朝(夕方)
三題噺もどき―ろっぴゃくさんじゅうろく。
口にくわえた煙草に火を点け、一息をつく。
なんだかんだ言って、禁煙には至っていない。この調子では来年もできるかどうか。まぁ、この体では害はあってもないようなものだ。従者には嫌な顔をされるが、アイツも一応元喫煙者なので、禁煙ができない辛さは分かるだろう。……分からないかもな。アイツは気づけば吸わなくなっていたし。
「……」
いつものようにベランダに立っている。
今日はいつもより早く目が覚めた。そのおかげで、肌を刺す太陽の痛みもいつもよりは酷い。削れるほどでもないが、チクチクと刺されているような感覚は無きにしも非ず、なところだ。
暑くとも何か羽織ってきた方がよかったかな……ここ数日寝ている間も暑いものだから、半そでを着ているのだ。なんでこんなに急に暑くなったんだろうな。
「……」
このまま温かくなればいいが、どうやらまた少し寒波というやつが来るらしい。あくまで予想なのでどうかとは思うが……勘弁してほしいものだ。さすがに体調を崩すことはないが、こうも気温の変化が激しいと滅入ってしまう。
「……ふぅ」
更にひとくち、息を吐く。
漏れる煙が夕焼けに溶けていく。
少しずつ太陽はその鳴りを静め、月の照らす夜が来る。……まぁ、まだ新月から明けたばかりだから月の光は頼りにはならないかもしれないが。
「……、」
ふと、何かの声が聞こえた。
またあのブランコかと思ったが、声のありかはすぐそこだった。
真下にある、住宅街を走るアスファルトの上。
「……」
そこを歩いていたのは、制服を着た学生でも、ランドセルを背負った子供でもなく。
手をつないだ、母と子の。親子連れだった。楽し気に会話でもしているのだろう。公園にでも行ってきたのか、母の手には遊び道具のようなものが握られていた。
幼い子供は太陽の光が眩しいのか、もみじの葉のような小さな掌で、目に当たる光を遮るようにしながら歩いていた。
「……」
それともあの子は。
太陽の光を透かして見る、自分の掌に流れる赤を見ているんだろうか。
生きているその証を見て、彼は何を思うのだろう。
……ただ、そんな世界が見えることが楽しいと思うだけかもしれないな。
「……」
私には、生きている感覚というのが……私の持っているコレであっているのかどうか自信がないものだから。生きてはいるけれど、吸血鬼である以上死んでいるも同然だから。
まぁ、それでもここで、生活している……生きて活動してはいるから。
「……ん」
んん。
どうにも寝起きというか、この時間帯は思考が変な方向に走っていくな。
まぁそもそも、夕日であれども太陽の光を浴びている事には変わりないわけで、同族から見たらそんなもの自殺志願にしか見えないわけで。こういう行動をしていること自体がもう、おかしいと言われても過言ではないわけで……。
うん。何を言っているのか自分でも分からなくなってきたなあ。
「……ふぅ」
太陽はまだ少し沈みそうにはないが、煙草はもう尽きてしまった。
もう一本というわけにはいかないし、今日この辺りで退散するとしよう。
先程の親子連れも随分と遠くに行ってしまったし、どうやらもう朝食の準備が整っているようだ。窓越しに見るリビングには、朝食の並べられた机が見えた。
「……」
今日はご機嫌がいいのか、いつもと違うエプロンをつけていた。
腰のあたりに巻くタイプのモノで、後ろまで覆われている。そいうデザインなのかサイズが大きくてそうなったのかは分からないが……。
起きたときに暑かったのかアイツはハーフパンツを履いていたので、ぱっと見スカートを履いているのかと思い一瞬驚いた。
「……」
いや、別にいいのだけど。
そういうのを着ていたことを一度も見たことがなかったので、単純に驚いたのだ。
まぁ、実際はそんなわけではなかったのだけど。まぁ、見た目は中性的ではあるから違和感はないのがな。
「……」
ま、機嫌がいいのならそれに越したことはない。
そのままの勢いで、大量に菓子を作ったりしなければいい。
――ガチ。
「……、」
鍵を閉めるのは、機嫌関係ないんだな。
「お前いい加減鍵をかけるのをやめろ」
「なんでですか」
「なんでも何も、いちいち開けに来るのもめんどうだろう」
「別にそんなことはないですよ」
「……あぁ、そうか」
「それより早く、シャワーを浴びてきてください」
お題:もみじ・制服・スカート