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コード:ヴァニタス ~魔術絶対の階級社会を、魔術無効の「虚無」が飲み込む〜  作者: 上ノ空
ゼロの廃棄物

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第7話:遭遇 魔剣ヴァニタス、体温を喰らう白き悪魔

いつも応援ありがとうございます。


最新話を更新しました。 最後までゆっくりとお楽しみください!


その剣は、まるで死んでしまった誰かの骨のように、静かに突き刺さっていた。


祭壇の上に積まれた瓦礫の山。

その頂点で、周囲の青白いこけの光を拒絶するかのように、異質な「白」がたたずんでいる。


俺は、ふらふらと吸い寄せられるように足を運んだ。

一歩近づくたびに、空気が変わっていくのが分かった。


ヒュオオオ……。


風など吹いていないはずなのに、耳元で低い風切り音が聞こえる。

それは空気の流れる音ではない。

何かが、この空間の熱を吸い込んでいる音だ。


肌にまとわりついていた湿気が、急速に冷えていく。

濡れていた服が、パリパリと音を立てて硬くなり始めた。


(寒い……)


俺は無意識に両腕を抱いた。

さっきまで泥の海で感じていた生温かい湿度が、嘘のように消え失せている。

吐く息が白い。

いや、白を通り越して、ダイヤモンドダストのようにキラキラと凍りついて落ちていく。


俺は立ち止まり、目の前の「それ」を見上げた。


剣だ。

間違いない。

けれど、それは俺が絵本や騎士団の腰に見たことのある、輝く鋼の剣とは似ても似つかない代物だった。


刀身の全てが、包帯のような白い布で幾重にも巻き付けられている。

その布は、泥汚れひとつなく、病的なまでに清潔な白さを保っていた。

まるで、重傷を負った怪我人に巻く包帯のような。

あるいは、死体をミイラにするための白装束のような。


不気味だった。

生きているのか、死んでいるのかさえ分からない。

ただ、その布の隙間から、飢えた獣の視線のような気配が漏れ出している。


(逃げろ)


俺の本能が、警鐘を鳴らした。

背筋に冷たい電流が走る。

全身のうぶ毛が逆立ち、胃袋がキュッと縮み上がる。


あれは、武器じゃない。

人が扱っていい道具じゃない。

触れれば、タダでは済まない。

俺ごときの「器」では、瞬きする間に中身を空っぽにされてしまう。


足がすくむ。

膝が震える。

動物としての生存本能が、全力で「回れ右」を命じている。


けれど。

俺の目は、その白い剣から離れなかった。


(綺麗だ……)


恐怖と同じくらい、いや、それ以上に強烈な魅力を感じていた。

この薄暗い、死に絶えた地下都市の中で。

あの剣だけが、鮮烈な「意志」を持ってそこに在る。


俺と同じだ。

世界から弾き出され、忘れ去られ、それでも執念深くここに突き刺さっている。


「……お前も、一人か?」


俺は、白い息を吐きながら問いかけた。

声が震える。

寒さのせいだけじゃない。

これから自分が犯そうとしている禁忌への、武者震いだった。


「お前も、ここでずっと……誰かが来るのを待っていたのか?」


剣は答えない。

ただ、シーンとした静寂の中で、白い包帯が微かに揺らいだ気がした。


俺は、ゆっくりと手を伸ばした。

泥だらけの、あかぎれだらけの指先。

それが、白いつかに向かって近づいていく。


あと、数センチ。

指先が、剣の放つ冷気の結界に触れる。


ビリビリビリッ!


静電気のような痛みが走った。

警告だ。

これ以上近づくなという、最後の警告。


俺は息を止めた。

心臓が、肋骨を叩き折るような勢いで暴れている。

怖い。

死ぬほど怖い。


でも、戻れない。

ここで逃げ出して、また泥の中で震えるだけのネズミに戻るのか?

ヘリオスを見上げながら、無力感に泣くだけの人生に戻るのか?


(嫌だ……ッ!)


俺は奥歯を噛み締めた。

口の中に鉄の味が広がる。

恐怖を、怒りでねじ伏せる。


俺は手を止めなかった。

震える指を、無理やり前へ押し出す。


ガシッ。


俺の両手が、剣の柄を掴んだ。


その瞬間。

世界が、凍結した。


「――――ッ!?」


声にならなかった。

悲鳴を上げようとした喉が、一瞬で凍りついて張り付いたからだ。


痛い。

冷たいという次元を超えていた。

液体窒素の中に手を突っ込んだような、細胞の一つ一つが内側から破裂していくような激痛。


「が、ぁ……ッ、あ、あ……!!」


俺は目を見開いた。

自分の腕を見る。


変化は、劇的だった。


剣を握った指先から、白いしもが猛スピードで這い上がってくる。

血管の中を流れる血が、シャーベット状に凍っていくのが分かる。

赤い血色が失われ、俺の腕が、死人のような青紫色に変色していく。


そして。


ズルリ……。


音がした。

剣に巻かれていた包帯が、まるで生きている蛇のようにうごめき、解けたのだ。


(な、んだ……これ!?)


解けた包帯は、重力に逆らって鎌首をもたげると、俺の腕に絡みついてきた。

布の感触ではない。

乾燥した爬虫類の皮膚のような、ザラザラとした感触。


シュル、シュルルッ。


包帯が、手首を、肘を、そして二の腕を締め上げる。

食い込む。

肉にめり込む。


「い、た……っ!」


皮膚が裂ける。

血がにじむ。

けれど、その血は流れ落ちる前に凍りつき、赤い氷の粒となって砕け散った。


吸われている。

分かる。

こいつは、俺の「熱」を吸っているんだ。


俺の体温。

俺の生命力。

俺が生きて動いているというエネルギーそのものを、ストローで吸い上げるようにむさぼっている。


ドクン、ドクン、ドクン……。


心臓の鼓動が遅くなる。

体温が急激に低下し、視界が白くかすんでいく。

低体温症の末期症状。

眠い。

寒い。

このまま目を閉じれば、楽になれる。


『……足りない』


頭の中に、声が響いた。

耳から入ってきた音じゃない。

凍りついた脳髄に、直接響いてくるノイズのような声。


低く、かすれた、飢えた声。


『……ぬるい』

『もっと、熱を』

『お前のを、全部よこせ』


「……は、は」


俺の唇が、引きつった笑みを作った。

感覚がない。

もう、自分の顔がどんな表情をしているのかも分からない。


でも、分かったことが一つある。

こいつは、俺と同じだ。


飢えている。

何かを求めて、渇いて、狂っている。


「……いいぜ」


俺は、凍りついた喉を無理やり震わせて、言葉を吐き出した。

白い塊となった呼気が、ボロボロと口からこぼれ落ちる。


「腹が、減ってるんだろ……?」


俺は、グリップを握る手にさらに力を込めた。

指の骨がミシミシと音を立てる。

皮膚が剣の柄に氷結し、完全に一体化する。


「食ってみろよ……」


俺は、自分の中に残っている最後の熱を、かき集めた。

それは体温じゃない。

生きる希望でもない。


怒りだ。

あの日、両親を焼かれた業火の記憶。

レオを砕いた時の、胸を焦がすような罪悪感。

そして、ヘリオスへの、世界そのものへの、ドロドロとした憎悪。


それだけは、どれだけ冷やされても消えなかった。

俺の魂の底で、マグマのように赤黒く渦巻いている。


「俺の熱でいいなら……全部、持ってけぇぇぇッ!!」


俺は吠えた。

全身の筋肉を収縮させる。

凍りついた関節を、意志の力だけで無理やり動かす。


ギギギギギッ……!


嫌な音がした。

剣が、岩盤と擦れ合う音。

そして、俺の肩の筋肉繊維がブチブチと断裂する音。


重い。

山を一つ持ち上げているみたいに重い。

物理的な重さだけじゃない。

この剣が吸ってきた、数え切れないほどの命の重さが、俺の腕にのし掛かる。


(抜けない……!)


ビクともしない。

俺の腕が、悲鳴を上げている。

もう感覚はない。

自分の腕が、ガラス細工のように砕け散る予感がする。


『……ふん』


剣が、鼻で笑った気がした。


『その程度の熱か』

『つまらない』

『凍えて死ね』


冷気が増す。

心臓まで凍りつきそうだ。


(ふざけるな……!)


負けてたまるか。

ここで死んだら、俺はただのエサだ。

ただの凍死体だ。

そんなの、認めない。


俺は、自分の中の「一番熱い場所」に手を突っ込んだ。

思い出したくない記憶。

封印していた痛み。


母さんの、燃える笑顔。

父さんの、炭になった背中。

レオの、砕け散る音。


「う、おおおおおおおおッ!!」


俺は、その全てを燃料としてくべた。

燃えろ。

燃えろ。

俺の身を焦がして、この冷たい鉄塊を溶かすほどに熱くなれ!


剣が、ドクンと脈動した。

白い包帯の下で、何かが赤く明滅する。


『……ほう』


声色が変わった。

侮蔑ぶべつから、興味へ。


『悪くない』

『その味だ』

『その、腐りかけた魂の焦げた味……嫌いではない』


ズズズッ……。


動いた。

岩盤に食い込んでいた剣身が、ミリ単位で浮き上がる。


「抜けろォォォォォッ!!」


俺は、限界を超えて踏ん張った。

足元の岩が砕ける。

血管が破れ、目から血の涙が流れる。

その血さえも凍りつき、赤い宝石となって頬を転がる。


ガゴォォォォンッ!!


世界が裂けるような轟音が響いた。


抜けた。

勢い余って、俺は後ろによろめいた。

手の中には、あの白い剣がある。


重い。

けれど、持てる。

さっきまでの拒絶するような重さが消え、今は俺の手の一部になったかのように馴染なじんでいる。


シュルル……。


腕に絡みついていた包帯が、さらにきつく締め付けられた。

今度は、痛くなかった。

まるで、俺の腕を補強するギプスのように、筋肉と一体化している。


「はぁ……はぁ……はぁ……ッ」


俺は荒い息を吐きながら、剣を見下ろした。

刀身は、相変わらず白い包帯に巻かれている。

だが、その隙間から漏れる気配が変わっていた。


冷たい。

でも、もう俺を殺そうとはしていない。

俺の体温を吸い続けながら、その代償として「力」を貸してくれる。

そういう、共犯関係の冷たさだ。


「……契約成立、ってとこか」


俺は掠れた声で呟いた。

吐く息が白い。

全身が震えている。

低体温症で、指先の感覚はもうない。


でも、笑えた。

顔の筋肉が凍りついて引きつっていたけれど、俺は確かに笑っていた。


手に入れた。

力を。

理不尽を叩き切るための、絶対的な暴力を。


その時だった。


ズズズズズズズッ……!!


頭上から、地鳴りのような音が響いてきた。

いや、地鳴りじゃない。

天井が、崩れている音だ。


「……!」


俺は顔を上げた。

青白く光るドームの天井。

そこに、巨大な亀裂が走っていた。


バリバリバリッ!


岩盤が砕け散る。

大量の土砂と共に、巨大な影が降ってきた。


ドスゥゥゥンッ!!


泥の海に、巨大な何かが着水した。

凄まじい水しぶきと泥が、俺の足元まで飛んでくる。


「ギョオオオオオオオオオオッ!!」


鼓膜をつんざく咆哮ほうこう

空気が震える。

泥の海から鎌首をもたげたのは、巨大なワーム(芋虫)だった。


太さは列車ほどもある。

体長は数十メートル。

赤黒い皮膚はブヨブヨと波打ち、先端にある口には、無数の鋭い牙が回転ノコギリのように並んでいる。


アビス・ワーム。

深層の掃除屋。

上から落ちてくるゴミを喰らい、消化する、この地獄の生態系の頂点。


そいつが、俺を見ていた。

目はない。

けれど、口から垂れる粘液と、こちらに向けられた殺気が、俺を「エサ」として認識していることを告げている。


「……なんだ」


俺は、剣を構えた。

不思議なくらい、恐怖はなかった。

さっき、死ぬよりも恐ろしい寒さを味わったからかもしれない。

あるいは、もう俺自身が半分死んでいるからかもしれない。


「ちょうどいいじゃないか」


俺は、ワームに向かって切っ先を向けた。

腕が勝手に動く。

剣が、「斬り方」を俺の筋肉に教えてくれているようだ。


「腹が減ってるんだろ? 俺もだ」


ワームが大きく口を開け、身体をバネのように収縮させた。

来る。


「試し斬りには……おあつらえ向きだ」


俺は、凍りついた唇で獰猛どうもうに笑った。

白い息が、剣気のように揺らめいた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


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