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童話もの

眠らない熊

 春のある日、母熊が居なくなった。「お母さーん」子熊は巣穴から母熊を呼んでみたが、全然帰って来なかった。

 お腹がすいたよ。まだ雪が融け残る季節であった。生まれて初めて外に出た子熊は、空が広くて、小鳥の声やササの葉をゆらすつむじ風にもドキドキした。

 小川で魚を取ろうとしたが、やり方が分からなくて、ずぶ濡れになった。森の木の芽や草の芽をかじり、虫をつかまえて空腹をしのいだ。虫は苦くて全然おいしく無かった。

 しばらくして夏となり、魚取りも上手くなった。水の中の魚をよーく狙って、前足で叩くと調子よく何匹も取れる。川原に投げて置いてあとで食べよう。


「ほーう、上手いものだな」

 爺さん熊がゆっくりとやって来た。子熊はすこし驚いた。母熊以外と会うのは初めてだったから。

「腹が減って死にそうじゃよ。わしにも少し分けてくれ」

 子熊は一人で生きてきたので、食べ物の大事さはよく解かっている。でも、話が出来たので嬉しかった。

「いいよ。でも、ちょっとだけだよ」

「ありがとう」

 爺さん熊は川原にのろのろと腰を下ろし、子熊の取った魚を食べ始めた。

「あっ、ちょっとだけだよ」

 子熊は心配になった。よほどお腹がすいていたのか、爺さん熊は次々と食べていくから。

「ところで子熊よ。お前さんまだ小さいのに一人かい、母熊はどうした?」

「急に居なくなっちゃったんだ」

 子熊は寂しさでしゅんとした。自分は母熊に捨てられてしまったのであろうか。

「そうか、小さいのによく頑張ったな。多分それはなぁ、人間というやつに鉄砲で撃たれたんじゃろう」

「人間って何?」

 爺さん熊は食べるのをやめ、真剣に答えた。

「これだけは、よーく言っとくぞ。二本足で歩く人間ってやつには気を付けろ。鉄砲で殺されないように、絶対に近付いちゃいかんぞ」

「ええっ、お母さんは殺されちゃったの?」

 子熊は悲しくなった。

「どこかで生きているかも知れん。わしは知らんが、いずれにせよ人間には気を付けろ」

 子熊はわーんと泣いた。お母さんに会いたいよう。

「泣かせて悪かったな。ごちそうさま」

 爺さん熊は、ごめんね、と頭を下げて山に帰って行った。

 その後も子熊は泣いていた。母熊に会えないのは人間のせいで、捨てられたのではないようだ。でもやっぱり一人はさびしい。


 秋の深くなった頃、いい巣穴を見つけた。山奥の洞くつである。枯れ草のベッドを作って、これで寒さや雨風を避けることが出来ると喜んだ。冬はここでぐっすりと眠ろう。

 冬眠に備えて食い貯めをすることにした。

 山にはクリや柿の実、キノコや山芋などがあった。食べるのに一生懸命で、おいしくて、ただ夢中だった。


 そのとき突然に、少年とはち合わせした。両手に持っていた焚き木を落とす少年。

 子熊はびっくり驚いた。あの噂の二本足の人間である。戦わなければ鉄砲で撃たれるぞという人間だ。子熊は緊張して動けず、冷汗をかいた。

 少年も驚いたようで、そろりそろりと後退し、一目散に逃げて行った。逃げながら「ギャー」と叫んで泣いていた。

 子熊も逃げた。嫌われるのは初めてだった。驚きながらも寂しかった。

 もし、熊と人間でなかったら、そして母熊のカタキでなかったなら、友逹になれたかもしれない。あの少年は、熊を襲うような悪いやつではなかった。


 その日から、多くの人間が山に入って来た。

 武器を持った男たち。目つきが鋭く、足音を消して近付いて来る。殺気を周囲に発しているのは、野生の感で解かる。

 でも、用心していたのに、見えない遠くから子熊は撃たれた。かすり傷だったが、痛さに驚き、ただもう必死に逃げた。あれが鉄砲だ。

 傷口を舐める。爺さん熊の言った通りだった。母熊も同じように鉄砲で撃たれたのだろう。

 ただひたすら、山奥へと逃げた。

 いつしか雪が降り、世界は冬となった。

 まだ子熊は起きている。人間は恐ろしい。

 大人の熊となって、誰にも負けない山の王になろう。

 しんしんと雪は降る。子熊は今日も眠らない。


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