表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

123/129

123話 日本の血液

プルードベイ ― 氷原の果ての黒き眠り


吹き荒ぶ吹雪が、世界を白一色に塗りつぶしていた。

空と地面の境目は消え、風が巻き上げる雪煙だけが視界を満たす。

極北の空はどこまでも鈍色で、太陽の位置さえ判然としない。

その中を、キャタピラを軋ませながら前進する車列があった。

雪を噛み砕く重い振動が、車体を通して足元へ伝わる。


先頭には、氷雪地帯専用のブルドーザー〈日本国建機6号〉。

厚い鋼板と幅広の履帯が凍原を踏みしめ、

吹き溜まりを押し分けながら進路を切り開く。

続くは燃料を満載したタンクローリー。

最後尾には調査班の移動研究車が、揺れに耐えながら追従していた。

車列は互いの姿を見失わぬよう、一定の距離を保ちながら進む。


「エンジン、温度降下! 冷却水が凍る!」

無線が割れ、運転手の声が焦りを帯びる。

次の瞬間、後方ハッチが開き、整備班が飛び出した。

外気温は氷点下二十度。

息は瞬時に白く凍り、頬に刺すような痛みが走る。

工具を握る手袋の内側まで冷気が染み込み、指先の感覚が薄れていく。


隊長が顔を覆う布越しに叫んだ。

「予備の加熱器を回せ! 油圧ホースを凍らせるな!」

整備兵が素早く配管を確認し、携帯加熱器を接続する。

エンジンの回転が落ちかけた瞬間、再び低い唸りが立ち上がった。

その振動が車体を震わせると、皆が小さく安堵の息を漏らした。


昼夜の区別が曖昧な極地での行軍は、人の精神を静かに削っていく。

視界を奪う吹雪、霜で曇るゴーグル、風に消される足跡。

方角を失うたび、彼らは方位磁針と地図を確かめ、互いの存在を確かめ合うように声を掛け合った。

信頼できるのは仲間と機械、そして凍土の下に眠るはずの資源だけだった。


三週間目の朝。

吹雪がわずかに弱まり、灰色の海岸線が姿を現した。

氷に縁取られた波打ち際。

その先に広がるのは、果てしない白。

地質学者が雪上に膝をつき、手斧で凍りついた地面を慎重に削る。

削り取られた雪の下から、淡い黒色の粒がわずかに光を帯びて顔を覗かせた。


「見つけた。これは、油だ」


その一言が、凍りついた空気を震わせる。

隊員たちは互いの顔を見合わせ、次の瞬間、歓声が上がった。

声は吹きさらしの海岸に吸い込まれ、しかし確かにその場に響いた。


周囲の地形を確認し、第一採掘予定地と定めた。

旗が一本、雪原に打ち込まれた。

報告を受けた東京から無線が入る。


『よくやった。ここを北方資源開発の要とする。調査基地を設置し、凍土層下のデータを集めよ。』


その声は遠く離れた本土から届いたが、隊員たちの胸にははっきりと響いた。


翌日から建設が始まった。

雪上に打ち込まれる鋼鉄の杭。

凍土を溶かしながら基礎を固定し、持ち込まれたプレハブの骨組みが次々と組み上げられる。

資材は最低限。

だが、必要なものは揃っていた。


風に叩かれながらも、隊員たちは黙々とボルトを締め、断熱板を張り巡らせる。

やがて白い平原の中に、鋼鉄の柱で支えられた石油調査基地〈北方第一観測所〉が姿を現した。

それは氷原に浮かぶ小さな砦のようだった。


建物の内部は二重構造。

壁の間には断熱材が詰められ、温熱管が静かに熱を巡らせる。

発電機の排熱を利用して暖を取り、室内では測定器が低く唸りを上げていた。

窓の外では雪が舞い続けているが、中では人の気配と機械の鼓動が確かに息づいている。


「ここが、俺たちの最果ての家か」

隊長が静かに呟く。

分厚い窓越しに、白い地平を見つめる。


誰かが笑いながら答えた。

「帰る頃には、この白い地面の下から金塊が湧き出してるかもしれませんね」


その言葉に、数人が肩をすくめて笑う。

だが視線の先には、確かに眠る黒き国家の血液がある。


氷の下に閉ざされた資源。

それを目覚めさせるための第一歩が、今、静かに刻まれたのだった。


 夜。


小さな観測所の窓からは、オーロラがゆらりと揺れていた。

緑と紫の光が静かに空を流れ、凍りついた海と雪原を淡く照らしている。

昼間は荒れ狂っていた風も、今は嘘のように静まり、極地特有の深い静寂があたりを包んでいた。


観測所の室内では、発電機の低い唸りが絶えず響いている。

暖房管を巡る温水の微かな振動、計測器の規則的な点滅。

その人工的な音だけが、この白い世界に人間が存在している証だった。


長机に向かう調査員たちは、分厚い防寒着を脱ぎ、湯気の立つ金属製カップを脇に置きながら、黙々と報告書を書き上げていく。

ペン先が紙を擦る音が、やけに大きく感じられた。


油層の可能性大。

 凍土下、試掘準備開始予定。

 地盤安定処理、継続中。


レポートを書き上げる音が室内に刻まれる。

測定された地質データ、温度変化、掘削可能深度の推定値。

一つひとつが、未来の巨大事業の基礎となる数字だった。


窓の外では、オーロラがさらに明るさを増し、夜空をゆっくりと波打つ。

若い技術員が顔を上げ、小さく呟いた。

「こんな景色の下で地面を掘るなんて、誰が想像したでしょうね。」


隣の主任は微笑しながら答える。

「百年後には、この光景も歴史書の一行になるさ。」


翌朝からは、具体的な動きが始まった。

試掘地点の周囲では地盤改良が進められ、凍土を安定させるための鋼管杭が慎重に打ち込まれる。

掘削機材の組み立てが行われ、凍結を防ぐための加温装置が設置された。


同時に、未来を見据えたインフラ整備も始まる。

パイプライン予定地には目印の杭が並び、白い地平に一本の線が引かれていく。

それはやがて千キロ先の港へと繋がる、黒い血管の原型だった。


さらに、観測所から南へ向けて

仮設の道路が少しずつ延ばされていく。

ブルドーザーが雪を均し、凍土の上に砕石を敷き詰める。

将来の鉄道敷設も視野に入れ、測量隊はルートを慎重に選定していった。


夜になれば作業は止まるが、計画は止まらない。

地図の上には赤線が引かれ、机上で次の工程が練られる。


こうして、日本国の北方資源計画は、ただの夢物語ではなく、数字と鉄と汗によって形を帯び始めていた。


極寒の地。

吹雪と氷に閉ざされた世界。


しかしその中心で、小さな観測所の灯りは消えない。


それは、凍土の下に眠る黒き資源と、未来へ続く道を信じる者たちの灯火だった。


北の果てで刻まれたその一歩は、やがて日本全土を巡る大きな鼓動へと変わっていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ