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4話 希望、命の問い

 束になった触手によって、胸を貫かれた怪物は、拳一つ分の大きさの穴を開け、ドバドバと血を流していた。


―― 殺し……たのか?

 

 目の中に映った光景に、少し疑心暗鬼になりながらも、滝のように流れ落ちる血が、自分の知る赤い血ではなく、少し青黒い血であったことに安堵していた。

 自分が殺したのは、自分の知る動物じゃない、自分が殺したのは、しっかりと怪物だった。その事実が、界斗を安心させていた。


 穴を開けた怪物が、やがて立つことも難しくなったのか、その体を地面へと倒れ込ませる。

 目の前の怪物が、その命を枯らした事が界斗の頭に鮮明に描写される。が、目の前の怪物一匹を殺したところで、彼の代わりに死んでいった人々は蘇る訳でもなく。ただ一人生き残ってしまったという事実に対する虚無感が、界斗の心を襲う。


 怪物が捕食していた死体は、もはや人間かもわからないような状態で、その姿と脳裏に刻まれた地獄を重ねた界斗は、、死体たちに問いかける。


「僕……これからどうすれば良いですか? 生きてて、良いんですかね」


 それは、一人生き残ってしまった者の独白だった。

 言葉は、涙と共に界斗からこぼれ落ちる。もう、この世界にも、元居た世界にも界斗が自身の苦悩を打ち明けられるような人間はいない。

 もう、彼に逃げ道は存在していない。最後に残された死という逃げ道も、先の魔法によって否定してしまった。

 立ち向かうことのみが残された界斗の前に返ってくる言葉は、どこからも現れなかった。

 

「なんで……なんで……なんで俺だけ、いつもこうなんだ」


 その言葉は、静かに森の中に響き渡った。

 返ってくる声は存在しない。もはや今の彼には、死体の言葉を作り出すこともできなかった。立ち向かう、そうすることしかできない彼に、死体の言葉は必要ないからだ。

 が、そうだとしても、彼は返ってくる言葉を欲しがった、誰かの声が、自分の話を聞いてくれる誰かの声が、彼は今どうしても欲しかったのだ。


 そんな彼に答えるのは、残酷にも彼の求める声ではない。

 聞き覚えのある怪物の雄たけびが、もう一度界斗の耳に響く。それも、一体だけではない、森の中を広がるように、呼応していく怪物のそれは決起のようだった。

 仲間を殺した界斗に向かって行われる反逆の狼煙、怪物たちの決起は森の中で盛大に行われた。


 ―― 何体いるんだよ、


 森の中を、ぞろぞろと集まりながら進んでくる怪物が捉えているのは、腐りかけの死体などではなく、やはり界斗であった。

 もはや餌など気に止めることもなく、死体などありはしないかのように、餌であったはずの死体を踏みつけながら、彼らは界斗の元へと向かってくる。


――殺す、殺してやる。お前ら全員。


 踏み潰されていく死体たち。抗うことも出来ない彼らは、簡単に人間の形を失っていく。

 界斗の代わりに死んだ彼らを、あまりにも容易くに蹂躙していく。彼がそれを目にしたのは二度目だった。元居た世界で見せられた地獄。そして今、目の前で起こる地獄。

 界斗の頭の中で重なり合ったその光景は、界斗の怒りを加速させる。

 そして、それを抑える者はどこにもいない。


 界斗はもう一度、魔法を発動させた。

 もはや名称すら呼ばぬ完全な詠唱。それは、彼自身の力ではない。彼を主として選んだ〝ある者”の力。

 が、そんなことに気づく暇も、この力が何なのかを気にする余裕も、界斗には無かった。


 ハァと、ため息をこぼした次の瞬間。界斗を取り囲んだ数匹の怪物の胸を、無数の触手が貫いた。


 取り囲まれていた界斗は、怪物から流れ落ちる青黒い血を頭から被る。

 血の生臭い臭いは、彼の全身を覆う。が、そんなことは気にせず、彼は目の前に蔓延る無数の怪物に向けて、触手を向け続けた。


 胸を刺して殺し、頭を刺して殺し、怪物の達のいたるところを、触手を束にして刺し続けた。怒りに身を任せ、荒ぶる心の思うがままに、現れ続ける怪物たちを殺し続けた。


 界斗の周りが青黒い血で染まり切った頃、彼は自分の息が徐々に荒くなっていることに気が付いた。

 界斗は知らなかったのだ。何も気にすることなく扱えた魔法は、無限に扱えるような代物でないことを。

 

 界斗の周りには青黒く染まり切った地面と、ニ十匹ほどの怪物の死体が転がっている。

 が、それでも未だ増え続ける怪物達を前に、彼の身体は限界を迎えていた。

 もはや立ち向かう力を使い切ってしまった界斗に残された道は、ただ逃げることだけだった。


 放たれる水の弾を、木々の隙間をすり抜けて避ける。

 振りかかってくる怪物の爪を、間一髪で避け続ける。

 限界を迎えた体力に、そこに与えられる無理な回避行動、界斗の足は徐々におぼつかなくなるのに、そう時間はかからなかった。

 それに加え、額を伝う汗が、次第に視界を覆い始める。手でぬぐっても流れ落ちるそれは、彼の視界を奪っていく。


 たった数秒の間に濁りきってしまった彼の視界と、おぼつかなくなってしまた足、そんな極限の状態で険しい森の中を走っていると、一度や二度転ぶのも難しくはない。

 それは、界斗にとっても例外ではなかった。

 必死に怪物から逃げるさなか、その必死さを知らない森は、木の根を使って彼の足を阻む。

 突然木の根につまずいた界斗は、すぐ後ろまで迫ってきていた怪物と、向かい合うように地面に腰を落としてしまう。

 

―― 死ぬ。

 

 彼の頭をよぎった事象が、明確に彼の近くまで迫ったその時、それを否定したのは、目の前に落ちた雷だった。


 死を目前にして、生を諦めかけたその瞬間、目の前の怪物の後ろに稲妻のような雷が空より落ちる。

 その光景に目を奪われた瞬間、目の前の怪物の胸から、刀の刀身が現れる。


「《雷式一手・雷切》」


 低い男の声だった。怪物の影から聞こえたその言葉と共に、目前の刀身は微細な稲妻を帯びる。初めて見る現象に界斗が目を奪われた瞬間、怪物は自分が刀を刺されたことに気づく間もなく。その身体を二つに裂かれる。


「《雷式二手・雷脚》」


 崩れ落ちる怪物の影から現れた男は、裂かれた怪物の上半身が地面に落ちるよりも早くそう呟くと、全身に微細な稲妻を纏い、界斗の目にはおえない速さで、向かってくる怪物全てを、殺していった。


―― これが……魔法?

 

 怪物が放った水の砲弾とも、自分が使った魔法とも強さの領域が違いすぎるその姿に、界斗が見惚れていると、近づく怪物の全てを殺し切った男が口を開ける。


「ニ十匹程度は殺せるってか、なるほど。こりゃあの人が直々に俺に行かせるわけだ。ったく、アルクトスとこのガキ、どっちが怪物なんだか」


 男の言うガキとは、間違いなく目の前で腰を抜かしている界斗のことなのだろう。口に煙草を咥えながら、男はそう言葉をこぼした。

 明らかに自分のことなのに、どこか思考の追いつかない男の言葉に戸惑っていると、おとこは煙を吐きながら、口を開く。


「よぉ、ガキんちょ。迎えに来てやったぜ」


 界斗を救った刀使いは、彼の聞きなれた言葉で、確かにそう言い放った。

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