14:『寂しい』
「奥様に、お話ししておきたいことがあって」
そうシャルルから切り出されたのは、あの事件から数日後のことだった。
エリセーヌとシャルルは、ヴァルデン家に仕えて長いという初老の家令も交えて、中庭の一角にあるベンチに腰を下ろしていた。
シャルルと家令は「奥様と一緒の席など!」と固辞していたけれど、エリセーヌが強引に座らせた。
「僕は、ルアン村の生き残りなんです。以前はお話しできなくて、すみませんでした」
シャルルの言葉に、エリセーヌは目を見開いた。
「ルアン村って、だってそれ……」
「はい。坊っちゃまが村人を殺したと言われている、あの村ですよ」
エリセーヌの質問に答えたのは家令だった。シャルルは遠く、東の空を見つめた。
「……シャルルが生きているということは、あの噂は偽りなの?」
「すべてが偽りではありません。今の奥様は、噂に惑わされず、坊っちゃんの傍にいて下さる。だから、村に起きた事実を知っておいて欲しい……今の我々は、そう思います」
家令は眼差しをエリセーヌへと向けた。一見穏やかだけれど、その裏でエリセーヌを見定めるような、隙のない目。
エリセーヌがリヒトの心を測ったのと同じく、彼らもまた、エリセーヌが信頼に足る人物か確かめようとしている。そう感じた。
「わかりました。聞くわ」
エリセーヌは誠意をもってはっきりと頷いてみせた。ふたりの表情が、少しだけ和らぐ。
語り始めたのは、シャルルだった。
「5年前、リヒト様は帝国軍人として村に来ました。彼は僕たち住民に手荒な真似はせず、ここは戦場になるからヴァルデン家の領地に引っ越せと言って下さいました。……でも、村で戦いが起こってしまったのです」
エリセーヌはあの廃墟を思い出して、胸が締め付けられるように苦しくなった。
「王国の兵が村に紛れていたのです。坊っちゃんは帝国への抵抗を唱える彼らだけを排除し、平穏を取り戻そうとしました。ですが、坊っちゃんが剣を振り下ろした瞬間、兵を庇った女性がいたのです」
家令の言葉に、エリセーヌはぎゅっとドレスを握りしめた。
「……その場で亡くなった彼女は、武器を持たない一般人でした。恋人か、夫婦だったのでしょうね」
「……そんな、ことが……」
エリセーヌは、それだけ言うのが精一杯だった。真実を確かめたあの夜の、リヒトの揺れる瞳を思い出して、息ができなくなりそうだった。
「村の暴動を鎮めたリヒト様は、約束通り僕たちに住み処と仕事をくれて、帝国で生きていけるようにしてくれたんです。その代わりに、王国側では村人を皆殺しにしたと、中傷されることになってしまって……」
「村が焼かれて、村人が姿を消した。だから王国は、勝手にリヒトを犯人だと決めつけたのね」
彼の性格なら、噂を否定しないだろうと思った。彼の行動で、民の命を奪ってしまったのは――事実だから。
「……教えてくれて、ありがとう」
エリセーヌは立ち上がった。
「奥様……」
シャルルが心配そうにエリセーヌを見上げた。真実を話したことが正しかったのか悩んでいる少年に、エリセーヌは微笑みかける。
「事実を聞いたくらいで意見を変えたりしないわ。……でも、私はもしかしたら、彼にひどいことをしてしまったのかも」
パメラからリヒトを庇って前に立った時、彼はきっと5年前の出来事を思い出したはずだ。それを思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ちゃんと、謝らなきゃね」
そうふたりの前で宣言して、エリセーヌも東の空を見上げた。
*
パメラは今日、王国へと送還される。
公爵家嫡子を狙うなど、本来なら赦されざる罪だ。しかし帝国皇帝からリヒト殺害の許可が出ていたことと、何よりもリヒト本人が「厳罰は望まない」と言ったことで、かなり減刑されていた。
パメラはエリセーヌ付きの侍女という役職を失い、数年の奉仕労働と多額の罰金が課されたらしい。
パメラは衛兵たちに拘束されたまま、ヴァルデン公爵邸の正門前に姿を現した。
その表情は暗い。見送りに来ていたエリセーヌとリヒトを見て、パメラは息を呑んでいた。
「……姫様」
「パメラ。今までありがとう。……次は、間違えないでね」
エリセーヌが言うと、パメラはふたりに向かって深々と頭を下げた。
「姫様、閣下、申し訳ありませんでした」
それだけ言い残して、パメラが迎えの馬車へと連れられていく。彼女はもう、こちらを振り向かなかった。
馬車の扉が閉じる。窓からパメラの俯いた顔が見えたけれど、そのまま視線は交わることなく馬車が動き出す。
エリセーヌとリヒトは、遥か東へと向かう馬車を見送った。
「……寂しいか?」
馬車が道の向こうに消えてしまってから、リヒトがぽつりと呟いた。その目はエリセーヌへと向けられている。
(寂しくないと言ったら、それは嘘だけど……)
ちらっとリヒトを横目で見る。
「……シャルルもいるし、他にも村の生き残りがここで働いているんでしょ? だから、寂しいなんてことはないわ」
そう言ってみせたら、リヒトは何とも言えない妙な顔をしていた。不満そうに唇を尖らせかけた子供が、表情を取り繕っているような顔。
エリセーヌは笑う。
「なにその顔。まさか、自分の名前が挙がらなくて『寂しい』の?」
聞いてみたら、ふいっと視線を逸らされた。図星らしい。
(なによ。かわいいところもあるのね?)
エリセーヌが『攻撃』に出たことで、今夜もしかしたら逆襲に遭うかもしれないけれど――
それでもいいと思うくらい、リヒトの隣にいたいと思い始めている自分に、今ようやくエリセーヌは気が付いた。




