148話 鉄路は続く
西海岸、山番市を中心に、北へ、南へ、そして東へと伸びる線路は、まるで大地に張り巡らされた血管のように広がっていた。
太平洋から吹きつける潮風が砂塵を巻き上げる。
乾いた風の中をトラックが走り抜け、地平線の彼方には、レールを敷く工兵たちの列が黒い帯のように続いている。
「こっちの枕木、あと二十本だ!急げ!」
「了解!次のレール接続まで二時間で終わらせろ!」
掛け声が飛び交い、鉄のレールが一本、また一本と正確に並べられていく。
金槌の音、ボルトを締めるドライバー、ディーゼル機関車の試運転の汽笛。
乾いた大地に、文明の音が刻まれていく。
その先頭には山番開発局の旗を掲げた指揮車両。
測量班が三脚を据え、緯度と経度を確認しながら、わずかな誤差も許さぬ直線を描き出していた。
山番市。
いまや太平洋沿岸最大の拠点。
かつて仮設の桟橋に過ぎなかった港は、巨大なコンクリート防波堤に守られ、外洋の波を受け止めている。
港湾部ではクレーンが昼夜を問わず動き、鉄材、石材、木材、食料、機械部品が積み上げられる。
ドックには輸送船が何隻も停泊し、太平洋を越えて本土と結ばれている。
都市中心部には電線が縦横に張り巡らされ、夜になれば街灯が一斉に灯る。
砂と岩の大地に、秩序だった光の格子が浮かび上がる。
「東への線路はあとどれくらいだ?」
測量士が地図を広げる。
赤い線は山番市から内陸へ、真っ直ぐに伸びている。
工事監督が指先で示す。
「砂漠地帯の手前まで来ています。もうすぐニューオリンズ隊が東から伸ばしてきた線路と繋がるでしょう。」
その言葉に、周囲の作業員たちが一瞬手を止める。
東西から伸びた二本の線。
それが、ついに接続される。
「ようやく大陸がひとつの道で繋がるわけだな。」
誰かが小さく息を吐く。
太平洋。
メキシコ湾。
大西洋。
それぞれが、これまでは別々の海だった。
だが鉄路が通れば、一両の貨車がその全てを貫く。
山番市から積まれた貨物が、内陸を越え、南東部を経て、遠く北の湖へ届く日も近い。
夕暮れ。
太平洋の水平線が赤く染まり、線路の上に長い影が落ちる。
遠くで、東へ向かう工兵たちの隊列が小さく見える。
彼らはまだ知っていた。
自分たちが打ち込む一本のボルトが、歴史の接続点になることを。
だが確かに、東と西は近づいている。
やがてその日、二つの線路が触れ合う瞬間、この大陸は地理ではなく、構造として、ひとつになるのだった。
その背後では、別の隊が沿岸部のさらに南へと進んでいた。
山番市から離れるにつれ、地面は砂を多く含み、踏み締めれば乾いた音がする。
低い灌木を抜け、起伏の少ない丘陵を越えると、やがて温暖な海岸線が姿を現す。
青い海。
白い波。
そこではすでに、漁港の建設が始まっていた。
桟橋を打ち、魚の加工場を組み上げ、冷蔵倉庫の基礎を固める。
漁船が数隻、試験的に出航し、戻るころには桟橋の上に小さな競り市が立つ。
それは軍港でも大都市でもない。
だが、海と共に生きる拠点。
やがてそこに学校ができ、診療所が建ち、小さな商店街が並ぶ。
町の芽が、砂浜の上に根を下ろし始めていた。
一方、北方。
森林地帯では伐採隊がチェーンソーと機械で木々を倒し、木材はそのまま港の拡張工事へと回される。
入り江を浚渫し、桟橋を沖へ延ばし、防波堤を強化する。
この港は将来的に、羽合や副嶺島への航路を結ぶ中継地となる計画だった。
太平洋を横断する航路網の節点。
山番市を中心に、海もまた網のように結ばれていく。
工事現場の隅。
若い測量士が双眼鏡を覗き込み、遠く伸びる線路を追った。
「数年前、ここにはただの荒れ地しかなかったんだよな。」
その言葉には、まだ信じきれないという響きがあった。
隣の工兵が頷く。
「ああ。けど今じゃ海から山まで鉄の道が通る。次は大陸のど真ん中だ。日本の鉄道が、新大陸を貫く日も近い。」
彼らの背後で、ディーゼル機関車がゆっくりと動き出す。
白煙が夕空に溶け、レールが鈍く光る。
夜。
山番市の街に灯がともる。
整然と並ぶ街灯。
港の照明。
倉庫の窓から漏れる明かり。
太平洋の風が吹き抜け、遠くで汽笛が鳴る。
港に停泊した輸送船の甲板から、整備士の一人が東の闇を見つめて呟く。
「いずれ、この道が大西洋まで続くのかな」
その問いに答える者はいない。
だが、誰も否定もしない。
東西から伸びる鉄路は、いま確実に距離を縮めている。
かつて辺境と呼ばれた西海岸。
だが今、そこは終端ではない。
海へ開き、内陸へ伸び、南北を結ぶ。
港は門となり、鉄道は脊椎となる。
山番市は、太平洋の果ての町ではなく、大陸を繋ぐ新たな文明の玄関口として、静かに、しかし力強く動き始めていた。




