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明賢の物語(日本建国物語)正式版  作者: 大和草


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103話 日本領羽合

ハワイへの上陸


 嵐を越えて数日後。

 荒れ狂っていた海は、まるで何事もなかったかのように静まり返った。


 重く垂れ込めていた雲は薄れ、水平線の向こうには、久しく忘れていた青空が戻ってきていた。

 艦隊の甲板には、安堵と疲労が入り混じった空気が漂う。


 そのときだった。


 前方を見張っていた水兵が、声を張り上げた。


「陸影!東南東の方角に、陸影を確認!」


 一瞬、艦橋が静まり返り、次の瞬間、抑えきれない歓声が湧き起こった。


 双眼鏡が一斉に掲げられ、陽炎の向こうに、黒く、しかし確かな影が浮かび上がる。


 やがてその影は、深い緑をまとった島の輪郭へと変わっていった。


 木々の密集した山並み、白く縁取られた浜辺、そして、その背後に広がる濃い青の空。


 それは、ハワイ諸島。


 日本国が、太平洋を越えて初めて踏み入れる、未探索の地だった。


 誰もが言葉を失い、ただその姿を見つめていた。


 「本当に、あったんだな」


 誰かの呟きが、潮風に溶けて消えた。


ハワイ上陸


 艦隊は慎重に進路を取り、島影に近づくと同時に上陸準備が始まった。


 上陸班が選抜され、小舟がクレーンで静かに降ろされる。

 武装は最小限、代わりに測定器具と医療品が多く積み込まれていた。


 小舟が波を切り、白い砂浜へと近づいていく。


 潮風には、これまで嗅いだことのない甘さが混じっていた。

 南国特有の花と、熟した果実の香りだ。


 浜辺の上空では、見慣れぬ色の鳥たちが甲高く鳴きながら舞っている。


 砂に足が触れた瞬間、兵士たちは思わず息を呑んだ。


 「まるで、楽園のようだ」


 医務官の一人が、思わずそう呟いた。


 だが、中将はすぐに現実へと引き戻す。


 「浮かれるな。まずは水質だ」


 静かだが、揺るぎのない声だった。


 「飲めるかどうか。それが、ここで生きられるかどうかを決める」


 医療班が即座に動き、携帯型の測定器を手に、島の内側へと流れる川の水を採取する。


 数分の沈黙、誰もが固唾を飲んで結果を待った。


 「問題なし。不純物は基準値以下。清浄です」


 その報告が届いた瞬間、ようやく兵たちの表情が緩んだ。


 小さな安堵の笑みが、浜辺に広がっていく。


 やがて、島の奥から人影が現れた。


 褐色の肌をした原住民たちが、遠巻きにこちらを見つめている。

 驚きと警戒、そして抑えきれない好奇心。


 敵意は感じられなかった。


 通訳として同行していた言語学者・田嶋が、一歩前に出て、両手を広げる。


 「我々は、争うために来たのではない」

 ゆっくりと、言葉を選びながら話しかける。

 「この海を渡り、友を求めてやってきた者だ」


 しばらくの沈黙の後、老いた首長が前に出てきた。


 深い皺の刻まれた顔で、彼は穏やかに笑った。


 「海の向こうの人間が、風に乗って来たか」


 その言葉に、場の緊張が静かにほどけていった。


 その夜、艦隊は浜辺に小さな灯を点し、原住民たちと共に火を囲んだ。


 歌があり、素朴な踊りがあり、果実と魚が分け与えられる。


 言葉は完全には通じなくとも、笑顔と身振りだけで、互いの意思は十分に伝わった。


 焚き火の傍らで、中将は空を見上げる。


 ここでも、星は変わらず輝いている。

 だが、その並びは、確かに日本の空とは違っていた。


 「この航海が、世界と日本を繋ぐ、第一歩になる」


 その呟きは、誰に聞かせるでもなく、夜風の中に溶けていった。


 海風が吹き、焚き火の煙が、ゆっくりと夜空へ昇っていく。


 太平洋の只中で、日本は初めて、地面に足を下ろしたのだった。


 ハワイ先遣隊の拠点建設


 上陸から三日目。

 島の空気にも、ようやく「外から来た者たち」の気配が溶け始めた頃だった。


 中将の指揮のもと、第一先遣隊、約百五十名からなる海兵隊工兵と学術班は、

 最初に降り立ったハワイ島を離れ、さらに西方に位置するオアフ島へと移動した。


 小舟と輸送艇が何度も往復し、人員と資材が慎重に運び込まれていく。


 彼らが目をつけたのは、島の南岸に深く食い込む、大きな湾だった。


 湾口は狭く、内部は広い。

 外海の波は自然と弱められ、台風や高波の影響も受けにくい。


 背後には緩やかな丘陵が連なり、見張りと防衛、どちらにも適した地形。


 測量士が水深と地形を確認し、慎重に報告を上げた。


 「この湾ならば、大型艦も複数、安全に停泊できます。天然の防波効果も申し分ありません」


 前田中将は、地図と実際の景色を見比べ、ゆっくりとうなずいた。


 「この湾を、我らの洋の扉とする」


 その一言で、この場所の運命は定まった。


 ここが、羽合ハワイの湾、のちに「真珠湾」と呼ばれる地である。


 作業は、即座に始まった。


 まず最優先されたのは、防衛と安全確保だ。


 海兵隊工兵たちは周囲の地形を利用し、簡易的な防衛線を張り巡らせた。

 高台には見張り台を設置し、湾口を一望できる位置に監視兵を配置する。


 同時に、周辺の森林から木材を伐り出し、仮設の埠頭が組み上げられていく。


 木槌の音、鋸の音、掛け声が、これまで自然の音しかなかった浜辺に響いた。


 次に、淡水の確保。


 湾近くを流れる川のほとりに天幕が張られ、浄水装置が設置される。

 発電機が据え付けられ、試運転のためにエンジンが回された。


 夜、発電機が安定稼働に入ると、初めて電灯が灯された。


 闇の中、白い光が、ぽつり、ぽつりと浜辺に浮かび上がる。


 それは、この島では見たことのない光だった。

 月でも、焚き火でもない。

 人の手で生み出された、制御された光。


 「明かりが、夜を追い払ってるな」


 若い兵士が、思わずそう呟いた。


 「まるで太陽を、小さな箱に閉じ込めたみたいだ」


 隣で木材を運んでいた工兵が、肩をすくめて笑う。


 「日本本土じゃ、もう当たり前になりつつあるさ」


 そして、少し真面目な顔で続けた。


 「だが、この島にとっては、夜が、初めて終わった瞬間だろうな」

 

現地調査


 拠点建設と並行して、学術班による本格的な現地調査が始まった。


 地形、土壌、降雨量、風向き。

 植物の種類と生育速度。

 病害虫の有無。


 火山性の黒い土は驚くほど肥沃で、短期間の試験栽培でも作物の成長が早かった。


 「降雨量も十分。この土地は、耕せば必ず応えてくれます」


 植物学者の報告に、農業担当官も深くうなずく。


 「ここでパイナップルやサトウキビを栽培できれば、補給地としても、貿易拠点としても、価値は計り知れません」


 報告を受けた前田中将は、即座に地図を広げ、湾とその周辺に印をつけた。


 「港と農地、どちらか一方では意味がない」


 静かだが、断定的な声だった。


 「両立させる。この島は、日本国の太平洋拠点になる」


 さらに科学班は、湾内の潮流と水深を詳細に観測した。


 「潮の流れは穏やか。干満差も小さい。補給艦の常駐に問題はありません」


 その言葉を聞いた瞬間、前田中将は迷いなく命じた。


 「ならば、小規模でもいい。ここにドックを造れ」


 海軍工兵たちは即応し、鉄骨と木材を組み合わせ、簡易ながらも実用的な施設を築き始めた。


 桟橋。

 燃料タンクの基礎。

 冷蔵設備用の発電小屋。


 どれも小さく、仮設に近いものだった。


 だが、それらは確かに、後に巨大な軍港へと成長する、真珠湾基地の原型だった。


 誰も、この時点ではまだ知らない。

 だが、この静かな湾で灯った小さな光が、やがて太平洋の運命そのものを左右することになる。


 すべては、この百五十人と、一つの決断から始まったのだった。


 原住民との交渉


 上陸から日を重ねるにつれ、島の原住民たちは、遠巻きに日本国の動きを観察していた。


 最初は丘の陰から。

 次は林の縁から。

 やがては浜辺の向こう側から。


 彼らの視線には、警戒と疑念が混じっていた。

 それも無理はない。

 この海を越えてやって来た者たちは、これまで例外なく「奪う者」だったからだ。


 しかし、日本国の兵たちは違った。


 家屋を壊さない。

 畑に踏み込まない。

 武器を振りかざさない。

 必要な物は必ず交換し、勝手に持ち去ることは決してなかった。


 発電機の音が夜に響いても、その光が原住民の集落に向けられることはない。


 奪わぬ者たち。


 その事実が、少しずつ、確実に、島の空気を変えていった。


 数日後。

 首長カイレオは、前田たちに使者を送った。


 「話がしたい」


 それは拒絶ではなく、初めて示された扉だった。


 前田中将は武装を最小限に抑え、通訳の田嶋と数名の随員だけを連れて、首長の集落へ向かった。


 集落の中心には、草葺きの大きな家があった。

 柱には彫刻が刻まれ、天井からは乾燥させた魚や木製の装飾が下がっている。


 そこは、この島の「言葉と決断」が集まる場所だった。


 中では、椰子の実から作った酒と、色鮮やかな果実が振る舞われた。


 敵意も、過剰な歓迎もない。


 ただ、互いを測る静かな時間。


 通訳の田嶋が、慎重に言葉を繋いだ。


 「我らは、この地を奪うために来たのではありません。共に生き、共に海を渡るために来ました」


 言葉が、ゆっくりと島の言語へと変換される。


 カイレオは腕を組み、長い沈黙ののち、低く深い声で答えた。


 「海の向こうから来た者たちは、いつも同じ言葉を使った」


 一瞬、空気が張り詰める。


 「だが、彼らは欲を持ち、我らの土地を奪い、やがて剣を抜いた」


 視線が、前田を射抜く。


 「お前たちは違う」


 その言葉に、前田中将はわずかに目を細めた。


 「灯りをともしても、我らの家を焼かぬ。道を作っても、我らの墓を踏まぬ」


 カイレオは、初めて、穏やかに笑った。


 「だから、話をしようと思った」


 彼は立ち上がり、家の外へと中将を導いた。


 夜の湾が、静かに広がっている。

 月光が海面に反射し、小さな波が白く揺れていた。


 「この湾を、我らはマカリ・カイと呼ぶ」


 田嶋が即座に訳す。


 「静かな海という意味だ」


 「お前たちの船が、この海に静かに泊まるなら、我らは歓迎しよう」


 それは条約でも、文書でもない。


 だが、この島で最も重い約束だった。


 その夜、浜辺には大きな火が焚かれた。


 兵士たちと島民が輪になり、太鼓が打ち鳴らされ、歌と踊りが交わされる。


 日本の節と、島の旋律が重なり合い、不思議な調和を生んだ。


 太鼓の音が、波の音と溶け合う。


 焚き火の向こうで、日本国の旗が夜風にはためいていた。


 それは征服の旗ではなく、ここに「在る」ことを示す標だった。


真珠湾の夜


 夜が更け、月は高く昇った。


 海面に映る光が揺れ、湾はまるで磨かれた石のように静まり返る。


 桟橋には燃料ドラムと木箱が整然と並び、遠くでは発電機の低い唸りが、この地に新たな時間が流れていることを告げていた。


 副官の田中清一郎が、その光景を見渡して呟く。


 「これが、太平洋の最初の灯ですか」


 中将は、しばし無言で湾を眺め、やがて静かに頷いた。


 「そうだ。ここから南も、西も、すべてが繋がっていく」


 そして、低く告げる。


 「この湾を真珠湾と呼ぼう」


 「夜の海に光る、一粒の真珠のように」


 その名は、まだ地図にも、歴史書にも載っていない。


 だがこの夜、確かに生まれた。


 真珠湾、それはまだ、ただの静かな入り江にすぎなかった。


 しかしこの瞬間から、日本国が世界へ踏み出す航路の心臓として、確かな鼓動を打ち始めたのである。

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