7話 異世界魔法に心躍らせ
「うし、じゃあ魔法の説明からだな」
二人は魔法の練習をするため、家の外にいた。祷慈はゆっくり休めと言ったものの、魔法という未知のモノに感じた魅力を抑えられなかったのは界斗だった。
木々に遮られる空の色は赤みを帯びている、時間は夕暮れあたりなのだろう。
「さっきも言ったが、魔法は詠唱を覚えていれば誰でも使える。まぁ、出来ない魔法もあるんだがそれは後だ。」
淡々と魔法について語る祷慈の言葉を、界斗は真剣に聞く。
「まぁ、簡単な説明からだ。魔法の位は3種類ある。まずは子供が練習用に使う初級魔法だ。これは殺傷能力がほぼ皆無な魔法だ。水を出したり、炎を出したりするだけだ。詠唱もほぼない。」
そう言うと、祷慈はおもむろにポケットから煙草を取り出し口に咥える。
煙草の前には手を構えているが、ライターなどは見受けられない。
「例えば、こんな風にな。
燃えろ《火》」
煙草を咥えているからか、少し呂律が回らず聞き取るには難しい言葉、それでも構えた手に現れた火は、確かに煙草に火をつけた。
「これが、初級魔法だ。手のひらサイズの炎や、水を出すだけの魔法。おこちゃま用の簡単な魔法だ。俺が言ったのと同じこと言ってみろ」
煙草を気持ちよさそうに吹かしながらそう言うと、界斗は指示通りに言葉を繰り返す。
「燃えろ《火》」
一言、そう界斗が呟くと、人口魔法刻印を付けた手からボッと火が現れる。
言葉だけで現れた火に少し恐怖を感じ、手を振うなどして消そうとするが、火はその場を離れるそぶりを見せず、その身を揺らすだけで、どこかへ飛んでいくことはおろか、消えることもない。
「ハハ、振ったりしてもその火は消えねぇよ。消す時はな《クリア》って言うんだよ。まぁ慣れたら頭で消せるようになる」
慌てる界斗の姿を見て、祷慈は笑いながら火の消し方を界斗に伝える。
それを聞いた界斗は、慌てながらも言われた言葉を呟く。
「《クリア》!!」
火を握る手を身体から遠ざけながら教えられた言葉を叫ぶと手の内にあった火が消える。
界斗が火の消えた手を見てホっとしていると、その姿を見て祷慈がまた笑う。
「本当に学校行けんのか? その程度の火で怖がってちゃあ、試験でしょんべん漏らしてしまいだな」
元居た世界では魔法のまの言葉も無かったのだ、仕方ないのだろ。火などは特に人を殺すための武器だ。きっと転移者は誰だって怯えるだろう。
しかし、冗談混じりの祷慈の言葉を間抜けてしまった界斗は、そんな当たり前を無視して顔を赤くしながらもう一度魔法を使う。
「燃えろ《火》」
今度は慌てずに火を出しているが、体中が震えていて内心で覚えていることなど誰が見ても分かるだろう。
どや顔で界斗は魔法を見せると、祷慈はハイハイと言って煙草の火を消す。
「まぁまぁ、それが初級魔法だ。次はお前もよく知ってるやつだ、一般魔法、これが通常人が使う魔法だ。
この上には天性魔法ってのがあるが、才能が前提条件のアレを一カ月で実戦レベルに仕上げるのは無理だ。
だからお前には、この一般魔法を実戦レベルにしてもらう。」
なじみがある魔法、そもそも魔法などあまり知らない界斗はそう言われて少し戸惑っていると、祷慈が目の前で詠唱を始める。
「世界巡る魔素よ、我が四肢巡りて魔力を成せ。
その姿、自然と一体と貸し、木々を彩り敵を捕らえよ。
捕らえろ 自然下級拘束魔法 《自然ノ錠》」
祷慈の口から淡々と詠唱が述べられた跡、周囲の草が束なって触手と化し、数本の触手が界斗をつかむ。
自らが怪物を殺した魔法が、祷慈の手により発動する。
「これって……僕が使った魔法ですか?」
「そうだ、植物下級拘束魔法、 《自然ノ錠》、拘束魔法の中では一番出力の低い魔法だ、炎や雷のように触手に魔法属性が付与されていない。ただつかめるだけの魔法だ」
四肢を拘束されたまま、界斗は祷慈の説明を聞く。
魔法属性……炎や雷を例に出したということは、炎だと触手が燃えていたり、雷だとしびれたりするのだろうか。
そんな疑問を抱いていると、次は界斗の周りの空気が冷え込む。
「世界巡る魔素よ、我が四肢巡りて魔力を成せ。
その姿、氷壁として、凍てつく牢獄に敵を捕らえろ。
閉ざせ 氷中級拘束魔法 《氷獄》 」
言葉が放たれると瞬時に氷の壁が界斗の周りを覆う。
使われたのは、触手と同じ界斗を拘束するための魔法。しかし、属性も、拘束の方法も全く違う。
「界斗、問題だ。俺が使った二つの魔法の詠唱、共通点がある。どこだ?」
氷の壁の外から、祷慈の声が牢獄に響く。界斗は一瞬考えると、ほんの数秒で答えをみつける。
「最初の言葉が一緒……とかですか?」
「正解だ。俺が今使ったのは、氷の中級拘束魔法だ。この二つの魔法の詠唱には共通点がある、それは最初の言葉が一緒なのもそうだが、もう一つある。それは詠唱の構造だ」
祷慈が楽しそうに魔法について解説する声を、壁の中で界斗は聞く。
「一般魔法の詠唱は全て同じだ。三節に魔法の発動設定、その後に事象と名称の呼称と続ける。これさえできたら、魔法は誰だって扱える。魔力が足りない場合は別だが、そんなことはありえない。」
祷慈がそう言い切ると、彼の手に一冊の本が現れる。
その光景に、界斗は少し戸惑ったが、魔法をいくらか見てしまったからだろう。心なしかその光景もあたりまえと納得してしまう。
本が現れる同時に、氷の壁は消え、自由になった界斗に向けて、現れた本が渡される。
参考書くらいの厚さだろうか、表紙と裏には魔法刻印のようなものが描かれている。が、界斗の《ブロート》には書かれている円のような形ではなく、その中にマークが描かれている気もする。
「これって……なんですか?」
マークを指さして祷慈に問いかけると、祷慈は一瞬顔を歪ませて迷うようなそぶりを見せる。
「魔法刻印には種類があるんだよ。この世界にある魔術は、なにも魔法だけじゃねぇ、近接戦闘の武闘術だとか、想像を具現化する錬金術だったり、魔物を召喚する召喚術だったりだ。もちろん、お前に教えてる魔法もその魔術の一種だ。
そのマークは、そのどれに適正があるかを示してるんだ。
俺だってほら、適性がある。」
そういうと祷慈は自分の首元を指さす。
祷慈が少し首元の服をはだけさせると、魔法刻印が現れる。円の中には枝が書かれていて、どこか《ブロート》よりも複雑そうな刻印だった。
「これが《ワンド》、魔法に適正がある奴の刻印だ。別に他の武闘術とかがつかえないわけじゃねぇが、魔力の使い方が違うからあまり使えねぇな。」
「この手袋は、そう言うのないんですか?」
「あるにはあるが、まだはやい。そういうのは、その本の中の事を覚えてからだな」
祷慈がうまく本の中に界斗の興味を持っていく。
界斗は祷慈に誘導されるがままに本を開くと、魔法についての解説と、詠唱が界斗の知る言語で乗っている。
「どうだ? 全部日本語に訳されてんだぜ? 俺の親父がやったんだ」
自慢気に祷慈がどや顔でそう言うと、界斗は抱いて一つの疑問の答えを見つけた。
なぜ祷慈が日本の名前で、日本語を話せるのか、きっと父親がその張本人だったのだろう。だとしたら、色々と納得ができる。
「その中には、一般魔法の下級から上級までの詠唱と魔法陣が乗ってる。時間はいくらかかってもいいが、まぁ一週間をめどにしとけ、他に色々と教えたいことも、やりたいこともあるしな。」
祷慈は決め顔でそう言い放ったが、界斗はその参考書の厚さに顔を歪ませていた。
――これを……一週間で?
祷慈の言い放った機嫌を前に、界斗は気が遠くなりそうだった。