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2話 死にたがる心、生きたがる身体

――こんなはずじゃ……、僕の知ってる“転移”はこんなんじゃ……


 異世界に踏み込んだ青年、歪 界斗は、自らの過去から逃げるために願った輝かしいはずだった異世界の扉を、皮肉にも暖かい死体に囲まれて開くことになった。

 

 “転移”されたのは森の中、見た目は元居た世界とそこまで変わらないのか、葉を身に着けた木々は、新たなる異郷の地に踏み入れた界斗を安心させるかのように思われた。が、それを嘲笑う様に界斗を取り囲むのは、そこは異郷だということを残虐にも伝える死体達。

 希望を見出していた異世界が、界斗の中で壊れるのは、そう難しいことではなかった。


――みんな、死んでる……う、嘘だ。なんで、なんで、なんで……


 頭の中で現実を逃避しようとしても、目の前の光景に疑問を持っても、脳裏に焼き付いてしまった光景が、疑問を否定する答えとなって、界斗を一段と地獄へと突き落とす。


――う、嘘だよな。こんなの……こんなの、


 焼き付いた景色が脳裏でその姿を強めても、未だ受け入れられない青年は、目の前の死体たちに耳を近づける。

 まだ息をしている人間を、まだ生きている人間を、まだ死んでいない人間を、どうにか生存者を探そうと静かな森の中で耳をすませても、どれだけ死体の心臓に耳を近づけても、生命の鼓動を耳に入れることはできない。

 耳に唯一響く風の音に、自分だけが生きているという絶望を突きつけられ、界斗はその場に腰を落とす。


 それと同時に近づいてくる生臭い命の香に、界斗は口から吐しゃ物を吐き落とす。

 脳裏に焼き付いたクマのような怪物、大きな爪が切り裂いた跡からあふれる血の臭いは、界斗に問いかける。


(なぜおまえだけ生きている?)


 聞こえるはずのない声が、界斗の頭の中に響く。

 

――なんで。僕だけ……


 界斗の出した答えは、もはや答えと呼べるほど思考の混ざったものではなく、それは、生き延びてしまったことへの後悔だった。


――なんで、なんで、なんで、僕だけ生き残ったんだ。“転移”を願ったのは僕なのに……みんなを殺したのは僕なのに!!!


 自分だけが生き残ったことへの怒りが、後悔が、界斗の心を蝕む。

 他者の死を、自らの生を、全てを自分のせいだと思い込み、自らに罪を縫付ける界斗は、それを行うにはあまりにも若い。だとしてもその罪を自らに着せるのは、界斗の過去への後悔が、なによりも死を逃げ道として欲しがっていたからだった。


「なんでお前だけなんだ!」 「ずるい!!」 「僕も生きたかった!!」 「なんで私じゃないの!?」 「生きたい、生きたいよ……」


 聞こえるはずの無い声が、界斗の頭に響く。その声を生み出しているのは、界斗自身だった。

 自らの生を呪う彼は、死を逃げ道だと考えてしまった彼は、死ぬ理由を欲した彼は、死者の言葉すら自らの解釈に変え、頭の中で自らに罪をより強く縫付けてしまっていた。


 界斗の人生は、逃げ場を探す日々だった。

 学校に足を踏みいれれば、他者からは“殺人犯”という看板を首にぶら下げられ、唯一家族だった母親からはお前が父のいなくなった理由だと罵られ、ストレスの発散にその体を痛めつけられた。

 自分の苦悩を誰かに打ち明けることも出来ず、界斗は一人で苦悩を抱え込んだ。


 学校にも家にも、自らの居場所がないことを知った界斗はどこかへと逃げ続ける日々を送った。母親が帰ってきては逃げるように家を出て、野宿をすることも少なくは無く、貯め込まれた冷凍食品を、隠れるように食べる毎日を続け、愛情や友情を忘れてしまった頃、青年は光を見出した。


 突如世界中に広まった“転移”のニュース、数年間貯めていた貯金を切り崩して買ったスマートフォンと共に現れたそれは、界斗の未来に一筋の光を与えた。


 誰も自分を知らないという希望、殺人者の看板を首からぶらさげてくる人間はおらず、誰かのストレスに当てられることもない、そんな理想を異世界に抱いていた。

 

 が、いざ足を踏み入れようとすれば、知らない怪物が地獄を作り出し、〝転移”には誰かの死を伴った。唯一の希望だった異世界から居場所は存在しないと告げられたようなその仕打ちの果てに、自らの死を逃げ道を捉えることは、なにも難しいことではなかった。


 自らの死を願う界斗は、この地獄を生み出した怪物にすら希望を見出してしまっていた。

 死という名の希望を、誰よりも強く示してくれた存在、会えばきっと殺してもらえる。あまりにも悲しいその願いは、界斗の心を蝕んでいた。


 あたりを見渡して、怪物の痕跡がないかを探すが、そんなものはどこにも見当たらず、あれがこの世界から〝転移”してきたのかを疑うほどにあたりは静かだった。


 が、界斗にはそれすら希望にも見えていた。今殺されないのであっても、この死体たちと一緒にここで時の流れを感じていれば、いつかは餓死できる。少し辛い時間が長くなってしまうが、界斗はそんなことを気にできる状態ではなかった。


――死んだ方がましだ。ここで死んだ方がいい。最初っから死ねばよかった、親友が消えたあの時に、父さんが僕を捨てたあの時に死んでいれば、ここにいるみんなが死ぬことは……無かったのに。

 

――死ねばよかった、死ねばよかったんだ。父さんの子供になろうと必死をこいて勉強しても、結局父さんの子供にはなれなかった。


――母さんを止めようと祖父や祖母をたどっても、結局ぼくは出来損ないから変われなかった。


――路上にいるホームレスにお金を渡すように、憐みを持って渡された金を貯めて生きようとするよりも、貰った金でナイフでも買って死んでおけば良かった。そうしていれば……そうしていれば……。


 自らの生を呪い、恨み、後悔を重ねる。界斗にとっての救いが死に確定してしまったその時、青年の前に絶望が現れた。

 彼以外の常人ならば救いであるはずのそれは、死を求めた彼にとって最悪の状態で手を差し伸べることになる。


 界斗の耳に響くのは木々の間を抜ける風の音だけだったその時、何かの叫び声が界斗の耳に入る。

 こちらを向かって走ってくる足音が、音を大きくしてこちらへと向かってくる。


 音に気付き目を開いた界斗の視界に入ったのは、普通より小柄な男性。姿顔つきは大人びているのに、どこかその身体は子供ほどの大きさ、しかし子供にしては異様な筋肉だった。しかし、そんなことは今の界斗にとってどうでもよかった。

 元居た世界の服とは違うその姿に、界斗は向かってくる男が異世界人であることに気が付く。


「―――――― ―― ―― ―――――――― ―― ――――――」


 こちらへと駆け寄った男が自分に向けて何かを言っている。額にかいた汗からは緊張や焦りを感じるが、界斗は男の言葉を理解するすることができなかった。


「僕は、僕は……」


 明らかに救いという絶望を差し伸べられた界斗は、そこで気を失った。


 

 界斗が目を覚ましたのは、白いベットの中だった。

 身に覚えのない天井に気が付くと、あたりをそっと見まわした。木材で出来た壁は、独特の木の香りを界斗に届ける。ベットから少し離れたところには暖炉があり、木を燃やして火をつける異世界ならではの暖炉の形は、界斗にとって少し新鮮だった。


 死体に囲まれていたはずの自分がいつの間にか、ふかふかのベットの中で眠っている。

 さっきまでの光景との違いに困惑していると、ベットの横の机の上に、まだ暖かいご飯が置いてあることに気が付いた。


――ご飯……、僕に?


 さきほど助けてくれた男が自分にここまでしてくれたのだろうか。そんな疑問が、界斗の頭に浮かぶ。確かに、白い湯気を発したそれは、さきほどまで気を失っていた界斗にとって今すぐにありつきたいものだった。が、界斗それを食していいと自分に思えなかった。


 救われたはずなのに、未だ自分を生きていて良いと思うことが出来ない界斗は、自らの存在を迷わせていた。なぜならば、今の界斗は、大勢を自分の“転移”に巻き込んで殺した殺人犯だと、自分で決めつけてしまっているからだ。


 しかし、生と死のはざまで揺れ動く感情を生かすように、死体に囲まれ死を望んだその直後、気を失いかけた自分を救ってくれた男の影が、界斗の脳裏に現れる。


 しかし、それでも尚、救われてしまった。と思ってしまう自分はどうすればいいのか界斗には分からなかった。


 自分はこのまま救われてもいいのか、自分はこのまま生きても良いのか、人間としての当たり前の権利すら、界斗は自分に与えられなかった。

 しかし、身体は正直なもので、空腹に限界が訪れそうな界斗の身体は今にもそれに手を出してしまいそうだった。


 食べることを許せない自分と、空腹に限界が近づいていく身体、せめぎ合う二つの感情に戸惑っていると、部屋の扉が開く音が界斗の耳に入る。


 顔をのぞかせたのは、金色の長髪をなびかせる綺麗な女性だった。


 助けてくれた男の妻なのだろうか、いい人には綺麗な奥さんができるんだなと、界斗は感心してしまっていた。

 そんなことは知らず、少し隠れるように顔をのぞかせる女性は、界斗がご飯に手を付けようか迷っていることに気が付くと、界斗の近くに駆け寄ってきて言葉を放つ。


「――――― ―――――――――」


 やはり、それは聞き覚えのない言語であって、界斗に理解できるものではなかった。

 が、手の動きや顔の表情が、明らかに食べることを進めているものだった。


 界斗はまだ自分を許すことができず、食べることに戸惑う界斗も、さすがに人の善意をないがしろに勇気はなく、それに加えて結局のところ限界がせまった空腹に耐えられず、トレーに置かれたスプーンを手に取って湯気を立たせるスープを一口、おそるおそる口に入れる。


 界斗自身は気づいていないが、元居た世界から転移してきて経過した時間は3日ほどで、久方に食事を行った界斗の身体は、界斗自身の思いなど知ることなく、勢いのままに目の前の料理に手を付ける。


 4品ほど並べられた料理はどれも美味しく、界斗は手を止めることなく並べられた料理を口に運んだ。

 布団から身体を出して、暖炉のおかげで暖かい部屋の中、もぐもぐと口を動かしていると、目の前でそれを眺める金髪の女に目が行く。

 長い金髪で隠れているはずの耳が、少しだけ髪から顔を出している。


――エルフ……?


 元居た世界でかじったことのある知識から、一つの単語が頭に浮かぶ。目の前の女性姿に疑問を持つと、次は腕に見たことのない紋章のようなものがあることに気が付く。界斗は料理を食べながら色々と考えたが、結局言葉が分からなければ答えは出ないと疑問の解決を早々にあきらめた。


 数分間、優しい目でそれを見つめた金髪の女性は、満足そうに食べ終えた界斗を見て、食器を部屋の外へと持ちだした。


 食べ終えた界斗は、未だこれからの行く末を迷っていた。

 自らが幸福を感じる間に、脳裏にちらつく虐殺の様が、界斗の心を蝕んでいた。

 許されることを許せないのではなく、許されることを怯えている。


 そんな界斗の前に、金髪の女がドアを開けて手招きをする。こちらにおいでと言うようなそれに、連れ出されるように界斗は後を追う。料理を食べさせてもらい、幸せを教授してもらった界斗には、女の行為の真意を問う暇など無かった。


 言葉での呼びかけを相手が行わないのは、相手がこちらの状況を知っているのだろうか。

 戸惑いながらの女に連れられ、部屋の外へ、家の外へと出て行く、森の奥に建てられた家だったのか、木々に囲まれた森の中を、どんどん奥へと進んでいく。進んでいくにつれて、吹き付けてくる風は少し冷たい。“転移”して来たときは生暖かい死体に囲まれて気づかなかったが、この世界で今の季節感はだいたい冬あたりなのだろう。


 界斗は自身の服を見て、今更ながら着替えさせれていることに気づく、赤い血の着いていないきれいな服に、やはり界斗は戸惑いを隠せなかった。

 幸福に包まれていく自分が、彼らを殺した自分が、許されてしまっていく、その事実が、界斗は何よりも怖かった。

 が、そんな恐れは、簡単に打ち砕かれることになる。


 森を進んでいる間、男はどこにも見当たらなかった。どこかへと出かけているのだろうか。それとも、さっき見えた男の影は。この女性の影だったのか、どこか疑問が残る中、景色も何も変わらない木々に囲まれた密林で、女性はスッと立ち止まった。


 手には何も持っていない、界斗の目に映っているのは、紫色のワンピースを身にまとった綺麗な女性の姿だけだった。


 優しげにそっと微笑んだ女性は、さっきまでとは違う不気味な雰囲気で笑みを浮かべた。

 どこか気味の悪いその笑みの意味に界斗は頭に疑問を浮かべていると、徐々に周りの木々の異変に気づく、枝を触手のように歪ませ、不気味にその身体を揺らす植物の姿に恐怖を覚えた。脳裏に浮かんだのは、虐殺を犯した怪物、それと重なったその姿に、界斗は身体を震わせる。


「――――《―――》」


 聞いたことの無い言葉、それを女が発した瞬間に、女の腕にあった紋章が輝く。それに気を取られていると、不気味な枝のような触手が界斗の身体を捕まえる。


「へ?」


 それは、あまりにも情けない声だった。

 目の前にいたはずの女が、さきほどまで優しそうに微笑んでいたはずの女が、醜悪な感情を向きだした気味の悪い笑みを浮かべてこっちを見ている。それは悪意を孕んでいるというよりも、憎しみに犯されたようだった。が、そんなものは界斗に関係なかった。


 自分は、攻撃されようとしている。その事実が、彼の頭の中を支配していた。


―― なんだよこれ……魔法? 


 突如足と身体を縛った触手、それに対しての驚きは、案外薄かった。虐殺を行った怪物や、元々〝転移”という異変が起こっていたことを見ていたからだろうか。魔法があることは大方予想していたのだろう。


 が、目の前で起こっている状況は決して受け入れられるものではなかった。

 女はどこから出したか分からない斧を握って、界斗の方をじっと見つめる。

 やはり憎しみに狩られたその目は、戸惑うことなく、界斗の方へと向かってくる。


―― 死ぬのか、俺はここで。やっと……死ねるのか。


 そう思ったはずだった、やっと願った死を受け入れられる。やっと僕は許される。ただ殺意を向けられたその事実を、彼は自ら願った死刑宣告を受け入れるような心持ちで受け入れようとしていた。

 が、その心に戸惑いを感じていたのは誰よりも界斗自身だった。

 

 死を願うはずの彼の身体は、自らを縛る触手たちを振りほどこうとしていた。

 受け入れようとする心とは裏腹に、自らの死に反抗するその姿は、死を願う者とは思えないものだった。

 

―― なんでだ、僕は生きたがっているのか? 


 が、生きたがる彼の気持ちなど目の前の女は理解することなく、その命を刈り取ろうとする。

 異世界の魔法の前に、鍛えるなどもしていない彼の身体は、あまりにも微力だった。

 振りほどけない触手に縛られ、女の握った斧が界斗の首へと差し迫ったその時、またしても救いの手は、絶望を孕んで現れる。


 斧を握った女の影から、水を纏った影が現れる。

 界斗はそれを知っている。地獄を生んだ元凶であるその影を。


 鋭利な爪が女を切り裂いた音は、木々を抜ける風の音に掻き消される。

 女は自分が何に殺されたのかも気づくことなく、悲鳴を上げることすら許されずに、僕を睨んで死んでいく。


視界が血で覆われる。それでも尚、界斗の視線は、血に覆われる視界の中で、その姿を離さない。そして現れる怪物の姿に脳裏を焼かれた。


 界斗と同じく、赤い血を被り、蹂躙の限りを尽くした怪物。


 虐殺を起こした怪物は、もう一度彼の目の前に現れた。

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