最終話 リトアニア産の勇気と覚悟と好奇心
冷蔵庫を開けると、そこには「リトアニア産のジュース」がある。
リトアニア産のジュースは僕がこうなってしまう前からこの冷蔵庫の中にある。
僕がこうなってしまってからもずっとこうして毎日顔を合わせてきた。
リトアニア産のジュースは全てを知っている。
今日、体を交換してくれるって人がついに見つかった。でも、あれほど欲しかった人間の体だというのに、いざ目の前にしたら、なぜか躊躇してしまった。どんなことをしても人間の体を取り戻してみせる。そんなつもりで登録したマッチングサービスだったというのに、いざチャンスを目の前にすると、即断できず固まってしまった。まるで考えることをやめたAIのように答えが出てこなかった。
結局、回答を保留して考える時間をもらうことにしてしまった。
突きつけられた条件はそれほど厳しいものではない。検討の余地などないはずだ。それでも即断できなかったのは、なぜだろう?いや、思い当たる節はいくつかある。
それは、痛みも疲れも暑さも寒さも感じない快適な機械の体を手放すのが急に惜しくなったのかもしれない。
脳移植手術は痛いかもしれない。失敗するかもしれない。怖くなったのかもしれない。
新しい家族とうまくやっていけるか不安になったのかもしれない。
それとも・・・恋愛できない言い訳に「ロボットの体」を使えなくなってしまうので、本当は自分がただの意気地なしであることを認めなければならなくなってしまうから・・・かもしれない。
リトアニア産のジュースは、今もそこにある。
冷蔵庫の中でキンキンに冷えている。
購入時と見た目は全く変わらない。
ずいぶん長い事、待たせてしまっている。
おそらくもう、賞味期限は切れてしまっているだろう。
ただ、そんな事はどうでもいい。
この体になってから、つらい事や悔しいことはいくつもあった。
それでも今日まで頑張ってこられたのは、このジュースがくれたほんのちょっとの好奇心が背中を押してくれたからかもしれないのだから。
もうじき僕は、久しぶりの腹痛を経験するかもしれない。
あ、そういえば、リトアニアではリトアニア語が使われているんだってさ。




