8話 未踏の台地、異世界という驚異
界斗の魔法訓練は、一週間が経とうとしていた。
祷慈の家近くの森の中、木々が少ない開けた場所で、その訓練は行われていた。
「世界巡る魔素よ、我が四肢巡りて魔力を成せ。
その姿、魔を食らう炎として、業火となりて燃やし尽くせ。
燃やし尽くせ 炎属性上級攻撃魔法 《業炎》」
森の中に響く詠唱と共に、界斗の手から放たれるのはオレンジがかった火ではなく、少し黒味を帯びた炎だった。
黒い炎と赤い炎、重なったそれは、森の木々を燃やした。
以前ならそんな炎が自分の手から放たれていたら、界斗はきっと怯えて立てなくなっていただろう。が、今は違う。目の前で燃え尽きていく木々を見て、冷静に対処する。
「世界巡る魔素よ、我が四肢巡りて魔力を成せ。
その姿、荒れ狂う海を写し、抑えきれぬその力で壊しきれ。
暴れろ 水属性上級攻撃魔法 《波懐》」
次に界斗によって放たれた魔法は、業炎を押し潰すために放たれた波だった。
業炎が燃え広がるのを抑えるために放った魔法。が、出力の大きいそれは、確かに業炎が燃え広がることを阻止したが、波の勢いは森の木々を数十本へし折っていった。
立て続けに放った二つの上級魔法。詠唱も界斗は暗記しており、祷慈の言葉通り、一週間で全ての一般魔法の発動を可能となった。
「大したもんだ。ま、少しやりすぎだがな」
界斗の訓練の犠牲として、荒れ果てた界斗の周辺を見ながら、祷慈はそう声をかける。
「大丈夫ですよ、ちゃんと直せますから」
界斗は祷慈の呟きにそう答えると、新たに魔法の詠唱を始める。
「世界巡る魔素よ、我が四肢巡りて魔力を成せ。
その姿、新たに芽吹く小さな命として、自然の灯をここに生み出せ。
加えて、生まれゆくその命たちに、この魔力捧げさらなる育みを。その姿日を隠す森と成れ。
芽生え育て 植物連立生命魔法 《新緑》&《森》」
界斗の言葉に反応した世界は、荒れ果てた森の地面に新たな命を宿らせる。そして、立て続けに発動された第二の魔法により、その姿を荒れ果てる前の森へと変える。
流れるように発動される二つの魔法、指定していなかった連立魔法という新たな領域への到達に、祷慈は言葉を呑む。
「す、すげぇじゃねぇか。連立魔法か……確かにあの本には載ってたがまさかできるようになるとはな」
感心した様子で目を見開いた祷慈に、界斗はさらに訓練の成果を語る。
「中級魔法までなら魔法の位の呼称まで省けるんですけどね、上級はまだまだですよ」
少し悔しそうに言う界斗とは対象的に、耳に入った言葉にさらに祷慈は目を大きくする。
予想外の上達に上機嫌になったのか、いつもより少し高い声で祷慈は口を開ける。
「いや、十分だよ。これ調子ならすぐにできてもおかしくないしな」
祷慈の言葉は、少しだけ高ぶったテンションに左右されているように思えた。が、そんな心配はを気にする暇なく、祷慈は言葉を続ける。
「よし、これなら次のステージに行けそうだな。界斗、その紋章には先があるって言ったよな。」
祷慈の言葉に、界斗は先日言われた事を思い出す。
自らが身に着けている手袋の円の中、どこか殺風景なそこには、新たな模様が入ると言う。その模様の種類は四つ、本にはこう書かれていた。
・より魔法にすぐれた適性を持ち、世界を巡る魔素にもっとも親和する者に与えられる紋章が枝の形をした《ワンド》。
・より武闘術にすぐれた適性を持ち、身体に魔力を流し、もっとも近接戦闘を得意とするものに与えられる紋章が剣の形をした《ソード》。
・より錬金術にすぐれた適正を持ち、想像力に長け、もっとも魔力を理解しているのものに与えられる紋章が盃の形をした《カップ》。
・より召喚術に適性を持ち、魔より生まれ来るもっとも召喚獣達に愛される者に与えられる紋章が貨幣の形をした《ペンタクル》。
脳裏に浮かんだ紋章の数々に、界斗の心は高鳴る。しかし、界斗の胸を高鳴らせた言葉を放った張本人である祷慈の顔は、素直に紋章を与えてくれ無さそうだった。
「試験……ですか?」
お決まりの展開だ、何もかもうまくいくわけじゃない。界斗はそう考え、祷慈に問いかける。
「わかってるじゃねぇの。そうだ、紋章を進化させる前に、お前には試験を受けてもらう。簡単な試験だ、魔物を倒せ」
祷慈の言葉に、界斗は気を落とすことはない。
「なんだって倒してやりますよ」
勢いよく。界斗はそう言葉を放った。
威勢の言い言葉を放った後、二人は倒すべき魔物を探すため、森の中を進んでいた。
「ここら辺一帯は、結界が貼ってある安全区域なんだ。だから、めったに怪物は現れない。こっちから挑発だとか、安全区域から出たりしない限りはな」
森の中を歩きながら、祷慈は口を開く。道中の世間話のようなものなのだろう、界斗もあまりしっかりと聞いているわけではなく、見慣れない植物などに目を向けていた。
結界と言われて少し気になり空を眺めても、映るのは透き通った綺麗な雲一つない晴天で、結界らしい物は見受けられない。
「結界……って、見えたりしないんですか?」
「近づけば見えるが、まだまだ先だし。空を見ても無駄だぜ、目視できるもんじゃねぇよ」
あたりを見回しながら疑問を投げつけてきた界斗に、祷慈は笑いながら言葉を返す。
少しの会話を弾ませながら森を進むにつれて、少しずつ雰囲気は忌々しくなっていく、界斗の目には奇怪な植物達が映り、少しだけその景色に恐怖していた。
「よし、着いたぞ。ここから先が、結界のない危険地帯だ。とはいえ、そこまで強いモンスターはいない。」
祷慈は簡単に言うが、界斗の目に映るのは名前からして危険地帯だった。
目の前の結界らしき半透明の壁を境界線に、その先で存在している植物達は見たこともない奇妙なものばかりで、緑一食の森とは違い、色鮮やかなそれは、逆に不気味に感じられた。
木から生えた赤色の花、地面に茂る青色の草、枝から落ちている黄色の触手。
さっきまでの元居た世界と同じ様な森とは似ても似つかなかった。しかし、それでも尚、界斗はやる気だった。
「試験内容は一時間だ。一時間この中で生き延びろ。んでもって、一時間たったらここに帰ってこい。」
てっきり界斗は、試験内容を、魔物を何匹か倒すや、少し強めの魔物を一匹倒すというようなものだと予想していたのに、命じられた試験内容は少し拍子抜けだった。
「さっき、魔物を倒せって……言ってませんでしたか?」
「嫌でも倒すことになるぜ? この中にはうじゃうじゃいっからな」
祷慈はにやけずらでそう言う。祷慈の言葉はおおかた本当なのだろう、こうして話している合間にも、界斗の目には結界の先に現れた怪物が映る。
見たことのある熊のような姿ではない。別の怪物なのだろうか、蜂のような物や、トナカイのような物、それ以外にも色々な怪物が目に映る。
「ビビってんのか?」
少し身体を震わせた界斗に、煽るように祷慈が言う。それに対して、界斗は無理やり言葉を返す。
「余裕ですよ」
「んじゃ、見せてもらうぜ? これ持っとけよ。そいつは時間を教えてくれるし、危ない時はこっちに知らせが来る。」
祷慈の言葉と共に投げ渡されたのは、腕時計のような物だった。
受け取ってすぐにそれを腕に巻きつけ、好奇心と少しの恐怖心を胸に、界斗は結界の先へと足を踏み入れる。
「行ってきます」
その言葉を合図に、界斗の試験は始まった。