すれ違う、想い
「あの、今日も……一緒に、帰ってくれる……よね」
いつも、下校時には隣にあいつがいた。
気付けばいつも一緒に居て、やれ恋人だ、って何度もからかわれたな。
俺は正直恥ずかしかったけど、それでも別に離れるほどではないと思って側に居続けた。
「ごめん、今日は部活あるから先に帰って!」
中学に入ってから、向こうから離れる機会が増えた。
それが寂しかったかと言えば、別にそんなことも無かった。
俺だって友達が居ないわけでは無い。男友達と放課後に集まって、一緒にゲームをするのに時間を使うコトが増えた。
それでも。
「あ、今日は部活休みだから一緒に帰れるよ」
時間がある時は、何故か向こうから一緒に帰ろうと誘ってきた。
別に断ることも出来たはずだ。ゲームをする方が楽しいし。
だけど、何となく断る気になれなくて、共に帰路を辿る。
俺――城之崎 慧と、あいつ――永松 恵菜はいわゆる幼馴染み、と言うやつだ。
恋愛関係と聞かれたら、そうだったかもしれないしそうじゃなかったかもしれない。
気付けば隣に居る相手に、一体どのような感情を抱くべきなのか……俺には分からなかった。
好き、というにはあまりにも慣れてしまった味だ。
甘酸っぱい、と表現することなど出来なかった。
☆
「ねー、慧」
「あ?何だよ恵菜」
俺と恵菜は、誰も居なくなった教室の一角で駄弁って時間を潰していた。
……いや、残る理由ならある。俺と恵菜が頭を悩ませる理由は”進路調査”の用紙だった。
俺達も、いつしか中学3年生。将来に向けて、進路を選ばないと行けない。
恵菜は退屈そうに椅子を前後に揺らしながら、だらしない格好で問いかける。
「慧はさ、高校どこにするの?」
「あー……ちょっと偏差値高いとこ狙ってる」
「え、ホント」
「まあな」
恵菜は大きく目を見開いた。
それから、取り繕うように肩に掛かった黒髪を払う。
些細な仕草でさえサマになるのだから、見た目の良さというのは時に残酷な現実を突きつける。
対して特筆すべきコメントの無い見た目である俺が似たような仕草をしたところで「カッコを付けている」という反応にしかならないだろう。
「将来のこと考えたらさ。偏差値高いところ狙った方が良いだろ」
「……将来、ね」
「ん?」
何やら含みを持って、恵菜はオウム返しをした。
彼女の言葉の真意を探るように、俺はじっと続く言葉を待つ。
すると、恵菜は小鳥のように小さな口を静かに開いた。
「将来の幸せってさ、一体何だろうね」
「何だ?哲学の話か?」
「難しい言葉使わないでよ」
”哲学”の言葉の意味が理解できないのか、恵菜は肩をすぼめて苦笑を浮かべた。
「私は慧みたいに賢くないから。ずっと今みたいな毎日が続くと信じてる……慧はそうじゃないの?」
「え、一体なにが言いたいんだ?」
「時間が合ったら一緒に帰って、他愛ない雑談をして。ずっと今日まで一緒に居た人と、明日も一緒に居たいの」
「……」
自惚れでないのなら、きっと。
恵菜は俺とずっと、一緒に居ることを望んでくれている。
……だけど、俺は思うんだ。
彼女を想うからこそ、俺は。
「それは恵菜が俺以外の男とろくに話をしたことが無いからそう言えるだけだ。俺よりも良いやつなんていくらでも居る」
「……え?」
恵菜の表情が、突如として悲痛に歪む。
きっと、この言葉を発することは、彼女を傷つけるという意味合いを持っている。
だけど。
それでも。
「もっと視野を広く持て。俺なんかに執着する意味なんか無いだろ」
「い、いきなり何の話を」
「お前、俺の進路に合わせて書こうとしてるだろ」
「……っ」
図星だったのか。
恵菜はキュッと口を閉ざし、静かに俯く。
「進路なんか、他人に合わせて書くものじゃ無い。お前も自分の将来くらい、自分で選べよ」
「だ、だ、から、私は、慧の……」
懸命に取り繕うとしているのか、恵菜の声が震えている。
目元には潤む涙。それはまるでドラマのワンシーンのようにも見えた。
そんな恵菜の人生を、俺が縛るわけには行かないんだ。
「俺に合わせるなって言ってんだよ!」
「ひっ」
脇目も振らずにそう言い放つと、恵菜はより一層泣きそうな目をして表情を強張らせた。
「俺のせいでお前の人生が決まるのが嫌だって言ってんだよっ!自分の行動くらい自分で責任を持てよ!」
「っ、え……」
本心だ。
だけど、本心じゃ無い。
「お前の人生まで責任を背負い切れねーってんだ!俺なんかに合わせんな!」
そう吐き捨てて、俺は進路希望の紙を奪うように持ち、早々に教室を後にした。
最後に恵菜に目配せをすれば、俺の後を追おうとするように半身で立ち尽くしているのが見えた。
――これでいい。
――これで、良いんだ。
「……ごめん」
こんな傷つけるつもりは無かったのに。
胸の奥がキュッと締め付けられるような気分だった。
☆
その日から、彼女が俺と接することは無くなった。
聞けば、俺がいなくなったことによって恵菜に告白する人が増えたようだ。
校内でも屈指のイケメンから告白されることもあったらしい。
「……だよな」
思わず自嘲の笑みが浮かぶ。
俺のような、みっともない男より、顔も性格も優れた男の方が良いはずだ。
これがあいつのためだ。
これが。
そう自分に言い聞かせて、今日は誰と共にするでも無く下校することにした。
「勝手に私の気持ちを分かった気にならないでよ」
幻聴だ。
気のせいだ。
「私、慧みたいに頭良くないよ。確かに馬鹿だよ。でも一方的に意見を言うのは違うでしょ」
俺なんかのところに戻るのは違う。
来るな。
「来るな。俺は、お前のことを想って」
「私のことを本当に想うならっっ!!話を聞いてよ!!」
「……っ」
周りの目を気にせず、恵菜は声を張り上げた。
同じく校門を出る学生達がぎょっとした様子で俺と恵菜を見やる。
だが、恵菜は周囲など気にする様子は無い。
「なんで、私の話を聞いてくれないの!?私の考えなんて聞く価値ない!?」
「いや、俺は……」
「私の気持ちを一方的に決めつけて!ねえ、そんなに慧の言葉って正しいの!?」
「……っ」
「答えてよ!!」
恵菜は泣いていた。
大粒の涙を零し、周りの目を気にせずに大きく髪を振り乱す。
「自分が正しいんだって意見を押しつけて!私が何を考えてるかなんて聞きもしないで!向き合ってよ!」
「俺は、無理だ……お前の将来まで、背負える自信が無い……」
「私にとっての将来は慧ありきなのっ!!これまで一緒に居て!!これからも一緒に居て!!それが私が欲しい将来なの!!」
「恵菜……俺は」
「慧は嫌!?私と一緒に居るの!?ねえ!?ね……」
それ以上は言葉にならなかった。
恵菜は肩を震わせ、小さく蹲る。
……本心で向き合うことを避けていたのは、俺の方だった。
「……悪かった。恵菜」
「……うん」
「怖かっただけだ。いつかお前に見切りを付けられる日が来ることを。俺よりも優秀なやつなんざ山ほど居るから」
静かに、俺は彼女の肩を優しく掴む。
恵菜の肩が、小さく震えた。
「一人で悩まないでよ。一人で正解を導き出した気にならないでよ。その正解を私に押しつけないで……」
「ごめん。俺と、これからも一緒に居てくれるか?」
そう問いかけると、恵菜は顔を上げた。
涙でくしゃくしゃになった顔で、無理やり笑顔を作る。
「……当たり前じゃん。バカ慧め」
「はは、賢くなれないな。やっぱり」
終わり