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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草


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130話 石油基地

黒き血脈 ― 石油輸送艦隊と房総備蓄基地 ―


冬の終わり、アンカレッジ港の湾内に、黒光りする巨大な船体がずらりと並んだ。

凍てつく海面に、その影が重く揺れている。


艦首には「日本国油槽艦隊第一船団」と記された白文字。

総計十五隻。

うち十隻が二百五十メートル級の大型タンカー、残り五隻は補給艦と護衛艦である。


氷の港に、壁が並ぶような光景だった。


艦隊司令の桐原が、出航前の甲板で声を張り上げる。

冷たい風が軍帽を揺らす。


「我々の任務は、北の血を日本へ運ぶこと! 一滴も無駄にするな!」


整然と並ぶ乗組員たちは、敬礼を返した。

彼らの背後には、満載された原油が静かに揺れている。

タンク内の液体は、巨大な心臓の鼓動のように

船体へ圧を伝えていた。


各艦のエンジンはすべてディーゼル駆動。

寒冷地航海で鍛えられた信頼の機構だ。

機関室では低い振動が床を震わせ、重厚な回転音が規則正しく続く。


燃料は、航海距離と海況を考慮して搭載量が細かく計算される。

司令艦の機関室で、機関士が圧力計を睨みながら呟いた。


「人の制御なしでここまで動く、まるで生き物みたいだ。」


巨大な船体は、確かに一つの生命体のようだった。

鋼鉄の背骨、配管という血管、そして黒い原油という血液。


港を離れると、艦隊はアリューシャン列島沿いを南下し、北太平洋へ進む。

空は灰色に閉ざされ、波は容赦なく船腹を叩いた。


高波が甲板を洗い流すたび、白い飛沫が空へ舞い上がる。

だが各艦の船体は厚い鋼板で補強され、重心も低く設計されている。

船員たちは安全を確保しながら平然と作業を続けた。


目指すは東京湾。


数日後、海の色がわずかに変わる。

水温は上がり、風も柔らいだ。

そして房総半島沖に到着する。


曇天の下、房総半島沿いの岬にはすでに巨大な桟橋が姿を現していた。

沖合へ長く突き出した鋼鉄の構造物。その背後には、丘陵を削って造成された広大な用地が広がっている。


それが、房総石基地の第一期施設であった。


丘の斜面には、巨大な円筒形タンク群が整然と並び始めている。

まだ建設途中のものもあるが、完成済みの数基はすでに受入準備を整えていた。


桐原は双眼鏡を下ろし、静かに言う。


「ついに、本土まで血が通う。」


艦隊は減速し、順次接岸態勢へ入る。

タグボートが寄り添い、

巨大な船体を慎重に桟橋へ導く。


やがて一本目のタンカーが接岸。

係留索が張られ、陸上施設との接続準備が始まった。


黒き血脈は、氷の北から、荒海を越え、いま日本本土の大地へと触れようとしていた。


「見ろよ、まるで鉄の森だ」


若い通信士が双眼鏡を下ろし、息を呑んだ。


眼下には、幾重にも並ぶ銀色のタンク群。

夕暮れの光を受けて鈍く輝き、まるで金属でできた森が地平線まで続いているかのようだった。


地面には新設のパイプラインが縦横に走り、規則正しい曲線と直線が交差する。

その合間を、タンクローリーが蟻のように行き交っている。

クラクションとエンジン音が重なり、巨大施設はすでに一つの都市のように脈動していた。


艦隊の先頭がゆっくりと接岸する。

タグボートが寄り添い、慎重に位置を調整。

巨大ホースが吊り下ろされ、接続が確認される。


やがて、黒い原油が日本の地に流れ込み始めた。


太い管を通る低い振動が桟橋を伝い、陸上の受入ポンプが応答する。

計器の針がゆっくりと上昇し、流量が安定値へと達する。


備蓄基地の司令棟では、国土交通省とエネルギー局の職員が有線通信で各地と連絡を取り合っていた。


「タンク一号、注入開始。流量良好」

「二号タンク、圧力安定」

「第三船、接続準備完了!」


壁面の系統図には、赤いランプが次々と点灯していく。

それは血流が巡り始めた証のようだった。


房総基地は、東京湾の湾外に位置する。

湾内施設が万一機能を失っても、単独で受入・貯蔵・再輸送が可能な設計だ。


地上の巨大タンク群の下、地下には岩盤層を利用した水封式の貯蔵トンネルが張り巡らされている。

厚い岩盤に守られた空間は、地上容量の十倍にも及ぶという。

温度変化が少なく、外部衝撃にも強い。

それは最後の備えとして設けられた巨大な肺だった。


夜。


基地上空には赤い警告灯が灯り、規則正しく明滅する光が闇に浮かぶ。

沖合の灯台が海面を照らし、穏やかな波に光の道を描いた。


輸送艦隊の乗組員たちは交代で岸に上がり、基地の食堂で温かい飯を囲んでいる。

湯気の立つ味噌汁、白い米、焼き魚。

長い航海の後には、それだけで十分だった。


「これが、祖国の光ってやつか」


窓越しに見えるタンク群を眺めながら、若い機関士が呟く。


「ただの港じゃない。未来へ送り出す心臓だ」


誰かが静かに応じた。


その声を聞きながら、司令の桐原は黙って頷く。


北の氷原で始まった一本の線は、荒海を越え、いま確かにこの大地へ繋がった。


黒き血脈は、もはや構想ではない。


それは現実の流れとなり、日本の心臓へと通い始めたのだ。

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