうか?」
日本代表:
(わずかに間を置き、静かながらも確信を込めた声で)
「その点につきましては、明確に申し上げます。現段階において、我が国がポルトガルの航路を妨げる意図は、一切存在いたしません。
また、現在のところ我が国はインド洋への進出も行っておらず、当該海域における勢力圏の拡張を目的とした行動も取っておりません。
仮に、航海中に我が国の船舶と貴国の船舶が遭遇した場合であっても、こちらから攻撃を行うことはございません。
我々が重んじているのは対立ではなく、互恵と平穏でございます。
海は本来、すべての者に開かれた場であり、それを無用な争いの場とすることは望んでおりません。」
(その言葉は、誓約のように静かでありながら、揺るぎのない意志を含んでいた。マヌエルはその一語一語を噛みしめるように受け止める。しかし同時に、彼は理解している。外交とは言葉だけで成立するものではないということを。)
マヌエル代表:
「よく理解いたしました。では最後に、改めて交易についてお伺いします。我々ポルトガルにとって、交易は国家の根幹であり、それなくしては存在し得ないと言っても過言ではありません。ゆえに率直に申し上げます。我々は貴国との貿易を強く望んでおります。その再開について、貴国はどの時点を想定されているのでしょうか?」
日本代表:
「ご期待をお寄せいただいていること、深く理解しております。しかしながら、現時点において我が国が最優先としているのは、あくまで内政の整理と国家基盤の確立でございます。行政制度、産業構造、流通網、これらが安定して機能する状態に至るまでは、大規模な対外交易を受け入れることは難しいと判断しております。もちろん、貴国をはじめとする諸国が交易を望んでおられることは、十分に承知しております。我が国としても、その意思に応えたいという思いは強く持っております。ただし、具体的な開始時期につきましては、現段階では未定とさせていただきます。国内の安定が確実に得られたと判断した時点で、段階的に門戸を開放していく考えでございます。」
(マヌエルはその回答を聞き終えると、ほんのわずかに肩を落とし、小さく息をついた。それは落胆というよりも、「やはり今は動かないか」という確認に近い反応であった。)
やがて彼は姿勢を正し、礼節をもって軽く一礼し、静かに席へと戻る。
その表情は落ち着いていたが、その内側ではすでに次の一手が組み立てられている。
現地代理人の配置、情報網の拡張、そして将来の交渉に向けた新たな材料の準備。
ポルトガルは、国家であると同時に商人の国でもある。
機会が閉ざされているならば、別の道を探す。
それが、彼らのやり方であった。




