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海賊の娘 ②

「頼む、見逃してくれ! 他の宝はいくらでも持って行って構わん! だがその金だけは……」


「イヤだね。見逃す気はないよ」


 レイラは腕を組んで土下座までしているウォルティンを見下ろしながら、冷たく言い放った。


「よお、大将。じゃあこうしねぇか? 船底にあった宝は全部置いてってやるから、ここにある金は俺たちに全部よこすんだ。それで今回は引き揚げてやるよ」


「う……っ、そっ、それは……」


 詰まったウォルティンに、キャプテン・ブライスがさらに畳みかける。


「お前の選択は二つに一つだ。ここにある金だけ俺たちによこして帰すか、それとも宝だけを俺たちによこし、金を積んだまま海軍に見つかって船ごと摘発されるか。まあ、どのみちこの商会は終わっちまうがな」


「…………分かった。その金は持っていけ。さっさと行ってしまえ」


 彼の答えに、船長親子はにんまりと満足げに笑った。


「よぉし! レイラ、下の階にいるやつら全員、ここへ呼んで来い。下の宝は放っておいて、ここにある金を全部船に運ぶんだ」


「了解!」


 レイラは素早く階下へ下りていき、仲間たちに召集をかけた。


「みんな、そこの宝は置いといて上の階へ集まって。船長命令だよ」


「「「へい!」」」



 ――しばらくして、ウォルティンとキャプテン・ブライスのいる船室に全員が集まり、隠し財産の入った宝箱をすべて抱えていった。


「よぉーーし、者ども! これで引き揚げだ!」


「「「「あいあいさー!」」」」


 ひとりガックリとうなだれているウォルティンを尻目に、五人は意気揚々と〈ゴールデンバロン号〉へと引き揚げていった。


「…………なあレイラ、どうしてオレたちの獲物はこれだけになったんだ?」


 彼らの暮らすポートレプカへ戻る途中で、ドリーが船長の娘に訊ねた。


「ああ、父さんがあの船主と取り引きしたんだよ。この金を渡してあたしたちを撤収させるか、それともこの金を積んだまま船ごと海軍に摘発されるかどちらか選べ、ってね。まあ、どちらにしても〈ミエール商会〉は終わりだろうけどね」


「へぇ~……。オレたちが下にいる間にそんなことになってたのか」


 ドリーは潮風になびく、一つに束ねられたレイラの長い赤髪に見とれながらそう言った。


 彼が自分のことを気にかけてくれていることを、レイラは知っている。

 ドリーは一つ年上の十九歳だ。海賊やその家族たちが暮らすポートレプカの町で共に育ってきた幼なじみである。彼の父親も海賊だったが、彼がまだ幼い頃に海の事故で帰らぬ人となってしまったため、現在は母親と二人暮らしだ。

 それ以来、ブライス船長のことを父親のように慕い、レイラとも兄妹のように育ってきたつもりだったのだが……。彼女が年頃になって初めて、彼は自分の中の恋心に気づいたのだ。


 レイラが海賊稼業の片棒を担いでいることを、ドリーはあまり快く思っていない。そのことはレイラ自身も気づいていた。


『どうして女のお前が、こんな危険なことをしなきゃいけないんだ』


 ハッキリとそう言われたことも何度もあった。『海賊なんかやめちまえ』とも。でも、レイラは何度彼からそう言われても、絶対に首を縦に振ることはなかった。

 レイラは海賊としての生き方が――というより、この船の仲間たちが大好きなのだ。そして、船長としての父の生き様も。


「――なあレイラ、お前はこのまま一生海賊として生きていくつもりなのか?」


 ……またこの話か。レイラはうんざりと髪をかき上げ、ドリーの方を振り向く。


「ドリー、何度も言ったと思うけど、あたしにはこの生き方しかできないんだよ。でも、うちの海賊団はまだ恵まれてる。法に背いてはいるかもしれないけど、幸い人助けもしてるおかげで無罪放免になってるから。このグレティンの国では」


「この国では、な。もし他の国で捕まったらどうなる? 海賊は例外なく絞首刑にされる国もあるんだぞ。最悪、海に放り込まれてサメどものエサにされる、そんな国だってある。それでもお前は、海賊としての暮らしを捨てられねえのか? (おか)に上がって、平和に暮らす道はねえのか」


「ドリー、それって」


「なあレイラ、オレと夫婦にならねえか。十八ならもう結婚できる歳だろ? オレが海賊稼業を続けるから、お前はポートレプカの町でオレの帰りを待ってればいい。……どうだ?」


「ちょっとドリー、あんたそれ……本気なの?」


 レイラは目をみはると同時に、近くに父がいないかと気にした。……幸いにも、父のキャプテン・ブライスは甲板にはおらず、船室に入っているようだった。


「オレは本気で言ってる。お前にだって、女としての幸せをつかむ権利はあるはずだ」


 彼が本気で自分を想ってくれていることは嬉しかったが、レイラは彼のことを〝男〟として見たことはなかった。


「……悪いね、ドリー。あたしにとってあんたはずっと兄みたいな存在なんだよ。だから結婚とかは考えられないし、だいいち父さんが許すはずないよ」


「船長が許すはずがない、って……お前が陸に上がることをか?」


「そうじゃなくて、あんたとあたしが夫婦になるってことを。父さんにとってはあんたも息子みたいなもんなんだから、自分の子供同士が夫婦になることなんて認めないって言ってるんだよ」


「……そうか、そうだよな。困らせて悪かった。今の話は忘れてくれ」


「うん……。ホントに悪いね、気持ちに応えられなくて」


「いや」


 〝海賊の娘〟として生まれてきた以上、女海賊になるのは当然のことだとレイラは思ってきた。けれどドリーの言ったとおり、別の生き方もあるのかもしれない。不思議とそう思えた。



「――おーい、港が見えたぞー!」


 マストからユナンが叫ぶ。目の前はもうポートレプカの小さな港だ。


 この町は海賊たちだけが暮らす町というわけではない。魚や貝などを獲って暮らす漁師がいて、それを売る商人もいる。宿を営む家族も、酒場を営む者もいる。その中に、海賊たちも交じって暮らしている。

 この町の人々にとって、海賊たちはただの厄介者ではなく、町の治安を守る万人でもある。


 レイラの母――バイスの妻・ロージーは夫と娘が海へ出ている間、他の船員の妻や母親たちと協力して、海賊の妻として、また母親として彼らの誇りを守っている。

航海を終えて戻ってくる家族のために食事を作り、家の中をキレイに掃除して、洗濯もして。そして彼らが無事に帰ってくるのを待っているのだ。


「――わぁ、着いた! やっと帰ってきたって感じだねぇ」


 父であるキャプテン・ブライスと二人、先頭で桟橋に降り立ったレイラは、町の景色をグルリと見回して感慨に耽った。


「……あ、母さん! ただいま! 今日も無事に帰ってきたよ!」


 船員たちの前では勇ましい副船長の顔をしている彼女も、母親の前では一人の十八歳の少女の顔になる。


「おかえりなさい、レイラ。何事もなく帰ってきてくれてよかったわ。あなた、おかえりなさい」


 二人を桟橋で出迎えたロージーは四十を過ぎたばかり。町の酒場で働いていた頃に酔っ払いに絡まれ、そこを助けてくれたバイスと恋に落ちた。そして二人は結婚し、レイラを授かった。バイスが二十七歳、ロージーが二十三歳の頃のことだった。


「ロージー、ただいま帰った。いつも留守を守ってくれて本当にありがとう。お前がいてくれるから、俺もレイラも無事に帰れるんだ」


「そうだよ、母さん。あたしも父さんも、お母さんに淋しい思いをさせちゃいけないって思うからいつも無茶しないでいられるんだよ」


 もしも自分たちが命を落としてしまったら、残されたロージーはどうなるのか。――いつも二人の心の中にはそんな思いがある。それは、ドリーの父親が海で命を散らしてしまったからでもあった。あの出来事はこの親子だけでなく、他の船員たちの心の中にも深い傷として刻まれているのだ。


「――じゃあレイラ、お前は母さんと二人で先に帰っていてくれ。父さんはグリウスと会って、お前たちの分け前について相談してくるからな」


 グリウスという人物が王宮で貴族や商人たちの財産を管理していて、彼ら〈ゴールド・バロン海賊団〉による悪徳商会の隠し財産を没収する仕事の依頼人である。


「うん、分かった。――じゃあ母さん、帰ろう。夕食の用意、あたしも手伝うよ!」


 こうして父と桟橋で別れたレイラは、母のロージーと二人で楽しげに家路を急ぐのだった。

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